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アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、8

2016-10-31 02:46:42 | 日本キリスト教史
アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、8

 このうえに重い石をのせ、はては、役人たちまでその上に立って、どんどん足ぶみするのです。行き場のない水がからだじゅうから吹き出すこんな恐ろしい光景は、役人にはおもしろいあそびですが、3人の苦しみは、想像することもできないほどです。

*

 もういいかげん まいっただろうと役人のひとりが、ぎせい者の耳に口をつけていいました、「すてるといいな、早くすてないと、もっともっとひどくなるぞ」

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 まっさおな顔が急にいきいきしてきました。ぱっとみひらいたその目はあかるくすんで、かがやくばかりです。とつぜんトマス神父さまとミゲル神父さまが、くちびるをふるわせて歌いはじめました、

「神をたたえよ、すべての民よ、神の賛美を声高らかに。ああ、ロザリオの聖母よ、われらを助けたまえ」

*

「なんとがんこなやつらだ」とあきれた奉行は、「えんりょするな、もっともっと苦しめろ」と命じました。

 おや、3人のなかのひとりが手をあげています。塩塚神父さまです、手をあげるのは〃もうがまんできません”という合図になっていました。それをみた奉行は喜びました。

 でも、まだごうもんをやめません。今度は、秘密をさぐるためのごうもんです。

*

 夕方、半死半生の3人がまた牢にもどされました。でももうまえのように明るい気もちになれません。なぜなら、ひとりかころんだ(つまり、信仰をすてた)のですから。”ああ、わたしたちが、この人を通れてきたばかりに、とんでもないひどいことになった”と考えると、あとのふたりは、胸がはりさけそうです。でも、まだ時間が残されています。
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