
その夏の旅行があってから、わたしにとって、父親は本当の父親か? などということは、どうでもいいことだと思えるようになった。
どうでもいいとは思ったが、考えなくなったということではない。それとこれとは、また別の話である。
やっぱりどうしても考えてしまう。
なにがあったのか?
おじいちゃんからは、それ以上の話は聞けない。
だから、推測するしかない。
推測に推測を重ねていった結果、わたしはやがて、ひとつの物語を作り上げた。、
重ねて言うようだが、これは、あくまでも想像にすぎない。むしろフィクションと言ったほうがいい。
それは、こんな話だ。
父と母親は、お互いの出生に共通点があった。
「ひょっとすると、父親は、本当の父親ではないかもしれない」
そこを接点として、二人の間柄は親密になったのではないか?
母親が「健は雄一さんの本当の子どもじゃないかもしれないのよ」と言ったのは、自分たちにそんな事情があったから、ちょっと言ってみたのだ。これも、母親からもっとちゃんと話を聞かなければ何とも言えないことなのだが、母親にすれば、ためしに投げた爆弾も、おじいちゃんにたちまち粉砕されて、逃げるように帰っていった、というとことだろうと思う。
が、母親は見ることはなかったが、その後の、おばあちゃんの反応が思いもかけぬ副産物だった。
おばあちゃんはポロポロと涙をこぼして泣いた。なんで、おばあちゃんが泣くのだろうと、わたしはその時、不思議に思った。
おばあちゃんも、そのことがどうだからといって、おじいちゃんとの間柄が、今さら変わるものではなかったと思う。おじいちゃんとは、お互いに納得ずくで結婚したと思われるからだ。しかし、わたしが、どうしても考えてしまうように、おばあちゃんだって、どうしても考えてしまったのだ。ずうっと、一生、考えずにはおれなかったのだろう。
「なんで静男さんは、わたしと結婚してくれたのだろう?」と。
眠れない夜があったかもしれない。睡眠薬を、おじいちゃんには内緒で飲んでいたかもしれない。そうでなければ、肝臓が悪くなった説明がつかない。
母親が「健は雄一さんの本当の子どもじゃないかもしれないのよ」と言うのを聞いたとき、おばあちゃんは因果は巡るということを頭に浮かべ、空恐ろしくなったのだろう。
いたずら、という言葉が、どこらへんまでをさすのかは知らない。
信さんは士官になる試験を落ちて、三十二連隊に配属された。沖縄戦線に向かう前、ずっと以前から憎からず思っていたおばあちゃんを呼び出したか押しかけたかして会った。
どこで会ったのだろうか? 時は非常時だった。ふらふら公園などを歩いたりできなかったろう。自宅の、使っていない小部屋の一室か、敷地のなかの納戸のあたりか、家人の目の届かない場所だったのだろう。
「まさかね。君をほかのハトコにとられるとは思っても見なかった。しかも分家のまた分家の、聞いたこともないようなやつなんかにね。ぼくは、てっきりきみとぼくは結婚するものとばかり思ってたよ。子供の時からそう思っていた。ところが突然、横からあいつが出てきて、君をさらっていってしまった。ま、仕方ないさ。あっちはなにしろ、海軍士官様だからな。ぼくはただの候補生だ。霞城隊に配属された。沖縄に行く。明日は死ぬかもしれない。今生の名残に、手ぐらいにぎらせてくれまいか」と信さんはたのんだ。
おばあちゃんはゆるした。
「キスぐらいさせてくれないか」
信さんは要求をエスカレートさせていった。
まさか、いくらおばあちゃんがお嬢様でも、キスだけで子どもができるとは思っていなかったろう。これくらいならいいかな、とゆるしているうちに、信さんはとまらなくなったのではないか?
強姦というのでもない。しかし和姦といえるものでもない。強制猥褻という言葉もあるが、それらの法律的な用語はどれも当てはまらない。手篭めにする、という和語があるが、まさにその表現がいちばんぴったりくるだろう。
信さんが帰ったあと、たいへんなことになってしまったとおばあちゃんは気付いた。結婚式が間近に迫っていた。
結婚式はどこで挙げることになっていたのだろう?
おじいちゃんは呉にいた。おばあちゃんは東京にいた。おじいちゃんの実家は大阪だったから、おばあちゃん達が大阪あたりにいくことになっていたのだろう。すると、たいへんなことになってしまったと思ったおばあちゃんはどういう行動をとっただろうか?
