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アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、10

2016-10-31 02:45:30 | 日本キリスト教史
アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、10

 その後いく日かして、捕えられたあの3人も、長崎におくられてきました。アントニオ神父さまと、京都出身のラザロ、それに、フィリッピン人のルイスです。



 3人とも、”絶対に信仰をすてない”といったために、あのいまわしい水ぜめのごうもんがはじまりました。なんとあくま的なやりかたでしょう。かれら役人は、殺して殉教者をつくるより、ころばして(=信仰をすてさせて)自分たち悪人の仲間をつくりたかったのです。



 さいしょに水のごうもんをうけたのは、アントニオ神父さまとラザロでした。

 アントニオ神父さまのからだは、水ぶくれで、もうはちきれんばかりになりました。

 こうして、やっと口からあのじょうごがはずされると神父さまは、自由になったくちびるを動かして、もう賛美歌をうたいだします。



 しかし、ラザロのほうは、手をあげています。

「そうれみろ、がまんできないだろ、もうここへんで信仰をすてたほうが利口だぞ」と奉行が勝ちほこったようにいいました。でも、奉行はことばを終えることができませんでした。

「とりけし!とりけし!信仰は、ぜったいにすてません!」ラザロの大きな声がひびきました。

「こやつ、役人をなぶるのか!」かんかんに怒った奉行は、もっと、もっとひどくかれを苦しめるようにと命じたのです。



 つぎは、フィリッピン人のルイスの番です。

「わたしは宣教帥ではありません。ただ身の危険を感じるところがあって、追っ手をのがれるために日本にわたりました」とかれはいいました。役人は、ほっとしました。

「では、キリシタンでもないな」

「いいえ、キリスト信者です。わたしの国フィリッピンには、妻と、3人の子どもが待っています」とルイス。

「じゃ、会いたいだろ、妻子もひきとってやって、いっしょにくらせるようにしてやってもよいのだぞ、ただそのためには、信仰をすてねばならん」

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