15年前の今日、私はまだ高校受験生でした。
めったに地震に揺れない岡山が震度4を記録し、
ただ事ではないなと思いNHKをつけると、神戸で地震があったらしいと速報があり、
朝のニュースでは
大好きな神戸の町が信じられない風景に様変わりしていました。
普段なら高速に乗れば車で2時間ほどの距離の街が、非常に遠い存在になり、
多くの人命が失われ、街は半壊状態に。
物理的に、しばらく神戸には行くことは出来ませんでした。
幸い、私の知り合いには死者は出ず、
しかし知人からやっとかかってきた(しばらくは電話が混線しつながらなかったため)
電話の向こう側には壮絶な世界が広がっていました。
約2年後、いまだ青いビニールシートはなくなってはおらず、結局私が神戸を訪れよう
という気になったのは浪人時代でした。
ルミナリエがはじまって、なんとなく神戸も元の姿にもどってきたように思いました。
このあいだ、NHKで放送されていた夜間学校に通う神戸の人たちが震災について短歌をつくる番組を見て、私はまったくわかっていなかった、と実感してしまいました。
実際に家族をなくし、必死で生きてきた人の気持ちがわかるはずもないのですが、
それ以上に神戸に住みながら被災を免れた人たちの気持ちも、大変につらいものだと思いました。
大人になった今なら、もっと何か出来ただろうと思うのですが、
当時の私は募金をすることや、神戸に思いを馳せることしかできませんでした。
これからは、もっと自分の出来ることを具体的に考えたいなと思っています。