お父さんや、お母さんにはとても言えなかったのではないか。
とりあえず、おじいちゃんに電話をしただろう。
「この話はなかったことにしてください。あなたのほうから断わってください」
電話口で嗚咽がとまらない。おじいちゃんにしてみれば、電話の向こうで泣いてしまっているおばあちゃんの話がよくわからない。
おじいちゃんはとりあえず、おばあちゃんに、こう言った。
「とにかく、予定通りいらっしゃい。こちらに来てから話を聞きましょう。それから、この話は誰にもしないように」
いよいよその当日が来る。
おばあちゃんの両親は、娘であるおばあちゃんをつれて、東海道線に乗り込み、大阪に向かった。道中沈みがちな娘の様子を、結婚に対する不安と、生まれ育った両親のもとを離れる寂しさと受け取ったであろう。
大阪について、おばあちゃんは、おじいちゃんと話をする機会をうかがったが、そんな時間は全くなかった。おじいちゃんのほうからも、会おうとか話そうとか、そんなことは全然言ってこない。
「静男さんと会って話ができませんか?」とおばあちゃんは自分のお母さんに聞いてみたが、おばあちゃんのお母さんはこう言って笑った。
「結婚前は新郎とは会いませんよ。結婚したら、いやでも毎日会うんですから、あわてないの」
この問題について、二人がゆっくり話し合ったのは、すでに結婚した後だった。もしかすると、戦後まで充分な話し合いができなかったのではないか?
「静男さん、よう貴三枝さんを泣かしとったよ。あれ、泣くとかわいいゆうて、面白がってたんとちゃうか?」
親戚のおじさん、おばさんこそ、面白がってそんなことを言った。が、実は、その時、ふたりは、この重大な問題について話し合っていたのかもしれない。
「なんで、わたしと結婚してくれたの?」
そう訊ねるおばあちゃんに、おじいちゃんはこう答えた。
「あなたのお父さんもお母さんも、もうその心算だったし、うちの両親も乗り気だった。海軍のほうにも届け出て許可をもらっていたし、もう今さらやめられなかった」
おばあちゃんが死ぬ間際に言っていた「めんどくさかったのね」は、あながち外れてはいないだろう。
しかし、おじいちゃんなのだ。それだけではなかったに違いない。
「ひとつ聞くが」とおじいちゃんはおばあちゃんに尋ねた。
「きみは信さんが好きか? 結婚したかったか?」
おばあちゃんは、また泣いた。首を横にふりながら、蚊の鳴くような声で言った。
「わたしは信さんはあまり好きではありませんでした。静男さんがおいでにならなくても、わたしは信さんとは結婚しませんでした」
「わかった。それだけ聞けばいい。もうあなたは何も心配しないで、このことは忘れなさい。そうそう、信さんは戦死したよ。そろそろ死亡通知が実家にも届いている頃だ」
おじいちゃんは、やがて生まれてきた子どもを実子として籍に入れた。
「行動で示せばわかるだろうと思っていた」とおじいちゃんは、わたしには言った。
おじいちゃんにとって、それは愛情の証明であった。
しかし、おばあちゃんはそうは思わなかった。
戦中、戦後は、兄が戦死したので、弟が兄嫁を娶ったというような話はよくあった。
それはいわゆる、家族制度が内包しているところの福祉機能が作動したのである。
福祉として、おじいちゃんはおばあちゃんと結婚し、子供を籍に入れたのではないか?
おばあちゃんはそのことを疑い、引け目として、終生、苦しみとともに心に住まわせていた。
さらに言えば、生まれてきた子どもは、信さんの子だったのか、おじいちゃんの子だったのか、実際のところは、おばあちゃんにもわからなかったのではないか? なにしろ、どちらも親戚だから、血液型も同じなら、顔も似ていただろうから。昔はDNA鑑定などなかったから、確かめようがない。
いろいろなものが不確かななかで、おばあちゃんは、おじいちゃんを心から愛し、尊敬していたからこそ、一番確かなものとして、おじいちゃんの口から発せられる「愛しているから結婚したんだ」という言葉が、ずっと欲しかったのではないか?
想像の話はおしまいにしよう。
話を現実に戻そう。
おじいちゃんとの旅行は、実はその時一回きりではなかった。
その後、小さな旅行をたびたびした。ほとんど親戚廻りで、それは、お葬式だったり、結婚式だったりした。そのついでに多少、近辺を観光したりはした。それだけだったが、おじいちゃんとの旅行はいつもとっても楽しかった。
一度、ハトコ会をアレンジしてくれた。
伊豆のホテルに部屋をとって、ハトコやおじさんおばさんをよんで、
「健はきょうだいもイトコもいないから、ハトコがたよりなんだ。ぼくが死んでも仲良くしてやって下さい」といって、引き合わせてくれた。
そのハトコたちが、東京の大学を受験する時は、お宿を引き受けた。
そうしたおじいちゃんの心配りによって、わたしはきょうだいもイトコもいなかったが、歳の近い身内の味を知り、大学に進学した折は、互いの学校を行き来して、ハトコを通じての友人の数も増えた。社会人になってからもその交流はずっと続いている。
どうでもいいとは思ったが、考えなくなったということではない。それとこれとは、また別の話である。
やっぱりどうしても考えてしまう。
なにがあったのか?
