MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・フォー-6

2017-04-29 | オリジナル小説

ハヤト

 

 

「知られたんだな?」家に帰るなり『チチ』が言った。

ドアを開けると予想通り玄関に立っている。

やはり僕のすべてはこいつに筒抜けなのだ。僕の体の中に(あるいは考えたくないが脳に)この地球でいう盗聴器のようなものが埋め込まれているという警告を思い出す。

しぶしぶとうなづく。えらい叱責されると覚悟したのに、上目遣いで伺うと『チチ』さんはなんだか考え深げな顔をしている。

「で、どうすんのよ?」僕はもうふてくされてランドセルを廊下に投げ出した。金具をガチャつかせ廊下の上を滑るそれを慌てて『ハハ』が拾った。僕のカバンを大事そうに抱きかかえる『ハハ』はほんとは『チチ』よりも先に僕に「おかえり」を言いたいんだけど、それが許されないから今日も陰にじっと控えていたらしい。『ハハ』の潤んだ目、言葉を飲み込む震えた唇、何度見てもいらつくんだけどね。

「思った以上に扱いずらい・・・困ったガキだ。」

『チチ』はアゴに手をやって後ろに下がった。

僕に靴を脱いであがれと言ってるのだ。「特殊能力者か。まだガキでよかった。」

勿論、『チチ』は僕に嫌われている件のことは気にも止めなかった。そんなことは始めから互い先刻承知。それに宇宙遊民ニュートロンのクローンではない純性『スタンダード』達は他者に嫌われることなど屁とも思わない。彼らが自分たちを『スタンダード』と呼ぶのは矜持であり、この星の人間や僕に対する侮蔑意識なんだ。

「だが、とりあえず手駒はアレしかない。」

『チチ』は僕を促して家の奥に向かわせる。

「所詮、この星程度の能力者などニュートロンの足元にも及ばない。安心しろ、逆手にとってうまく利用する。お前がうまくやるんだ。」

安心しろだと?ふん。たぶんね、などと言ったら今度こそ叱責だ。

「勿論。」と答える。

「できなければ・・・わかってるな?」そう、僕は産まれたところに帰るだけだ。

「・・・やめて」か細い声。すっかり忘れていたが『ハハ』がランドセルを抱えて最後尾からついて来ていたんだ。「その子に、ハヤトに手を出すのはやめて・・・お願いだから・・・」

なんという勇気、ただの蛮人なのにと感心した。『チチ』に逆らうなんて僕には不可能。

案の定、『チチ』がさっと振り向くと『ハハ』の喉がヒィと鳴る。「ほざくな、女。」

『チチ』は腕を上げて威嚇しただけなのだが。とっさにランドセルで顔をかばった『ハハ』は前の夫にもこんな風に殴られていたのだ。殴られても仕方がない女としてね。

「お前が何をしたか思い出せ、このお前の大切とやらのこの息子に。」

顔は見えないがその目が表情が『ハハ』を嬲るのがわかる。その声音と同じに。

たちまち『ハハ』の内にあった母親然としたものがみるみる崩れ消える。

「言ってやろうか、おまえが何をしたか。おまえが愛しい子供をどうやって殺したか。」「やめて!」あっという間に『ハハ』はぺしゃんこ。耳を押さえて廊下に膝を折った。目から鼻からたちまち水が吹き出しているんだろう。いつものことだ。

「違う・・!それはあの人がっ!」

「お前を捨てた暴力亭主か?」『チチ』はせせら笑う。「子どもに手をあげる男か?お前はどうした?子どもを守ったのか?いや、違う。お前は見ぬふりをした!子どもよりも自分を守ったんだ!お前は子供を放棄した!」

「わたしは、わたしは・・・!」『ハハ』は顔を覆い、いやいやする。

「私が土から掘り出さなければ、こいつはここにはいなかった。おまえは刑務所に入ってみんなから軽蔑され、何もかも失う。お前を散々殴った挙句、お前と子供を捨てた旦那からの養育費がなければ生活もできない。虐待親がでかい面するんじゃない。」

