Vanteyのアース線(もしくは枯れた資料帳)

怠け者のウィキメディアン・Vanteyの、脳内が帯電してきた時のはけ口。非百科事典的。過度な期待はしないでください。

日本アニメにおけるオーディオコメンタリーとキャラクターコメンタリーの誕生

2011-01-21 05:46:57 | 書誌・図書館
DVD-Video の仕様では、1つの映像トラックに対して複数の音声トラックを用意できることになっています。先行規格の LD や、後継規格の BD でも同様です。
この音声多重対応はもともと多言語対応のために開発されたものでしたが、やがて他の利用法として、この音声サブチャンネルの一つを使って俳優や製作関係者などによる解説や裏話を収録したものが現れました。
これはオーディオコメンタリーと呼ばれ、放送映像にはないビデオグラム(*a)だけの音声特典として、映画・ドラマ・アニメなどの作品ものからスポーツものやドキュメンタリーまで多くのビデオグラムで採用されています。

世界初のオーディオコメンタリーが収録されたビデオグラムは、米国の名画ビデオ販売会社ザ・クライテリオン・コレクション The Criterion Collection Inc. 社(ニューヨーク市、1984年創業)が "The Criterion Collection" レーベルの6タイトル目のリリースとして1984年12月に発売した映画『キング・コング』King Kong(第1作 = 1933年版)の LD で、米国の映画史家ロナルド・ヘイヴァー Ronald Haver (1939 - 1993) による作品解説が収録されていました。


日本初のオーディオコメンタリーはいつリリースされた何というソフトであるか不詳ですが、アニメソフトに分野を限るとこれははっきりしています。
2001年5月23日に発売されたOVA『R.O.D -READ OR DIE-』第1巻(発売・販売元: SME・ビジュアルワークス(*b)、1話収録。原作・シリーズ構成・脚本: 倉田英之、監督: 舛成孝二、音響監督: 菊田浩巳、アニメーション制作: スタジオディーン)の DVD こそが日本アニメにおけるオーディオコメンタリーの創始で、原作者の倉田先生と舛成監督が出演しています。
同作『READ OR DIE』(全3話、全3巻。最終3巻は2002年2月発売)は当時、映像クオリティも高く音楽も良く内容も面白いとして評判の作品でした。2003年10月から続編となるテレビシリーズ『R.O.D -THE TV-』(全26話、音響監督: 菊田浩巳、アニメーション制作: J.C.STAFF)が放映されたこともあってR.O.Dシリーズの知名度が高まったため、それから後追いでハマる人も多く、商品寿命の長い作品となりました。2010年4月7日にはテレビシリーズと合わせて BD-BOX で再発されています(『R.O.D THE COMPLETE』 発売・販売元: アニプレックス、39,900 円)(*c)。

こういうプレミアム的仕様のものを最初にやったのは、やはりOVAだったのでした。
それがいつ頃からテレビシリーズ作品のソフト化時にもコメンタリーを付けるようになったのかはこれまた資料不足で不詳ですが、『R.O.D -THE TV-』(第1巻発売: 2003年10月22日)には既に付いていました。
今年2011年は『READ OR DIE』から早くも10年、アニメソフトのオーディオコメンタリーの歴史ももうすぐ10周年となる訳です。

コメンタリーの出演者は、原作者・プロデューサー・監督・脚本家・アニメーターなどの制作スタッフが出演するもの(スタッフコメンタリー)と声優が出演するもの(キャストコメンタリー)とに大別され、購買者個々人によって好みが分かれるところです。
また話の内容は作品の補足解説や制作現場の裏話のほか、流れている映像や時にはその作品とさえ無関係な単なる雑談・放談となってしまっているものも実は少なからずあります。
オーディオコメンタリーの付いていないアニメソフトも多い中で、コメンタリーが付いていても「グダグダで面白くない杜撰なハズレコメンタリー」というのも少なくないため、解説空間などとしての本来の役割を果たしている "当たりコメンタリー" が付いているのはアニメソフト全体の中では実はあまり多くない……というのが現状です。当たり外れの評価は主観に左右される部分も大きいのですが(己の感性を信じろ!)。

