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やがて (大聖マカリオス)

2016-11-12 11:34:02 | 格言・みことば
師父マカリオスは、兄弟たちに、こう言われました。

「やがて、隠世修道着たちに、大きい苦しみがやってくる。そのとき、かれらは自己放棄や節制を忘れてしまうだろう。現世の強力な王は、このときとばかりに、かれらを圧迫するであろう」

「現世の強力な王とは誰ですか?」

「それは混血のイスラエル人のことだ。エザウの子孫だ。しかし、わたしたちの王はわれらの主イエズス・キリストである。かれの公の宝は、徳、霊魂と肉体の純潔、貞潔である。地上の王の権力は、天上の王、まことの神であるキリストから来ている。地上の王は金銀を愛する。さかりのついた馬のように肉体の快楽を好む。ぜいたくにふけり、婦人をもてあそび、馬を崇拝する。情欲におぼれ、地上的な事物に希望をかける。地上のものに非常な快感を覚え、それらが来世においても自分のものであるかのように思う。かれは横柄に、あまねく全地に君臨し、暴力をもって支配し、非常な苦しみや牢獄の鉄のくさりで地を治める。しかし、それも主なるキリストの許可がなかったら、あり得ないことだ」

「そのとき、兄弟たちはどうなるのでしょうか?」

「そのとき、かれらはひどく苦しみ悩み、中には金銀に目がくらんで、食欲のとりことなり、天使的生活様式を忘れてしまう者もでるであろう。だが、われらの主イエズス・キリストはかれらが健気にもこの生活を選んだその志に免じて忍耐してくださるであろう。かれらはきびしい手仕事に従事している共同体に生きているのだから、世間の人びとのように売ったり買ったりして、栄えるであろう。税金を口実にして肉体的なものを求め、霊的超脱を忘れてしまうであろう。そのような深刻な堕落にもかかわらず、師父たちの間で、過度の飲食を慎み、姦淫や食欲から身をまもり、落後者を責めない人は、栄光の王であるキリストのそばで、争福に与るであろう。そのような人たちは約束の子孫であり、永遠の生命の後つぎである。かれらは王であるキリストのみ前に、大いなる確信をもって、出頭することができるであろう」

大聖マカリオス  稗田操子訳『大聖マカリオスの言行録』中央出版社、pp.86-89
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