写真は10年前のものです

つれづれなるまゝに日ぐらしPCに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづっていきます

再起

2017-07-16 | 随想

Weblioで調べてみると、再起とは「病気が治って元気になること。失敗や挫折から元の状態に立ち直ること。」と、ある。

傍目には元気そうに見えるとのことだが、心臓と脳で血管が詰まり、既(すんで)のところで死に損なった後は悪運強く生き延びてきているとはいうものの後遺症がしっかりと残っているので、一応、元気っぽいとはいうものの、これは「治った」とは言えないだろう。が、「失敗や挫折から立ち直る」ということで言えば、これはもう、我ながら「しぶとい」と思えるほど何回も立ち直ってきている。

まぁ、それだけ数多くの失敗や挫折を性懲りもなく繰り返してきたという、ある意味ではカミングアウトみたいなものだが、我ながら「しぶとい」と言えるというのは、それらを糧にして生きながらえてきたからこそ今がある、ということでもある。

ただ、今回はわが半生を語るということではなく、パソコンが壊れて(涙;)、ここ1週間ほどは思うようなネット生活ができず、なんとかスマホやタブレット端末を頼りに細々としたネット環境でチマチマ過ごしていたが、それらのタッチパネルの操作であるタップだ、フリックだ、スワイプだ、ピンチアウトだという方法がまだるっこくてイライラするばかりの数日間だった。

パソコンが壊れて、データは外付けHDにもコピーしていたこともあって最小限の被害で済んだものの、数年前にも同じ思いをしているはずなのに教訓が生かされなかったなぁ、と今更ながら悔んだりしている。なぁんだ、ちっともしぶとくないゃん、といわれても仕方ないほどの迂闊な危機管理だったのかもしれない。

 

思い起こしてみれば、壊れたマシンは2011年に買った、ということを終わっていいとも!(2013年10月27日)で書いていたのだが、6年前ということで、6年といえばちょうど「電子計算機」の法定耐用年数どおりだなぁ・・・などと思っていたら、平成13年の税制改正でパソコンの法定耐用年数が6年から4年になったとのこと。じゃぁ何とか得したんじゃん・・・と自身を慰めていたら、「パソコンって壊れるものなの?」などと真剣に聞かれたりして・・・あのねぇ、機械っちゅうもんは壊れるものだし、人間というものは皆いつかは死ぬものなんです、はぃ。無常観に少しは浸って、まさかの時の危機管理は疎かにしないよう気を付けましょう。(自分自身に向かって言ってる・・・)

 

と、いうことで、今回は、・・・「は、」というより「も、」なのだが、予算との関係で、GatewayのSX2995-H58Fというデスクトップマシンにした。

少ない予算でそこそこの性能と拡張性を求めれば、スペースはとるものの選択肢としてはデスクトップしかない。今までのディスプレイを有効活用できるのも心強い。高いコスパを求めた結果が、デスクトップ型ということである。

問題はネット環境と、インストールするソフト群だ。ムカシはソフトウェアと言ってもなかなか理解してもらえなかった概念だが、最近はスマホの普及でアプリという言葉で抵抗なく受け入れられていて、こんなところにも時代の変遷を感じたりしている。年齢の成せる業(「わざ」。神業、軽業、離れ業、至難の業などのときに使う「わざ」)なのだろう。

ネット環境で言えば、NTT光回線の他に、いろいろな経緯から経産省や国税庁等にアドレスを登録していたりしているもんだから、どぅ~っしても、メールだけはケーブルテレビ回線を併用、という非常に非経済的な運用をせざるを得ない状況である。変えようと思えば変えられなくもないのだが、アドレスの名称と短さも気に入っている、ということも変えない理由になっている。はてさて、困ったもんでございます。

で、この環境設定が、これまた、プロも逃げ出す(光回線にしたときの経験・・・)ほどの駁雑さで、こんなことでもない限り極力、手を染めたくもないことなのだが、今はそんなことも言っておられず、チマチマと以前の環境に近づけているところである。一応、繋がっては、いる。

今のところ、Windows10になったから、という理由での不都合はみられないものの、AT車(2013年11月3日)のところで書いていたような、Windowsの黎明期に感じた違和感はやはり今回も感じられる。

ちなみに、そのAT車(2013年11月3日)のところの出だしから少し進んだところで「一太郎も青息吐息だが、なぜ「青」なのか調べておこう・・・」と書いていてそのままになっていた。いろいろ調べてみると、吐く息が青いと譬えるのは、顔色が良くないときに「顔色が青い」と言ったり、血の気を失ったことを「顔が青ざめる」、不健康そうな顔は、「青白い顔」というように、どれも良くない状態を「青」で示しているのであり、「青息吐息」もこれらの言葉と同類で、弱ったときに出すため息や、嘆息するような状態のことを言うものらしい。吐く息が青く見えるというわけではないし、桃色吐息と同じような使い方でもない、らしい。(しっかし、だ。抱かれるたび 素肌 夕焼けになる、って読んでいるだけでも卑猥だよなぁ。)

 

「わが半生を語るということではない」と言いながらも、少し振り返ってみると、終わっていいとも!(2013年10月27日)では、今までのパソコン購入歴を書いているし、カノン(2014年9月21日)では、今までのネット歴を披露している。

 

総務省からは情報通信白書平成28年版が発表されており、その第2部「基本データと政策動向」の「主なメディアの利用時間と行為者率」には、年代ごとのテレビやネット、新聞等の視聴時間の比較の推移図が載っている。10代20代はテレビよりネットを見ている時間が長く、60代はその逆、という予想されたとおりの結果が図示されている。行為者率という視点でも、10代20代が新聞をほとんど読まないという指摘がモロに出ているし、60代のネット利用者が少ないという予想もズバリ出ている。趨勢としては好ましい、と言える。

メディア・リテラシーに関する実態調査』によれば、「新聞の政治・経済情報への信頼度は、20代が10%台、60代は40%超」とのことのようであり、20代でもない我が身を振り返ってみても、事あるごとに新聞やTVといったマスメディアは偏向報道や捏造報道、報道の自由(都合が悪いことは報道しない、という・・・)に溢れていて信頼がおけない、とか、愛読の日本経済新聞についても、「経済記事や政治関連記事以外なら良い内容なのに・・・」という皮肉しか言いようがない。

いつの間にか参加していた「動画&動画広告 月次定点調査」によれば、10代の約半数が「動画コンテンツを毎日視聴」とのことであり、その手段と言えば、スマホ9割にパソコン3割とのこと。

それらを無料でダウンロードできる、と書いてあるが入手するには細かい個人情報を送信しなければならないようになっており、それらを、また商売道具にするんだろうなぁ、という雰囲気ありありである。まぁ、アップ元のジャストシステムとは30年来のつきあいだし、ほぼ毎日、Fastaskのアンケートに答えていたりするので、その回答を分析すれば、自分自身が思ってるよりも正確な個人像というものを描き出してくれるかもしれない。

質問される内容を見ていると、既に、そういう分析に基づいた内容のテーマばかりを送ってきているような感を強くする。

 

 

 

 

 

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