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6 巧妙な盗賊たち――エジプトの文明――

2017-06-14 14:17:22 | 世界史
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年

6 巧妙な盗賊たち――エジプトの文明――

1 世界最古の推理小説

 紀元前五世紀のはじめごろに生まれたギリシアの歴史家ヘロドトスは、歴史の父といわれ、その歴史は「物語ふうの歴史」とよばれ、たくさんのおもしろいエピソードをふくんでいる。
 そのエピソードのひとつに、よく「世界最古の推理小説」とよばれる盗賊の話がある。
 この盗賊がエジプトにいたのは、ヘロドトスによると、ランプシニトス王の時代である。
 このランプシニトス王がだれであるかはよくわからないが、たぶんラメス三世のことだろうとされている。
 王はたくさんの銀をもっていた。彼以後の王で、彼以上にたくさんの銀をもった者はなく、銀をかなりもっている王も、ランプシニトスの銀の量とくらべると、てんで問題にならないほどだった。
 王はこの銀を貯蔵するために、石造りの宝庫をつくらせた。ところがその工事を請け負った職人は悪い心をおこし、宝庫の一方の壁が、王宮の外壁になっているのを幸いに、そこの石のひとつを、ひとりかふたりの力でも楽にうごかせるように工夫し、細工した。
 職人はこの秘密をそっと胸に秘めていたが、いよいよ臨終というとき、二人の息子たちを貧乏に苦しませないために、こういう工夫をしたことをあかし、石のうごかしかたを教えた。
 父親が死ぬと、息子たちは彼の教えたとおり石をうごかし、宝庫にはいりこみ、たくさんの宝物をもちだした。
 その後、王は庫にはいって、いくつかの壺に入れた宝が紛失していることを知って、ふしぎに思った。
 しかし宝庫の扉はちゃんとしまり、封印もしたままになっていたので、まさか盗まれたとは思わなかった。
 しかし、そういうことが二度も三度もつづき、扉を開くたびに財宝がへっているので、どこからか盗賊がはいったことは確かになった。
 そこで、賊を捕えるため、王はワナをつくり、宝庫のなかの諸所にしかけさせた。
 そんなこととは知らず、盗賊兄弟は、また庫に忍び入った。そして一人はワナにかかってしまった。
 ワナは堅くて抜けることは不可能だったので、彼は弟に、
 「すぐ自分を殺せ、顔がわかれば、何者かすぐわかるから、自分の首を切りとって逃げろ」と命じた。
 弟はためらったものの、ほかに道もないので、兄のいうとおり、首を切って、家に逃げ帰った。
 王は翌朝庫にはいって、ワナにかかった首なし死体をみつけ、またやはりどこにも忍び入ったようすがないのにおどろいた。
 王は盗賊の首なし死体を、さらしものにし、見張りをつけ、死体を見て泣き悲しむ者をみつけたら、すぐ捕えてつれてくるように命じた。
 息子の死骸がさらしものになっているのを知った盗賊の母親は、弟息子に命じた。
 「どんなことをしてでも、あの死体を降ろしてもってきておくれ」
 息子はおどろいて断わったが、母親はどうしてもあきらめず、
 「もしおまえがいうとおりにしないなら、私は王様のところへ行って、本当のことをみんないっちゃうよ」とおどかした。
 弟はしかたがないので知恵をしばった。
 彼は何頭かのロバを用意し、その背中に酒をつめた革袋をいくつものせた。
 そして彼は兄の死骸のさらしてあるところまででかけた。
 彼は番人の前にくると、わざと二~三の革袋の口をしばったひもをひっぱった。
 口は解け、酒は流れだした。彼は途方にくれたようすをし、額をたたき、大声でわめいた。
 番人たちはこのようすを見ると、てんでにいれものを持ってかけつけ、流れ出る酒をうけた。
 彼はなお怒ったようすをしてみせ、番人たちをののしった。
 番人たちは、「そう怒るな」と彼をなぐさめ、「まだ流れないのもあるじゃないか」と声をかけて、酒袋のひもをしっかりしめなおしてやったり、冗談をいって、笑わせようとしたりした。
 盗人は気をとりなおしたようなふりをし、「まあひとつそれじゃあげましょう」と酒袋を番人にやった。
 番人はよろこんで、そこで酒盛りをはじめ、男も仲間にさそった。
 飲むほどに一同は陽気になり、男は気前よく次々に酒袋をあけた。
 やがて番人たちはみな酔いつぶれて、寝てしまった。
 夜があけてみると、たいへんなことになっていた。
 死体は盗まれてなくなり、そのうえ番人たちはみんな右頬のひげを剃り落とされていた。
 王は怒り心頭に発し、どんなことをしても、盗賊をみつけだそうと決心した。
 そして、ヘロドトスも「私にはとうてい信じられない」といっているようなことをした。
 王は王女を娼家(しょうけ)にだし、どんな男でも、
 「自分が今までにしたいちばん巧妙な、そしていちばんひどいことを告白するなら、王女が相手をするだろう」と触(ふ)れをだした。
 そして、もし万一盗賊がやってきて、王女と寝るために、今までの悪事を白状したら、男の手をつかまえて逃がすな、と王女に命じた。
 盗人は、この触れの意味がわかったので、王女のところにでかけた。
 彼は王女に、「自分の今までしたいちばん巧妙なことは、番人を酔いつぶしたことで、いちばんひどいことは兄を殺して、首を切ったことだ」と白状した。
 王女は男の手をしっかりとにぎり、大声で人々に灯(あかり)を命じた。
 明るくなってみると、男は逃げてしまっていた。

