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志村辰弥神父著『カトリックとプロテスタント - わかりやすいその分析』、14

2016-07-10 04:50:26 | プロテスタント
志村辰弥神父著『カトリックとプロテスタント - わかりやすいその分析』

◆ 現代のプロテスタント

 現代のプロテスタントは、カール・バルトによってルーテルの義認が修正され、カトリックの主張に近づいてまいりました。したがって、義認にまつわる諸問題、すなわち人間の徹底的堕落、自由意志の喪失、再生の不可能、善徳や修業の無価値などが再考されて、信心生活の価値が認められるようになってきました。しかし、ブルトマンの合理主義、自然主義が圧倒的にかれらを支配しているので、超自然の恩恵の認識がうすれ、聖書も自然科学の立場から解釈されて、超自然の恩恵の意義が見失われるようになったのは残念です。

プロテスタントの主張

1、ペトロの首位権

ある教派はこれを認めているが、全般的には否定しています。

2、聖書の解釈

全教派が自由解釈を主張しています。したがって、何+何百という教派に分裂することはやむを得ません。

3、義化

カール・バルトの主張に従って多くの教派が、カトリックの義化を認めているようです。したがって、善業や修徳に励むことも救いの大切な条件であることを認めています。

4、秘跡

プロテスタントは、聖典礼と称して、洗礼、聖餐、結婚の三つの秘跡を認めています。

5、位階制度

ある教派は、これを認めていますが、一般はすべての信者の平等を主張しています。

6、煉獄

これを認めないというよりも、これに触れないという態度です。

7、聖母マリアの崇敬

マリアの協力はキリストの贖罪と無関係という立場から、これを認めません。むしろ、キリストの母としての崇敬に先んじて、偶像崇拝の考えからこれを退けています。

結び

 ヴァティカン公会議後、カトリック教会は、世界に広く窓を開けて、教会を離れた兄弟たちにも眼を向け、信仰一致の運動をすすめております。しかし、一番大切なペトロの首位権が認められない限り、完全な一致は不可能でしょう。とにかく、同じ信仰で結ばれた兄弟でありながら、このような分離な状態であることは神は決してお喜びになられないでしょう。過去の歴史を見ると、異端が起ってもわずかの年月のうちに滅びております。ところが、プロテスタントのばあいは、五世紀にもわたって、それが続いているのは、何かそこに神の特別なはからいがあるように思われます。そうしたことから、わたしたちはお互いに、謙虚な心で親しく話し合い、神のみ旨が完うされるように努力すべきではないでしょうか。「主は一つ、信仰は一つ、洗礼は一つ」(エフェゾ4・5)。お互いに、そうした確信をもって、聖霊のおん導きを祈りましょう。
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2 コメント

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たった5世紀。 (アビガイル)
2016-09-20 17:54:14
プロテスタントが5世紀続いたのは、イエスのことを信じているという一点において、神の恵みがあるからだと思います。しかし、たった5世紀です。神の恵みは「千代まで」。
カトリックには2000年の歴史があります。プロテスタントが千年以上続かないかぎり、神の教会だとは言い切れません。

ピンからキリまでなんでも引っかかる目の細かい網(プロテスタント)を、神はカトリック(漁師であるペテロ、教皇)のために用意なさったのではないでしょうか。そこに引っかかる人(プロテスタント)から、深く神を愛する人は、狭い門を求めてカトリックに導かれるような気がします。

カトリックの堕落を戒めたプロテスタントが今は反対に堕落しています。
プロテスタントは分裂しすぎているので、誰も戒めることが出来ません。

しかし、ルターから戒められたカトリックは堕落から回復しました。戒めたルターから成るプロテスタントは、なぜかどんどん堕落しています。神が決めた教皇の権威を侮っているからです。神はカトリックのためにルターを起こしました。ここに、神の結果があるのでは無いでしょうか。

プロテスタントの十分の一献金は、貧しい人を神の国から遠ざけています。ラザロのような貧しいものを無視して、裕福な生活をしている牧師がいます。すでに救われたと神の言葉を侮り、歌って踊って目先のことしか考えないような間違った教えを広める教会や牧師もあります。私は、普遍の教会であるカトリックを信じます。そしてプロテスタントでキリストを信じる人が一人でもカトリックへ導かれるように祈っています。

元プロテスタントのキリスト者より。
たった5世紀。 (アビガイル)
2016-09-20 17:54:26
プロテスタントが5世紀続いたのは、イエスのことを信じているという一点において、神の恵みがあるからだと思います。しかし、たった5世紀です。神の恵みは「千代まで」。
カトリックには2000年の歴史があります。プロテスタントが千年以上続かないかぎり、神の教会だとは言い切れません。

ピンからキリまでなんでも引っかかる目の細かい網(プロテスタント)を、神はカトリック(漁師であるペテロ、教皇)のために用意なさったのではないでしょうか。そこに引っかかる人(プロテスタント)から、深く神を愛する人は、狭い門を求めてカトリックに導かれるような気がします。

カトリックの堕落を戒めたプロテスタントが今は反対に堕落しています。
プロテスタントは分裂しすぎているので、誰も戒めることが出来ません。

しかし、ルターから戒められたカトリックは堕落から回復しました。戒めたルターから成るプロテスタントは、なぜかどんどん堕落しています。神が決めた教皇の権威を侮っているからです。神はカトリックのためにルターを起こしました。ここに、神の結果があるのでは無いでしょうか。

プロテスタントの十分の一献金は、貧しい人を神の国から遠ざけています。ラザロのような貧しいものを無視して、裕福な生活をしている牧師がいます。すでに救われたと神の言葉を侮り、歌って踊って目先のことしか考えないような間違った教えを広める教会や牧師もあります。私は、普遍の教会であるカトリックを信じます。そしてプロテスタントでキリストを信じる人が一人でもカトリックへ導かれるように祈っています。

元プロテスタントのキリスト者より。

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