おじいちゃんからは、それ以上の話は聞けない。
だから、推測するしかない。
推測に推測を重ねていった結果、わたしはやがて、ひとつの物語を作り上げた。、
重ねて言うようだが、これは、あくまでも想像にすぎない。むしろフィクションと言ったほうがいい。
それは、こんな話だ。
父と母親は、お互いの出生に共通点があった。
「ひょっとすると、父親は、本当の父親ではないかもしれない」
そこを接点として、二人の間柄は親密になったのではないか?
母親が「健は雄一さんの本当の子どもじゃないかもしれないのよ」と言ったのは、自分たちにそんな事情があったから、ちょっと言ってみたのだ。これも、母親からもっとちゃんと話を聞かなければ何とも言えないことなのだが、母親にすれば、ためしに投げた爆弾も、おじいちゃんにたちまち粉砕されて、逃げるように帰っていった、というとことだろうと思う。
が、母親は見ることはなかったが、その後の、おばあちゃんの反応が思いもかけぬ副産物だった。
おばあちゃんはポロポロと涙をこぼして泣いた。なんで、おばあちゃんが泣くのだろうと、わたしはその時、不思議に思った。
おばあちゃんも、そのことがどうだからといって、おじいちゃんとの間柄が、今さら変わるものではなかったと思う。おじいちゃんとは、お互いに納得ずくで結婚したと思われるからだ。しかし、わたしが、どうしても考えてしまうように、おばあちゃんだって、どうしても考えてしまったのだ。ずうっと、一生、考えずにはおれなかったのだろう。
「なんで静男さんは、わたしと結婚してくれたのだろう?」と。
眠れない夜があったかもしれない。睡眠薬を、おじいちゃんには内緒で飲んでいたかもしれない。そうでなければ、肝臓が悪くなった説明がつかない。
母親が「健は雄一さんの本当の子どもじゃないかもしれないのよ」と言うのを聞いたとき、おばあちゃんは因果は巡るということを頭に浮かべ、空恐ろしくなったのだろう。
いたずら、という言葉が、どこらへんまでをさすのかは知らない。
信さんは士官になる試験を落ちて、三十二連隊に配属された。沖縄戦線に向かう前、ずっと以前から憎からず思っていたおばあちゃんを呼び出したか押しかけたかして会った。
どこで会ったのだろうか? 時は非常時だった。ふらふら公園などを歩いたりできなかったろう。自宅の、使っていない小部屋の一室か、敷地のなかの納戸のあたりか、家人の目の届かない場所だったのだろう。
「まさかね。君をほかのハトコにとられるとは思っても見なかった。しかも分家のまた分家の、聞いたこともないようなやつなんかにね。ぼくは、てっきりきみとぼくは結婚するものとばかり思ってたよ。子供の時からそう思っていた。ところが突然、横からあいつが出てきて、君をさらっていってしまった。ま、仕方ないさ。あっちはなにしろ、海軍士官様だからな。ぼくはただの候補生だ。霞城隊に配属された。沖縄に行く。明日は死ぬかもしれない。今生の名残に、手ぐらいにぎらせてくれまいか」と信さんはたのんだ。
おばあちゃんはゆるした。
「キスぐらいさせてくれないか」
信さんは要求をエスカレートさせていった。
まさか、いくらおばあちゃんがお嬢様でも、キスだけで子どもができるとは思っていなかったろう。これくらいならいいかな、とゆるしているうちに、信さんはとまらなくなったのではないか?
強姦というのでもない。しかし和姦といえるものでもない。強制猥褻という言葉もあるが、それらの法律的な用語はどれも当てはまらない。手篭めにする、という和語があるが、まさにその表現がいちばんぴったりくるだろう。
信さんが帰ったあと、たいへんなことになってしまったとおばあちゃんは気付いた。結婚式が間近に迫っていた。
結婚式はどこで挙げることになっていたのだろう?
おじいちゃんは呉にいた。おばあちゃんは東京にいた。おじいちゃんの実家は大阪だったから、おばあちゃん達が大阪あたりにいくことになっていたのだろう。すると、たいへんなことになってしまったと思ったおばあちゃんはどういう行動をとっただろうか?