 王女が男の手だと思ってにぎっていたのはどこかの死体から切りとってきた腕だった。
 王はまた知恵くらべに負けたことを悟った。
 このような利巧で大胆な男なら、むしろ罰せずにほめてやってもよいくらいだ、と王は考えた。
 彼は国中に触れをだし、王のところに出頭するなら罪をゆるし、ほうびをたくさん与えようといった。
 男は王の言葉を信じて、名乗りでてきた。
 王は「エジプト人は世界のどこの人よりもすぐれた民族だが、この男はそのエジプト人のなかでもまたいちだんとすぐれた知恵者だ」といってほめ、王女を妻として与え、たくさんのほうびも与えた。
 これが「世界最古の推理小説」といわれる話で、事実であるかどうかは疑わしい。
 しかしこういう話があるせいか、古代エジプト人というと、巧妙な盗賊を思いださずにはいられない。
 ヘロドトスは、アマシスという王様の話も伝えている。
 アマシスとはアフメネス王のギリシアなまりだが、ヘロドトスはこの王をならず者のように伝えている。
 朝のうちは熱心に政務をとりしきったが、昼ごろになると酒を飲みはじめ、ふざけちらして、不真面目になった。
 おそばの者が見かねていさめると、王は、
 「弓も年中張りつめていると切れてしまう。ときどきゆるめておかなくては役に立たない」と答えたという。
 アマシスは、平民の出だったが、王に成り上がった。
 そのためエジプト人たちは、彼を軽蔑していた。アマシスは黄金製の足洗い用のたらいを鋳つぶして神像をつくり、町中にすえさせた。
 人々がこれを礼拝すると、彼はいったという。
 「前に洗足たらいでも、神像になればみんなが拝むように、前に平民でも、王になったのだから、私を敬(うやま)え」
 このアマシス王は、その平民時代に、酒代や遊興費が足りなくなると、盗みをして金を手に入れた。
 みつかって捕えられても、彼はけっして白状しなかった。
 そこで神託が問われた。ある神は彼を有罪とし、ある神は彼を無罪とした。
 王になったのち、彼は、有罪の神託をだした神の神殿には多額の寄進をし、社殿の修理もしたが、無罪とした神は信用できないと、何の寄進も修理もしなかったという。
 ヘロドトスの伝えたこれらの話はみなおもしろいが信ずるには足りない。
 しかし、エジプトでの考古学的な発掘の結果は、古代のエジプトには、本当にたいへんな盗賊たちが、たくさんいたことを教えている。
ジャンル:
科学
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