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友達は選べ  聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

2017-09-15 05:22:13 | 格言・みことば
あなた達の霊魂の救いを危険に導くような人達と交流したり、またそのような場所に留まるよりは、むしろこの世のどんな不幸をも耐え忍ぶようにしなさい。

聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)
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御悲しみの聖母   Septem Dolorum B. Mariae Virg.

2017-09-15 05:21:25 | 聖人伝
御悲しみの聖母   Septem Dolorum B. Mariae Virg.      記念日 9月15日


 聖マリアは天主の御母という尊厳極まりない御位にあらせ給う御方であるから、その聖心には常に歓喜と楽しみが満ち溢れていたと考えられるかも知れぬが、これは大いなる誤りであって、実際は悲哀の御母と呼ばれるほど、数々の辛酸を嘗め給うたのであった。それは祖先アダムとエヴァ以来の人類の罪を、受難によって償い、救世の大業を果たし給う御子イエズス・キリストに、御母として、また女性の代表として、力をあわせ、労苦を分かたれるのは、当然でもあり、必要でもあったからである。
 イエズスの御降誕後40日を経て、聖母が之をエルサレムの神殿で天主に奉献された時であった、シメオンという敬虔な老人が彼女の将来に就いて「貴方の御心も苦痛の剣で刺し貫かれましょう」と預言した。この言は見事に適中しその後の彼女の生涯は精神的にも肉体的にも艱難苦労が絶えず、御悲哀の連続といってよかった。わけてもその著しいものが七つある。それでしばしば、聖母の御心は七本の剣で貫かれたといわれるのである。では、その七つの御悲哀とは一体何であろうかそれをこれから説明して見よう。

 1、シメオンの預言
 先に述べたイエズスを聖殿に奉献の砌、老シメオンはまた聖き嬰児を抱いて「この御子は他日人々の反抗の目標とされ、多くの苦痛をお受けになりましょう」と預言した。これを耳にされた時、愛深い御母の御胸は、御子の行く末を案ずる余り、言いようもない心痛を覚えられずにはいなかった。これはその第一の御悲哀である。

 2、エジプトへの御避難
 ヘロデ王が東方から来た三人の博士にイエズスの御降誕を聞き、之をわが位を奪い取る者と誤解して殺そうとした時、聖母は聖ヨゼフと共に天使の御告げに従って御子を伴い、エジプトに逃れ給うたが、途中の艱難辛苦、異国の慣れぬ言語風習など何一つ彼女の御心を痛ましめぬものはなかった。これ、その第二の御悲哀である。

 3、イエズスの行方不明
 イエズスが12歳の御時、その初参詣として御両親は彼をエルサレムの聖殿へ連れて行かれたが、その帰路ふと御子にはぐれ、方々探し回って三日目に漸く之を聖殿の中で発見された。しかし愛する御子の御姿を見失い給うた時の御母の御嘆きと御心配とはどれほどであったろう。これ、その第三の御悲哀である。

 4、十字架の道における御子との再会
 聖母は御子が重い十字架を肩に、恐ろしい茨の冠を頭に、カルワリオへ赴かれる途中、馳せ往いてその憔悴された御姿をご覧になったが、その時の御胸中はどのようであったろう。これ、その第四の御悲しみである。

 5、イエズスの十字架上の御死去
 聖マリアは十字架の下にたたずんで、目に最愛の御子が断末魔の御苦悶を仰ぎ見、耳に敵の嘲り罵る声を聞き、腸も九回するばかりの深刻な哀傷を経験し給うた。これ、その第五の御悲哀に他ならぬ。

 6、イエズス十字架より下ろされ給う
 主の御屍が十字架より取り下ろされるや、御母はその痛々しい御傷跡、変わり果てた御姿をつくづくと眺め、胸も張り裂ける思いに今更の如く嘆き給うた。これその第六の御悲哀に他ならぬ。

 7、イエズスの御埋葬
 その日は過越祭の前日であった為、主の御遺骸を葬る万端の仕度を調える遑もなく、ニコデモやアリマタヤのヨゼフ、それにヨハネや御弟子の婦人数人の手を借りて、近所の岩穴に慌ただしく仮埋葬に付した。この事も聖母にはどれほど情けなく心残りであったか知れない。これ、その第七の御悲哀である

 以上記した中、最後の四つは相連続した御悲哀故、之を一つと見ても差し支えない訳であるが、その各々が深刻を極めている上に、全体を古来聖数とされている七の数にしたい為、別々に算えるのが常となっている、そしてこの聖母の七つの御悲哀を記念すべく聖会は一年に二つの日を定めた。その一つは四旬節中枝の祝日の前の金曜日であり、その二は本日、即ち9月の15日である。
 各教会の信徒信心の実際に徴しても、聖会の歴史を調べても、人々はこの悲哀の聖母を特に敬慕しているようで、之に献げられた聖堂も少なくない上に、その絵画、彫刻、詩などの傑作も甚だ多い。これは人の親ともなれば、子供の為に心配し、愛する故に悲しむことは誰しも免れぬ所であるから、悲哀の聖母に最も共鳴し、その立派な御鑑に倣いたいと望む人情が然らしめるのであろう。
 聖ベルナルドは悲哀の聖母に就き説教して之を「精神的殉教者」と呼んだ。聖マリアはイエズスが悪人から苦しみ、辱め、嘲り、罵りを受け給うた時、これらをことごとく我が身に与えられたも同様に感ぜられ、御子と全くその悩みを共にしキリストの御死去に際しては御自分も精神に於いて殆ど絶え入り給うたのであった。これは実際精神的殉教という外はない。されば聖母が天に於いて殉教者の栄冠を獲得されたことは疑う余地がなく、聖会が聖マリアの連祷中で彼女を「殉教者の元后」と讃え奉るのも当然というべきである。我等は最後に公教会祈祷書中にあるヤコボ・ダ・トヂ作の有名なスタバト・マーテル(聖母の悲哀に対する祈祷)の一節を誦えて、悲哀の聖母のいみじき犠牲精神にあやかる恵みを願おう。

