カトリック情報 Catholics in Japan

聖人伝、教会史、格言、みことばなどを掲載します。フェイスブックのカトリックグループにも投稿しています。

一にして二なる愛 (聖アウグスティヌス)

2016-10-20 02:02:06 | 格言・みことば
一にして二なる愛 (聖アウグスティヌス)

 さて、主かべトサイダの中風者になさった命令にふくまれている愛の二つの掟をどう考えるべきか。「床を担いで歩きなさい」。兄弟たちよ、私とともに、この二つの掟の性質についてよく考えなさい。あなたがたはそれをよく知っていなければならない。ただ頭に思い浮かべるだけでなく、あなたかたの心から決して消し去ってはならない。そうすることがあなたがたの義務である。神と隣人を愛さなければならないことを、絶えず考えなさい。

 「心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、おまえの神である主を愛せよ、(そして)隣人を自分のように愛せよ」。

 これこそが、あなたがたの考えの、瞑想の、想起の、行為の、あらゆる努力の、絶えざる目的である。神を愛することは掟の秩序で第一であるが、隣人を愛することは実行の秩序で第一である。事実、この愛の二つの掟を命じたもうた方は、まず隣人を愛し、次に神を愛しなさいとお命じになることはできなかった。まず神を、次に隣人を、である。ただ、あなたはまだ神を見ていないので、隣人を愛することによって神を見る資格を得る。隣人を愛することによって、神を見られるようにあなたの目を清める。これはヨハネにとって、明白なことだった、

 「目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」(1ヨハネ1:9)。

 あなたに言う、神を愛しなさい、と。するとあなたは私に言う、私が愛すべきものを見せてください。私は何と答えよう。ヨハネその人の言葉を繰り返すばかりだ、

 「いまだかつて、神を見た者はいない」(ヨハネ1:18)

 しかし神を見ることが、あなたにまったく無関係のことと思ってはならない。

 「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまる」(1ヨハネ4:16)

 ゆえに隣人を愛しなさい。そして隣人への愛の源を、自分でよく考えなさい。そこに、可能なかぎり、あなたは神を見るであろう。ゆえに隣人を愛することから始めなさい。「飢えた人にあなたのパンを裂き与え、さまよう貧しい人を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと」(イザヤ58:7)である。

 あなたの光、それは神である。あなたにとっては朝の光である。なぜなら、その光は現世の夜に続くものだからである。神は、事実、起きも寝もしない。神は永遠に在るものだからである。あなたが滅びかけていたとき落日だった神は、戻って来たあなたにとって朝の光となるだろう。であるから、「床を担げ」は、私には隣人を愛せよを意味しているように思われる。

聖アウグスティヌス 『ヨハネ福音書講解』17:8
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 聖母について話すときは逃げ... | トップ | 商売とは罪なのか? (聖ア... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。