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聖カミロ・レリス司祭     St. Camillo de Lellis

2017-07-14 23:26:56 | 聖人伝
聖カミロ・レリス司祭     St. Camillo de Lellis           記念日 7月14日


 1550年イタリアのナポリで生まれたカミロ・レリスは気の短い男であった。ローマの病院で労働者として働いたが、乱暴な行いとばくちのために追い出されて兵士となった。当時ベネツィアはトルコと戦っていたが、カミロは5年間この戦争に参加した。その後、マンフレドニアのカプチン会の修道院に行って、そこの新しい建物を造る労働者の一人として雇われた。そしてある日、一人の修道士の説教を聞いて回心し、ひざまずいて過去の罪深い生活の赦しを神に祈り求めた。

 彼は足に怪我をして歩行困難であったが、フランシスコ会に入りたいと望み、2度断られたので、ローマのサン・ジャコモ病院に帰ることを決心した。ここは。以前に追い出された病院であった。しかし彼は見違えるような人となり、毛のシャツを着て、病人のそばに昼夜付き添って、看護し、まもなく病院の会計に任命させた。

 ここでカミロが気づいたことは、その病院が、病人達のためにいかに不完全であるかということであった。彼は聴罪司祭、聖フィリポ・ネリの勧めに従って、司祭となり2人の同志と共に「病人の僕たち」という修道会を創立して、病院、または家庭で苦しむ病人を看護することになった。やがてカミロの評判が広まって、金持ちから寄付が集まってきたので、ナポリや他の町に自分の病院を開くことができ、疫病が流行したときには、病人や死にかけている人々の苦しみを和らげるために、会員たちが献身した。

 カミロは1595年と1601年、ハンガリーとクロアチアの戦争に、仲間の修道士たちを送って傷病兵の看護に当たらせた。「よい兵士は喜んで戦場で死ぬ。病人のよい僕は、病院で喜んで死ぬ」と、カミロは言った。彼の修道士たちは、自分達の健康はかえりみなかった。1614年7月14日、カミロは長い病気の後帰天した。彼の創立した会は、現在「聖カミロ修道会」として全世界に広まっている
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