   *  *  *  *

ところで最近一部の新作アニメ BD/DVD で、音声特典に「キャラクターコメンタリー」というものが収録されたものがちらほら出てきています。

これはいったい何かといいますと、文字通り、「(スタッフやキャストではなく)その作品の登場キャラクターによるオーディオコメンタリー」です。
つまり、作中のキャラクターが、視聴者と同じ本編映像を観ながら補足情報やツッコミや会話をしている……という設定。一種のメタフィクション化です。



実際の出演者は勿論そのキャラクター役を演じている声優で、(声優さん本人の地ではなく)キャラクターになりきった状態でレコーディングに臨むことになります。
キャラクターになりきった状態とはすなわち役を演じている状態ですから、喋る内容は必然的に "完全台本" となります。この点が、基本的にフリートーク(乃至それに近いもの)であった従来のオーディオコメンタリーとは決定的に異なる点となっています。

その台本は、間が空き過ぎないように全編に台詞をぎっしり詰め込まねばなりません。
また、喋りの内容とその時の映像とに乖離が生じないようにも注意する必要があります(尺合わせ。レコーディング時にもアドリブや台詞加除で調整が行われる)。
こうして、アニメ本編1話分と同等以上の執筆分量と労力がキャラクターコメンタリーの脚本家にはのしかかることになります。演じる声優やその音源を尺に合わせて編集する音響監督ともども、楽ではありません。


そこで、2010年末までのキャラクターコメンタリーの全史をこれから全3回全4回で振り返ってみます。
今回は2009年の誕生編。


■創始は『化物語』、創案は西尾維新
視聴者には面白いキャラクターコメンタリーですが、制作者(特に文芸担当)にとってはこんなしちめんどくさいこと、いったい誰が考え出したのか。
それは、アニメ『化物語』の原作者・西尾維新先生でした。
『化物語』は2005~2006年に連載されて全2巻(続編シリーズ除く)が刊行された小説が原作で、2009年7月期に全15話でテレビアニメ化(監督: 新房昭之、シリーズディレクター: 尾石達也、ビジュアルディレクター: 武内宣之、音響監督: 鶴岡陽太、アニメーション制作: シャフト)(*d)され、2009年9月から全6巻でビデオグラム化された作品です。

西尾先生はアニメのソフト化にあたり、「(声優ではなく)登場キャラクターがオーディオコメンタリーをしたらどうだろうか」というアイデアをアニメスタッフに持ちかけたのです。
こうして西尾先生は全話分のキャラクターコメンタリー脚本を御自ら書き下ろすことになりました。物凄い速筆としてつとに有名な先生のことですから、あるいはこれくらい造作もないことだったかもしれません。レコーディング現場では、脚本の分量が多過ぎて本編の尺に収まらない部分はばっさりカットし、脚本の尺が足りない分は先生がその場で書き下ろした……などというとんでもない軽業伝説が伝えられています。
内容は複数名のキャラが高密度で語りまくるもので(*1)、本編内では絡まないキャラ同士が会話するなど、書き手にとっても「とても新鮮で」「かなり刺激的な楽しい」ものだったそうです(*2)。
化物語』 2009年7月期テレビ放映作品 全15話(うち未放映話3話) 全6巻
 発売・販売元: アニプレックス
 全話キャラクターコメンタリー脚本: 西尾維新(原作者)
▼第一巻 ひたぎクラブ 2009年9月30日発売 2話収録 (#1, 2)
  キャラコメ#1, 2 = 戦場ヶ原ひたぎ(斎藤千和)、羽川 翼(堀江由衣)
▼第二巻 まよいマイマイ 2009年10月28日発売 3話収録 (#3~5)
  キャラコメ#3~5 = 八九寺真宵(加藤英美里)、羽川 翼(堀江由衣)
▼第三巻 するがモンキー 2009年11月25日発売 3話収録 (#6~8)
  キャラコメ#6~8 = 戦場ヶ原ひたぎ(斎藤千和)、神原駿河(沢城みゆき)
▼第四巻 なでこスネイク 2010年1月27日発売 2話収録 (#9, 10)
  キャラコメ#9, 10 = 千石撫子(花澤香菜)、忍野メメ(櫻井孝宏)
▼第五巻 つばさキャット(上) 2010年2月24日発売 3話収録 (#11~13)
  キャラコメ#11 = 羽川 翼(堀江由衣)、千石撫子(花澤香菜)
  #12 = 羽川 翼(堀江由衣)、戦場ヶ原ひたぎ(斎藤千和)
  #13 = 羽川 翼(堀江由衣)、八九寺真宵(加藤英美里)
▼第六巻 つばさキャット(下) 2010年7月28日発売 2話収録 (#14, 15)
  キャラコメ#14 = 羽川 翼(堀江由衣)、神原駿河(沢城みゆき)
  #15 = 羽川 翼(堀江由衣)、阿良々木 暦(神谷浩史)

