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アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、20

2016-10-31 02:35:29 | 日本キリスト教史
アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、20

◆ 1634年10月下旬の殉教者(4)

★ 長崎生まれのマグダレナ:

 りっぱな信者の親から熱心な教育をうけでそだったかの女は、ただ一つの大きな望みにとりつかれていました。それは、神のめぐみで一日もはやくこの迫害がおわることです。そのために、どんなに祈り、ぎせいをささげたことでしょう。

 あの当時は、聖書の日本語訳は、まだ一部分しかありませんでしたが、マグダレナは、これを、なんべんも、なんべんも、よみかえしては信仰を養っていました。親きょうだいが、殉教してから、かの女は、たったひとり残されてしまいました。

 伝道婦となって働くマグダレナに神父さまがそっといいました、「いいですか、マグダレナさん、ひじょうに危険な仕事ですが、ころびキリシタンをたちなおらせるために働いてはくれませんか?」

 「はい、バテレンさま、なんとかやってみます。でも、どうぞ、あなたのお祈りで助けてください」とマグダレナは答えました。そのころびキリシタンは、山にかくれていました。かの女は、こっそりとかれらに会って、にんたい強い話しと祈りでとうとう成功したのです。そこで、さっそく、ふたりの神父さまを山につれていきました。ころんだキリシタンの告白をきいてもらうためです。のちにこの神父さまたちも、殉教しましたが、マグダレナは、かれらにすすめられて、女子ドミニコ会の第三会に入会したのでした。かの女が22才のときです。
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