写真は10年前のものです

つれづれなるまゝに日ぐらしPCに向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづっていきます

イブ

2016-12-24 | 随想

12月23日の天皇誕生日は、友人の牧師さんが主催する「クリスマス音楽の集い」の日でもあったのだが、お誘いを受けていたこともあって数年ぶりに参加してみた。

(途中の中略の部分にはピアノやオルガン、ハンドベルの演奏曲などが書いてあったが個人名が明記されていたりしたので折りたたんで見えなくした。)

 

司会者から、「ユーミンや○○(芸能人の名前を知らない)のクリスマス・ソングも良く聞かれると思いますが、たまには『教会のクリスマス音楽』にも触れてみてください。」という挨拶があり、その後、参加者一同による賛美歌の斉唱から始まった。それからも、たくさんの賛美歌が歌われたが、『聖夜』以外は全く知らなくて・・。そんな中にポツンといる立場はミジメっちゃぁ惨めだが、心地よい音楽に聴き入っていた、っていう感じも大いにあった。

・・・で、つらつら思うに、「よく聞かれる」というクリスマスの定番曲って何じゃろ?ということで、ここで検索してみたのだが・・・ぅ~ん、2、3曲しか知らないんだなぁ。。。音楽には造詣が深いというわけではないが、少しばかりの知識は持ち合わせていると多少の自負もあったのだが、考えてみれば現代音楽とかには全く接点が無いことに気がついた。時折、コンサート会場の風景がTVで映し出されるのを見ることがあるが、なんで観客が一緒になって跳んだり跳ねたりしているのかが、さっぱり合点がいかぬ、という ある意味、世捨て人みたいなもんだし・・・。

山下達郎のクリスマス・イブなら、かつてJR東海の「シンデレラエクスプレス」でいつも感動しまくっていたのでよく知っているんだが、その他では竹内まりやのすてきなホリデイくらいかなぁ。・・って、今のウタも昔からの賛美歌なども知らないっちゅうことは、ほとんど何も知らないってことじゃん(涙)。

 

ところで、以前、「仕事人・・・(2013-12-17)のところで、「クリスマスってのは、12月25日なのに、イブの日、というか、前夜のほうが盛り上がっているのは何故なのか?」ということで、それは「古代ユダヤでは、一日の始まりを日没時と定めていて、12月25日というのは、24日の夕方から始まっているから」と紹介し、聖書(旧約聖書)にも創世記第1章第5節で 「夕となり、また朝となった。第一日である。」となっているんだよ、と紹介もしていた。

weblioによれば、eveとは「祭日の前夜」のことで、Christmas Eveとは「クリスマスイブ、クリスマスの前夜」となっていて、まぁ、現在ではそういうふうになっているんだから、それでいいのだろうが、「一日の始まりを日没時と定めて」いたのなら、なぜ、いつ頃から、eveが「祭日の前夜」、Christmas Eveが「クリスマスの前夜」となってきたんだろうか?・・・どうにもわからなくなってきてしまった。

あらためて、聖書(旧約聖書)創世記第1章第5節をみてみると、確かに「夕となり、また朝となった。第一日である。」となっている。

英語版ではどうなっているかというと、「the evening and the morning were the first day.」となっており、まぁ、「夕方と明け方が最初の日」とあっさりしたものになっている。「the evening and the morning」(夕方と朝方)が主語なんだろうなぁ。それが「the first day」であった、と書いてある。(何か、やたらめったら「and」が多いなぁと思ったら、聖書(旧約聖書)創世記第1章だけで「and」が99カ所も使われている。第2章と第3章でもそれぞれ61カ所も使われている。)

今どきの感覚では、夜明けから就寝時までが「1日」だろうし、法的には「1日」とは午前0時から午後12時までのいわゆる暦日(行政解釈)となっている。地球の1周りが「1日」だとしても、その出発点というか、スタート基準をいつにするか、というのは意外と多岐にわたっているようだ。

 

地球の1周りと言えば、最近、影の向きが変わるのは地球の自転のせい」と回答した小学3年生の話題が盛り上がったことがあった。



J-CASTニュースでも「こんな小学校教育は問題ないのか」と大きくとりあげている。その理由の1つが、教師がバツを着けた理由として「学習したことを使って書きましょう」と指摘していたことだ。「正解だ。」「いや、間違いだ。」と熱い議論が続いているとのことだが、まぁ~あ、日本のマスコミ(と、教育界)っちゅうのは如何に科学的な基礎知識が無いものかと呆れかえるばかりだ。

習っていないことを書くな」とコメントした教師も真性のバカだが、たぶん、この教師もわかっていないからこそ「学習指導要領」という「権威」を持ち出してバツにしたのだろうが、ちょっと考えてもみろよ?「影が自分で動く」はずがないだろ?影は影だろ?光あっての影だろ?

「影の向きが変わる」のは、「光源が動くから」じゃないかぃ?

光源を、たとえばローソクにしておいて、そのローソクを動かせば影の動きも当然、変わるだろ?

上の小学校3年の問題であれば、「なぜ影の向きが変わる?」の答えは、「光源である太陽が動くから」が正解である。「太陽が動く」の前に、「光源」が抜け落ちている。

「太陽が動くの?」という質問であれば、「見かけ上、太陽が動くようでも、それは地球が動いていて、地球の人間から見れば太陽が動いているように見えるだけ。」という答えになるだろう。問題がそれを求めていない以上、「地球が回るから」は答えになっていない。ローソクがなぜ動くの?といえば、誰かがローソクを動かしたから、だろ?

 

今年は20日、21日と2日間にわたって「サンタ」さんを演じた。昨年は「40年ぶりにサンタクローズに扮した」と遠い日の花火(2015-12-27)でさりげなく書いていたが、この「サンタ」さん。日本人は「サンタクロース」と平坦に読むが、本当はンタクロー。「サ」を強く発音するし、「ス」でななくて、「ズ」である。

 

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