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アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、21

2016-10-31 02:33:11 | 日本キリスト教史
アロイジオ・デルコル神父『十六のかんむり 長崎十六殉教者』、22

★ 長崎生まれのマグダレナ(3)

 その翌日、そこから出されたとき、かの女の前に目をおおいたくなるような光景が展開されました。たくさんの信者が、手をかえ、品をかえてのごうもんを受けています。まるで、そこは苦しみの〃るつぼ〃でした。

 その苦しみの人々のなかのひとりとなったかの女は、あまりひどく責められたので、気をうしないかけて、思わず腕が動いてしまいました。それを合図と役人はかんちがいしてしまったのです。

「しめた、あんなに剛気なことをいっていたが、やっぱり女だ、どうやら、信仰をすてる気になったらしいぞ」とつぶやくと、役人は、かの女の耳にささやきました、

「おお、よしよし、すてるんだな、今にらくにしてやるぞ」

 気をうしないかけていたのに、そのことばをきくと、ぱっと目をみひらき、そのひとみは、怒りにもえました。

「なにをかんちがいしておられるのです?わたしはぜったいに信仰をすてようなどとは思いません。いいえ、思ったことさえありません」とマグダレナは、ほとんどさけんでいました。かの女は、それから、指のつめをはぐごうもんや、水のごうもんをはじめ、あらんかぎりのごうもんを、13日間も耐えぬいたので、「へえ、この人は、まるで不死身だ、かよわい女の身のどこに、そんな力があるのだろう?」と役人は感嘆しました。

「いいえ、わたしひとりの力で耐えているのではありません。わたしの礼拝する神さまが、わたしを力づけてくださいます。やさしいあのみ手が、わたしの頭をささえているのです」とマグダレナ。そのことはをきくと役人は、ますます怒って、「なんとずぶとい女だ! これでもくらえ」と、半死半生のかの女を力いっぱいなぐりとばしました。

 そのいきおいにマグダレナは、よろよろとよろけて、その穴つるの穴に落ちこんでしまい、もうあとは動きません。その夜は、ひどい雨がふりつづきました。かの女がおちたあの穴も、水があふれています。こうして、マグダレナは、おぼれ死んで、すでにほかの殉教者たちといっしょに天国にいました。あの苦しみの千倍も万倍も、いいえ.ことばにつくせないほどの報いをうけるために。それは、1634年10月もなかばのころでした。
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