我が家の青空(My Blue Heaven)

スージィーとロバート、キャッシュとバンクの
2人と2匹の我が家のディリー・ライフ。

「続:一つまみの回顧録」

2016年12月27日 | 日記

今年の
「一つまみの回顧録」
の続きは、

心境の変化。

今夏、約半世紀にかけて
コレクトしてきた大量の
レコード・CD・DVDを
処分することにした。

自分でも驚く、
よもやの一大決心は、

故郷を襲った大震災の、
以後の自身の生き方に
大きく関わることになる。


熊本地震は此処、我が春日村でも
震度3を記録し、

我が木造家屋と同様、
家屋内の小生の心も
大きく揺らした。


突然の止まらぬ揺れに怯えながら
その時、非常に身近に、
死への意識を感じた経験は、

生きていることの意味を、
改めて考え直す契機となり、

何時か訪れる死を覚悟し、

「大事なものだけ残して、
余計なものは捨てよう」

と思い始めた
その対象の一つが、
CDなどの大量の記録媒体だった。


あの時に、本当に死んでいれば、
記録媒体も、今や「遺品」。

一つ、一つに、
思い入れのある愛する遺品を、

生きている内に、
自ら整理するのは辛い。

しかし、その決意は
間違ってはいなかった。

「後で必ず、悔しがる」
と踏んでいたが、一切の未練もなく、

どこか、清々しい別れを
達成できた安堵があり、

「覚悟の別れとは、
こんなものなんだろうな」
と思った。


聴きもせず、観る機会もない
ただ持っているだけの固執から
別れを告げた記録媒体は、
「物体」、もう一つが「精神」、

心境の変化。

これは今年、
高齢者の仲間入りをしたことにも
起因する。


永年「ブログ」という日記を
綴り続けている。

独りよがりで、且つ、稚拙な日記が
人様の目に
どう映るかは不確かだが、

虚栄心を露(あらわ)にし
優越的で不遜な書き込みとは
無縁のつもりだし、

基本は
「素直、飾らなぬ、ありのまま」
を旨としている。


とっくに、正体もバレている。
装ったところで、
直に、メッキも剥げる。


「大事なものだけ残して、
余計なものは捨てる」
の精神とは、

シンプルに生きること、
正直に生きること。

「馬鹿とは、正直者」
何日か前の日記に書いたが、

馬鹿は馬鹿なりに、
貧乏人は貧乏なりに、
心の尺度はいつでも
身の丈で生きること。

好きなことに徹底し、
嫌いなことは、あえて無理せぬこと。

思考と嗜好や判断は
他人に委(ゆだ)ねぬこと。

ただし、誤った言動は
素直に認め、直(ただ)ちに
軌道修正を行うこと。

何ものにも捕らわれず
自由な発想で、
あるがままに生きること。

美しいものと汚(けが)れたものが
混在した群れの中から、
「美しい」と感じるものだけを、
目に映すこと。

目だけではなく、耳も、口も、同様。

残り少ない時間を、
余計な対象にエネルギーを
浪費せぬこと。

決して、生き急がぬこと。

以上。


書き終えてみれば、
一つまみの回顧録も、
随分と長くなったが、

さて、〝一つまみ”だから、
愈々、エンディング。


これから目指すは
更なる「シンプル・ライフ」、

つまり
「簡素で解りやすい生き方」。




今夜も、
素直に美しいと感じる曲、

昨日同様に、
処分を免れた名曲の一つ。

作:ジミー・ウェッブ
唄:リンダ・ロンシュタット。

「Shattered」

 

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