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もみあげとひげと卒制後の

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部落のこと

2008-06-15 16:54:32 | 今考えていること

京都の地区コミュニティを調べていると、必ずといっていいほど、部落、同和地区の問題が出てきます。
京都駅の東には日本最大級、京都最大の同和地区、崇仁地区があります。
また、学校のある左京区にもいくつかあるわけで…

この同和地区、僕は京都に来るまではどのような場所かは知りませんでした。関東は比較的にそういった地区が少ないと言われているからかもしれません。

学区のことを調べていると、部落民と学区のとの関係が複雑であることがわかります。今、読んでいる「学校の境界」という本でも、取り上げられています。 そこで、近所に住んでいる草木染の作家さんが地元の人だということを思い出したので、そのへんのことで聞いてみました。

その方は、小学生の頃のことを話してくれました。
※注 その方は部落の方ではありません
その方の家と小学校の間の地区が部落(同和地区)であったため、通学路はその地区を迂回するように設けられていたそうです。普通に考えると車通りも少なく、最短距離で行くルートは、この同和地区を抜けて行くのがベストなのですが…
帰り道は、いつもこの同和地区を突き抜けて帰っていたそうです。

そこで、同和地区と学区の関係について説明してくれました。


上のある学区AとBにまたがる同和地区を示したものです。
この学区の設置の仕方には理由があります。
それぞれの学区を見ると、学区のはじに同和地区がくるように配置されていることがわかると思います。


このようにすることで、児童が同和地区を通ることなく、学校に通うことができるためです。
また、お話を聞いたかたのケースはまれで…


このように、学区に対して真ん中に同和地区がきてしまっていることが通学路を迂回させる要因となっていたらしいです。



このように、学区と同和地区というのは、目ざとくラインが引かれていたことがわかります。 僕は京都人でもなければ部落の人間でもないのでそれぞれの個人感情や、実情はよくわかりません。 けど、京都を卒制の敷地として選定し、テーマをコミュニティを構成する人々にすると、この問題は目を背けるわけにはいかないと思います。

京都に来たばかりの頃は感じなかった、同和地区の独特の雰囲気
それは、道と改良住宅がその独特の雰囲気を生んでいることに気づきました。
戦後の同和行政(最近、問題となっている)により、この地域にはお金がたくさんつぎ込まれていきました。
道路は、意図的なのかわかりませんが、同和地区と非同和地区の間には、不自然に広い道路が作られたりしたそうです。
そういった建築や都市の操作が、よりこの地域の特性を浮き立たせているように思えます。
建築、都市のデザインが、コミュニティに対してここまで影響を持つことに少し驚くとともに、それを変えていく可能性があることを示唆しているように感じました。

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