まったくその通りだと僕も思う。

しかし、実は。僕はその本物の子供じゃないけどね。

だけど。『ハハ』は僕を『ハヤト』だと固く信じている。

『チチ』がそのように記憶をいじったからだ。

「これでしばらく大人しくなる。」

むせび泣く『ハハ』を廊下に残してドアを閉める。『チチ』の顔は平静そのもの。

「そこにあの女の作った飯がある、食うがいい。」

『チチ』の口に合わないこの星の『飯』。僕の口にはあう。

不思議だ。これが原始星人同士のDNAの妙ってやつなんだろうか。

そんなことを思いながら亡き『ハヤト』の大好物だったというカレーを口に運ぶ。

子供用の味付けだ、もっともっと辛くてもいい。

台所とつながった小さな応接間はこの星の基準に照らさなくても、小さくわびしく見える。大きな家電製品は別れた『ハハ』の旦那が持って行ったらしい。その代わり『ハハ』の趣味で選んだ家具は全て残っている。虐待やDVを口に出さない条件で旦那は『ハハ』に家を残した。新しい妻子を殴っているのかは知らないが、ハヤトへの暴力は凄まじくハヤトが死んだ原因は『ハハ』の育児放棄だけとは言えないのかも。もちろん、元旦那はハヤトが死んだことを知らない。すでに浮気相手がいた元旦那はケチのついた家庭を一刻も早く捨てたくて『ハハ』が弁護士とか言いだす前に最低限の金を払うと一方的に決めた。多少は後ろめたかったのかもしれない。そんな自分本位な暴力亭主を見抜けなかった『ハハ』の人生はこうして台無しになったわけだ。

その上、宇宙人にまでつけこまれて、今もどん底だ。

『チチ』は長椅子に腰掛けて動きを止めている。

 

動きを止めているのは『チチ』が使っているホムンクルス。

目と口を開いたまま手足を投げ出す人形の横で『チチ』の本体は長椅子からはみ出して伸びている。人型だけれどどこか無機質でそのチグハグな体が僕に『切り貼り屋』の昔の体を思いおこさせた。もちろん、彼とは全然違う『形』だ。『チチ』を見るたびに『切り貼り屋』が言っていた『触手ブーム』って本当にあったのかもしれないと思う。全くおかしな流行だ。もちろん、最後に見た『切り貼り屋』は触手を全部取っ払い、僕と同じような姿だった。

カレーを口に運びながら、なんだかおセンチな気分になった。

ここと異質だったあの世界へのオマージュなんだろうか。僕とって不本意な『故郷』。

だけど『チチ』は僕にとっての『切り貼り屋』と比較にならない。こいつは嫌い。

大嫌いな『チチ』は長い頭に細い目を閉じて微動だにしない。

『ハハ』が見ることをもう恐れていないんだ。狂った『ハハ』の不安定な頭ではどっちみち状況が整理できないからね。それに『ハハ』はもう見たいものしか見ないのだ。

どちらにしても小学校で忙しい僕と違い、『ハハ』をいびる他にこの家でやることのない『チチ』は本心では退屈を持て余しているに決まっていた。

今も脳波で誰かと悪巧みの交信しているのかもね。

気がつくと『ハハ』のすすり泣きは1階廊下から消えている。

きっと自分の部屋に戻ったんだ。風呂というものに入る習慣がない僕たちはともかく、『ハハ』もずっと入っていない。僕たちはそもそも臭いという感覚がこの星の人間とずれているけれど、脂の浮いた乱れた髪をいつも手でなでつけ、痩せた為に体に合わなくなった服を肩から垂れ下がらせている『ハハ』に近づくたびに『酢っかい』っていうのはこういう臭いなんだ!と改めて学ばされてもらっている。

「じゃあ。」食べ終えた皿はそのままにして立ち上がった。こうしておけば明日にでも『ハハ』が片付けるだろう。「僕は寝る。」

『チチ』もホムンクルスも電池の切れたロボットのようにそのままだった。基本的にどちらも僕には関心がない。この星の子らしく装おうと思うあまりつい、声をかけてしまった自分が腹立たしくなった。

 

「先ほど、弁護士が来た。」僕がドアに手をかけた時、唐突に『チチ』の声がした。

ホムンクルスを通していないのでこの惑星の空気ではビリビリと金属的に響く。

「弁護士?」僕はゆっくり振り向いた。どういう冗談?