本作のビデオグラムは BD だけでも各巻5万枚超え、2010年9月までに全巻合計で 330,977 枚(*3)、BD/DVD の合計では 470,766 枚(いずれもオリコン調べ)を売り上げ(*e)、商業的に大ヒットを収めました。

本編の好評も勿論ですが、この「キャラクターコメンタリー」という新たな試みはアニメファンの間で大いに評判になりました(企画そのものもですが、内容的にも非常に面白いとして)。
そしてこのことはアニメソフト製作業界にも一大衝撃を与え、翌2010年には追随者が続々と現れることとなったのです。


2010年前半期編に続く)

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(*a) = (主に頒布を目的として)有体物に固定化された映像ソフトウェアパッケージのこと。広告用語辞典では「電気的録音録画物の総称」としているが、非電気的記録手段による同様のソフトウェアパッケージが除外されるべき合理的理由は無いため、「電気的」は蛇足である。
(*b) = 株式会社SME・ビジュアルワークスは、株式会社アニプレックスの旧商号(2003年4月1日商号変更)。
(*c) = この BD には、オリジナルのコメンタリーに加えて新録のコメンタリーも追加収録された。
(*d) = 2009年7月~9月に第12話までを地上波ほかで放送、残り3話は2009年11月~2010年6月にアニメ公式サイトで期間限定無料配信。この残話の制作・公開の遅延は度々話題になった。残話分のテレビ初回放送はソフト発売後の2010年12月20日WOWOW にて。
(*e) = オリコンBDチャートの発売初週売上では、2巻(38,973 枚)・3巻(41,319 枚)・4巻(48,105 枚)でテレビアニメ作品としての歴代最高記録を更新し、2011年1月現在では2巻の記録も破られていない。なお5巻は 46,317 枚で4巻を下回った。1巻は 29,372 枚で、当時の最高記録だった『けいおん!』(1期)1巻(2009年7月29日発売)の 32,503 枚を抜けなかった(その後『けいおん!』(1期)7巻(2010年1月20日発売、30,642 枚)と『けいおん!!』(2期)5巻(2010年11月17日発売、30,019 枚)の2タイトルが『化物語』1巻を上回っている)。また6巻(51,141 枚)でさらに記録更新したとする見解もあるが、同巻の収録話はテレビ未放映話のみなのでテレビアニメではなくOVAとみるのが妥当との見解もある。OVAとしては『機動戦士ガンダムUC』1巻(2010年3月12日発売)の 55,906 枚(アニメ全体で当時の最高記録)に届いていない。その後『ガンダムUC』2巻(2010年11月12日発売)は 80,868 枚を記録している。

(*1) = 【コラム・ネタ・お知らせetc】 アニメ「化物語」第一巻ひたぎクラブ 世界最速商品解説 - アキバBlog、2009年9月19日
(*2) = 西尾氏からのメッセージ - 化物語スタッフブログ、2009年9月3日
(*3) = 『けいおん!』、『化物語』超えでTVアニメシリーズBD総売上歴代1位に - ORICON STYLE ニュース、2010年9月22日

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オーディオコメンタリー - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/オーディオコメンタリー
Audio commentary - Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Audio_commentary

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R.O.D
http://www.sonymusic.co.jp/Animation/ROD/
化物語 - 西尾維新アニメプロジェクト
http://www.bakemonogatari.com/

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Summary of image:
Description = キャラクターコメンタリーを選択できる音声選択メニューの例
Source = OVA『たまゆら』第1巻 (DB-0447) スタート画面
Date = 2010-11-26
Author = (c) 佐藤順一・TYA/たまゆら製作委員会
Permission = 日本国著作権法32条1項に基づく引用


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