お父さんや、お母さんにはとても言えなかったのではないか。
とりあえず、おじいちゃんに電話をしただろう。
「この話はなかったことにしてください。あなたのほうから断わってください」
電話口で嗚咽がとまらない。おじいちゃんにしてみれば、電話の向こうで泣いてしまっているおばあちゃんの話がよくわからない。
おじいちゃんはとりあえず、おばあちゃんに、こう言った。
「とにかく、予定通りいらっしゃい。こちらに来てから話を聞きましょう。それから、この話は誰にもしないように」
いよいよその当日が来る。
おばあちゃんの両親は、娘であるおばあちゃんをつれて、東海道線に乗り込み、大阪に向かった。道中沈みがちな娘の様子を、結婚に対する不安と、生まれ育った両親のもとを離れる寂しさと受け取ったであろう。
大阪について、おばあちゃんは、おじいちゃんと話をする機会をうかがったが、そんな時間は全くなかった。おじいちゃんのほうからも、会おうとか話そうとか、そんなことは全然言ってこない。
「静男さんと会って話ができませんか?」とおばあちゃんは自分のお母さんに聞いてみたが、おばあちゃんのお母さんはこう言って笑った。
「結婚前は新郎とは会いませんよ。結婚したら、いやでも毎日会うんですから、あわてないの」
この問題について、二人がゆっくり話し合ったのは、すでに結婚した後だった。もしかすると、戦後まで充分な話し合いができなかったのではないか?
「静男さん、よう貴三枝さんを泣かしとったよ。あれ、泣くとかわいいゆうて、面白がってたんとちゃうか?」
親戚のおじさん、おばさんこそ、面白がってそんなことを言った。が、実は、その時、ふたりは、この重大な問題について話し合っていたのかもしれない。
「なんで、わたしと結婚してくれたの?」
そう訊ねるおばあちゃんに、おじいちゃんはこう答えた。
「あなたのお父さんもお母さんも、もうその心算だったし、うちの両親も乗り気だった。海軍のほうにも届け出て許可をもらっていたし、もう今さらやめられなかった」
おばあちゃんが死ぬ間際に言っていた「めんどくさかったのね」は、あながち外れてはいないだろう。
しかし、おじいちゃんなのだ。それだけではなかったに違いない。
「ひとつ聞くが」とおじいちゃんはおばあちゃんに尋ねた。
「きみは信さんが好きか? 結婚したかったか?」
おばあちゃんは、また泣いた。首を横にふりながら、蚊の鳴くような声で言った。
「わたしは信さんはあまり好きではありませんでした。静男さんがおいでにならなくても、わたしは信さんとは結婚しませんでした」
「わかった。それだけ聞けばいい。もうあなたは何も心配しないで、このことは忘れなさい。そうそう、信さんは戦死したよ。そろそろ死亡通知が実家にも届いている頃だ」
おじいちゃんは、やがて生まれてきた子どもを実子として籍に入れた。
「行動で示せばわかるだろうと思っていた」とおじいちゃんは、わたしには言った。
おじいちゃんにとって、それは愛情の証明であった。
しかし、おばあちゃんはそうは思わなかった。
戦中、戦後は、兄が戦死したので、弟が兄嫁を娶ったというような話はよくあった。
それはいわゆる、家族制度が内包しているところの福祉機能が作動したのである。
福祉として、おじいちゃんはおばあちゃんと結婚し、子供を籍に入れたのではないか?
おばあちゃんはそのことを疑い、引け目として、終生、苦しみとともに心に住まわせていた。
さらに言えば、生まれてきた子どもは、信さんの子だったのか、おじいちゃんの子だったのか、実際のところは、おばあちゃんにもわからなかったのではないか? なにしろ、どちらも親戚だから、血液型も同じなら、顔も似ていただろうから。昔はDNA鑑定などなかったから、確かめようがない。
いろいろなものが不確かななかで、おばあちゃんは、おじいちゃんを心から愛し、尊敬していたからこそ、一番確かなものとして、おじいちゃんの口から発せられる「愛しているから結婚したんだ」という言葉が、ずっと欲しかったのではないか?
想像の話はおしまいにしよう。
話を現実に戻そう。
おじいちゃんとの旅行は、実はその時一回きりではなかった。
その後、小さな旅行をたびたびした。ほとんど親戚廻りで、それは、お葬式だったり、結婚式だったりした。そのついでに多少、近辺を観光したりはした。それだけだったが、おじいちゃんとの旅行はいつもとっても楽しかった。
一度、ハトコ会をアレンジしてくれた。
伊豆のホテルに部屋をとって、ハトコやおじさんおばさんをよんで、
「健はきょうだいもイトコもいないから、ハトコがたよりなんだ。ぼくが死んでも仲良くしてやって下さい」といって、引き合わせてくれた。
そのハトコたちが、東京の大学を受験する時は、お宿を引き受けた。
そうしたおじいちゃんの心配りによって、わたしはきょうだいもイトコもいなかったが、歳の近い身内の味を知り、大学に進学した折は、互いの学校を行き来して、ハトコを通じての友人の数も増えた。社会人になってからもその交流はずっと続いている。












