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聖レオ9世教皇

2017-04-19 06:33:05 | 聖人伝
聖レオ9世教皇     記念日 4月19日


 レオ9世教皇は、聖人としての生活と軍の司令官としての生活を統合して生きた人であった。1002年に、フランスのアルサスで生まれ、コンラド2世皇帝がイタリアに侵入した時は、助祭であった。聖職者ではあったが、軍隊に入って勇ましく戦った。

 20年間、レオはトゥールの司教を務め、規律のゆるんだ司祭たちを厳しく取り締まり、修道院に正しい秩序をもたらした。彼が教皇に選ばれたのは1048年であった。それまでトゥール司教区の小さな範囲で行ったことを、今や全教会にわたって実行しようと思い立ち、改革するために西ヨーロッパ中を旅し続けたので、巡礼の教皇として知られるようになった。行く先々で、教皇は司教と司祭達を集めて会議を開き自分の指導に従わせた。

 レオ9世は、教皇庁の財政を堅固にするために、南イタリアのある部分を領地に加えようとしたが、これは失敗であった。ノルマン人たちがこの新しい領土に侵入してきた時、軍人教皇は自ら軍隊を率いて彼等を防いだ。この行動は聖ペトロ・ダミアノにさえも批判された。不幸なことにノルマン人たちが勝って、レオ教皇をチビテラで捕らえてヴェネべントの牢獄に入れた。教皇を捕らえた人々は、教皇の忠実な臣下だと言ってはいたが、数ヶ月間教皇を釈放しなかった

 教皇は牢獄の中でギリシャ語を学び始め、その頃、ローマから分離した東方教会の教義をよりよく理解しようと試みた。しかし、教皇の健康は衰え始めていた。

 釈放された時、教皇はローマの聖ペトロ大聖堂の中に台を用意させて死去した。それは1054年であった。
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