「あの女の別れた配偶者と新たに婚姻していた別の女の弁護士だ。」

「ハヤトとあの人を捨てた人の新しい奥さんってこと?」

「妊娠して離婚を希望し姿を隠しているらしい、あの女の証言が欲しいんだとさ。」

「つまり・・・スムーズに離婚するために前の奥さんがDVを受けたとか、聞きたいわけ?」やっぱり、次の女も殴ってたわけか。筋金入りのDV男、救われない。

「それで・・・」『ハハ』はどうしたんだろう。さっきの様子ではそんなことがあったようには思えなかった。「追い返した。」事も無げに『チチ』。

「あの女の対処の範囲を超えてる。弁護士の話の内容をまるでわからないようだったからな。相手もその目で見て諦めた。」

僕は少し不安を覚える。「その元の旦那は・・・ハヤトが死んているって知らないんだよね。」『チチ』は触手を揺らした。笑ってるのか。

「そいつが来て・・・僕を見たら、どうするの。ハヤトと違うってわかるよね。」

「来ない。来たとしても、細工する。それがダメだったら、消し去る。」

その答えを聞いて安心した。

灯りが付けっぱなしの廊下に戻り、階段を上る。途中、『ハハ』の部屋の前を通るといつものように押し殺した苦悶の声が廊下まで漏れてきた。セリフはいつもとおんなじ。

『ハヤト、ごめんなさい。ハヤト、ママを許して。』

自分が『ハヤト』を殺してしまった・・・その時を思い返しているのだ。

僕が数少ない記憶を反芻するように。

いや、そう思うとちょっと嫌だ。僕とは違う。

『ハハ』は自分の記憶を蔑んでいる。

 

 

部屋に入ると内側から鍵をかけた。

感情が極限までが高まった『ハハ』が懺悔と悔恨をまとって侵入してくるのを防ぐ為だ。最初は本当に驚いた、そして腹が立った。

『チチ』に苦情を訴えても僕の快適な生活になんて、便宜を図ってくれるわけなんかない。自分で対処するしかないのだ。『チチ』には効かないが『ハハ』には鍵で充分。

寝るとは言ったが。この星の時間にはまだ慣れていない。

だから眠くなれるかは未知数だ。明日の為に眠った方がいいとは思うけど。

ベットとタンスと勉強机、それだけ。先住者のこまごましたものは全部捨てた。変身戦闘部隊グッズとかモンスターシールだ妖怪だのわけわからんもん。さすがに居心地が悪かったからね。残されていた写真で見た『ハヤト』は栄養不足で痩せこけた、顔色の悪い赤ん坊だった。その頃の写真しかない。その頃から既に『ハハ』は殴られてたのかしらん。

ほんと運がない女。

 

部屋の灯りは付けない。窓を開けてそこに立つことにする。

まだ夕方。日差しが残っている。黒々とした家の稜線。その一つがさっき「また明日。」と言って別れた同級生、鈴木トヨの家だ。

この家よりもLDK数が2つほど多い。斜め向かい、道に沿って3軒目。近すぎず、遠すぎず丁度いい距離だった。トヨは今、何をしているんだろう。

この星の子供ではない僕は、この星の子供ともあまりに違う、トヨのことを考える。

優しそうな母親、気弱だけどやっぱり優しそうな父親。二人のただ一人の子供。

大事にされるってどういう感じなのだろう。僕も『ハヤト』もそれには縁がなかった。

なぜかわからないが、初めて会った年長クラスの頃からトヨは僕を『田町ハヤト』を友達として選んだ。それも特別な友達として。ひとまず仕事は成功と言っていい。

とりあえず当分はドギーバッグに戻されることはない。

 

下の道を男が歩いている。トヨの家の方へ。

なんと今日も校庭で見かけたあの男だ。またかと驚きはしないが、少し心配になる。

あの男の狙いはなんなんだろう。トヨのファンってやつなのだろうが・・・この星ではそれは異常なことではないのだろうか。トヨは大丈夫だってえらく自信があるみたいだが。

男はゆっくりと家と家の門を周り込んで見えなくなる。徘徊中ってやつか。

機会があったら探ってみるのも面白いかもしれない。『チチ』が絶対に喜ばない余計なことをやってみたくなるんだ。あれに近づくなってトヨは言ったけど、相手はこの星にいる『普通の男』にしか見えない気がする、僕には。

そして僕はトヨと同じく、この星にいる『普通の子供』ではないんだから。

 

僕は窓を閉め、まだ慣れない布とスポンジとスプリングのベットに体を伸ばした。

『ハハ』の部屋からはまだ、かすかな声が聞こえてくる。

眠れるといいな。

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