 ああ聖母よ、十字架に釘付けられ給える御子の傷を、我が心に深く記し給え。

 祈願 天主よ、主の御苦難の時に当たりて。シメオンの預言の如く苦の剣は永福なる童貞母マリアのいと甘美なる魂を刺し貫きしにより、願わくはその御悲哀を記念して祝い奉る我等をば、主の御苦難の幸福なる好果に至らしめ給わん事を、聖父と聖霊と共に世々生き且つしろしめし給う天主よ、アーメン。
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聖十字架称讃の記念     Exaltatio S. Crucis

2017-09-15 01:06:06 | 格言・みことば
聖十字架称讃の記念     Exaltatio S. Crucis    祝日 9月14日


 世人の崇敬をあつめている聖遺物中、わけても貴いのは、主イエズスキリストが全世界の罪の贖いに、御自らを磔け給うた聖十字架ではないだろうか。というのは、これなくしては我等に救霊の恵みも与えられなかったに相違ないからである。されば聖会は之が賛美尊敬の為、聖金曜日の他になお二つの祝日を設けている。それは即ち5月3日の聖十字架発見の記念と、本日の聖十字架賞賛の記念とである。
 聖十字架賞賛の記念は聖会に古くから行われ、キリスト復活祭や昇天祭などと共に大祝日とされていた。殊にこの祭りの盛大に催されたのは、聖主御受難の聖地エルサレムで、当日は聖榮大聖堂に荘厳な儀式が執行され、遠隔の地からも多数の信者が巡礼参加し、イエズスの磔り給うた十字架を称讃すると共に、わが救いを感謝して、聖歌を歌い祈りを献げるのが例年の慣わしとなっていたのである。
 聖十字架称讃の記念が一段と盛んに行われるようになったのは東ローマ帝国ヘラクリオが一度ペルシャ人の手に奪われた聖十字架を取り戻した西暦628年の頃からで、之を更に詳しく説けば614年東ローマ帝国に攻め込んだペルシャ王コスロアスの軍勢は、エルサレムを乗っ取って数多の信者を虐殺し、総主教ザカリアその他を捕虜として凱旋する時、同地の教会が無二の宝物と珍重していた聖十字架をも鹵獲品の一つとして持ち去った。戦いはその後15年も続き、その中にコスロアスも死にヘラクリオが勝利を得て戦いに倦み疲れたペルシャ人と和を講ずることになったが、その条約の中には聖十字架返還の一項も加えられていたのである。
 かくてヘラクリオ皇帝は部下に聖十字架を担わせ、意気揚々とエルサレムに乗り込み之をもとの場所に安置された。伝説によれば皇帝は主の御迹を辿るべく、美麗な衣冠に威儀を正し、自ら聖十字架を担ってカルワリオの丘に登ろうとされたのに、どうした事か一歩も足が進まない。いかに渾身の力を傾けても目に見えぬ縄で縛められた如く更に身動きが出来ない。この思いがけない有り様に、周囲の人々は驚き呆れて、ただあれよあれよと騒ぐ中、総主教ザカリアは何か心に思い当たる事あってか御前に進み出で「昔イエズス・キリストはこの十字架の道を、茨の冠に兵卒の着古した粗末なマントで辿られたものでございました。しかるに陛下は、ただいま結構な御衣に黄金の冠を着しておいでになります。御足の進みかねるのも察する所かような事が主の思し召しに適わぬ為ではございますまいか」と申し上げた。信仰深い皇帝はこれを聞かれるとなるほどと思し召され、それから粗末な衣服にお召し替えの上、また十字架を背に歩み給うた所今度は何の妨げもなく、無事頂上に達せられたとの事である。
 さて聖十字架はこれより前にも増して人々の崇敬を受けるようになったが、今なお二千年の昔と少しも変わらず、すべてのキリスト教徒に信仰の印と仰がれ、悪魔の矢玉を防ぐ盾、罪人の希望を繋ぐ所となっている。
 本日の聖務日祷晩課に誦えられている、ユヴェンチオ・フォルツナトが569年に作詞した、名高いヴェクシラ・レジスという聖歌もまた右のこころを現したものに他ならない。曰く、
 唯一の希望なる聖十字架を崇め奉る。
 願わくはそを称うる今日のよき日に、
 信心深き者は之によりて益々聖寵を恵まれ、
 罪ある者は之によりて赦免を与えられんことを。


教訓

 十字架は昔罪人の刑具として恥辱の印であった。それが主イエズス・キリストの救世の為これに磔り給うた時から却って栄誉の印となった。されば我等も義の為に艱難を受けるような場合、決して絶望の淵に沈んではならぬ。「汝等憂うべけれども、その憂いは変わりて喜びとなるべし」という主の聖言を思い起こし、勇ましく耐え忍ぶべきである。
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