アコギおやじのあこぎな日々

初老の域に達したアコギおやじ。日々のアコースティックな雑観

北海道 悔恨の記憶

2016-11-02 | Weblog


 10月15、16の両日、仕事で北海道に行ってきた。

 何年か前にサミットがあった支笏湖・洞爺湖国立公園のあたり。

 一泊二日という強行軍だったが、案内してくれた方が当地の旅館のご主人で、地元の人しか知らないいいところをたくさん回っていただいた。


 北海道は今回で8回目。しかし、これまではすべて観光目的のオートバイのキャンプツーリングだった。

 今回は行き来は飛行機、宿泊もきちんとした建物。目的も仕事。

 が、私的な思い出の場所も訪ねた。


 39年前、初めて北海道に行き、上陸してすぐに事故を起こした。

 テント泊4日の予定が、病院泊60日になった。

 
 16歳の夏休み。自動二輪中型免許を取って2週間目、中古のホンダCB250セニアを買って5日目、北海道に出発した。かなり無計画だった。

 フェリーに乗るつもりで仙台まで行ったものの、船を予約するという知恵は当時まだなかった。港に行けば船に乗れるものと思っていた。

 お盆の混雑時だったが、幸運にもキャンセル待ちに引っかかって、出航5分前くらいのぎりぎりの時間帯にようやく船に乗れた。

 オートバイで船底の駐車区域に乗り入れ、車体をロープで固定した瞬間に船が動き出した、というくらいのぎりぎりのタイミングだったと記憶している。


 翌日正午前に苫小牧に着いた。が、どこに行けばいいか分からない。

 「目的地・北海道」。それだけで出発してしまっていた。


 それでも、あこがれの北の大地。生まれて初めての本州以外の場所。大喜びでオートバイを走らせた。

 で、うかれているうちに、支笏湖近くの直線道路で猛スピードの車に追突された。

 意識が戻ったのは病院のベットの上。身動きができなくなっていた。


 全身にダメージがあったが、一番難しいのは、骨折した右足の骨が大きな力をかけられて食い込んでしまい、足が短くなってしまったということだった。手術ができる状態に戻すためにかかとに穴をあけて重しをつるしてベッドに固定。時間をかけて足を伸ばした。

 2か月後には手術も終わり、ベッドから降りられるようになって警察の現場検証のために事故現場を訪ねた。


 事故を起こしたのは夏。頭に残っていた美しい新緑の森は、美しい紅葉の季節を迎えていた。

 まったく森の中。現場検証の際、野生のリスを初めて見た。

 今回同行してくれた旅館のご主人によると、ヒグマもしばしば出現し、襲われた知人も何人かいるという。

 「ヒグマは人を食べます。食いかけを埋めておく。子供のころ知り合いのおばあちゃんが行方不明になって、しばらくして遺体の一部分だけが地面から出ていて、それでそのおばあちゃんを見つけることができた、なんてこともありました」

 車の行き来も少ない山中である。事故の後、通りかかってくれたのが人でよかった。


 今回の北海道行では、その事故現場を特定していただいたことが一番印象深い。

 記憶のかなたに埋もれてしまい多分特定することは無理だとあきらめていた。

 苫小牧や支笏湖からの所要時間や、道路の形状、当時あったはずの側道の位置関係などから、地元に詳しい旅館主の方が「ここだ」という場所を探し出してくれた。


 車を止めてその場に立った瞬間、16歳のおれがオートバイを走らせていた、あの日の風景が見えた。

 そして、病院を訪れてきたときの母の顔。母は宿泊先がないので、看護婦さんの配慮で院長には内緒で病院のリネン室に泊まった。

 翌日に退院し、二人で旅館に泊まった夜、母のすすり泣きが聞こえた。

 おれは、それを聞きながら泣いた。


 北海道から戻ってからも、しばらくは北海道のエピソードについて触れたくなかった。


 振り返ると、これまでずっと、その場その場の思い付きで行動し、失敗し、すぐにまた思い付きで次の行動を起こす。その繰り返しだった。

 自分の関心事しか頭になく、周りに立つ波風にはいっこうに考えが及ばない。



 おれは、どれだけバカだったのか。中でも、一番の被害者は母であった。

 今回の北海道行は、悔恨への旅であった。

 
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