我が家の青空(My Blue Heaven)

スージィーとロバート、キャッシュとバンクの
2人と2匹の我が家のディリー・ライフ。

「秋の愉しみ方(4)」

2016年09月30日 | 日記

今日も雨が降っています。

こんな日は
好きなアーティストの
好きなCDでも聴いて、

雨が上がるまで
のんびり過ごすに限ります。

もし、明日の夜が雨でも
同じことを考えるに違いありません。

その日の行動は、
その日の天気次第。

何時の頃からか私も

「随分と悠長な性格になったもんだ」

と、その変貌に感心するばかり。

が、かつては
天候に関わらず
東奔西走し
四六時中、仕事のことが
頭から離れない時代もありました。

毎日が、競争の連続でした。


ランナーがレースで
記録(タイム)に追われるように、
仕事は、
成果や数字に追われるのです。


仕事は「生活の支え」でもありますが、
仕事を通さなければ得られない
多くを識る「学び舎」でもありましたから、

常に追いかけたり追いついたりの
レースを繰り返す日々は、
人生に不可欠で貴重な時間を
頂いたと感謝致します。

競争は競争でも、
何かや誰かと、人生の、たとえば
出世を賭けた競争に没頭する
才無き事の自覚あらばもとより

過去も現在においても、
その気概は毛頭、持ち合わせず、

誰かと競争して人生の勝者となり、
得られる優越感などの自尊心が、

半世紀を生きて尚、
特別な意味をなさないことに
気付くのです。


その「気付き」の、その「意味」は、

かつての競争の、その勝者として
自らの努力で得たモノではなく、
あくまでも、経験の中から生まれた
自身の価値判断。


今も仕事は続けていますが、
幸いにレースのような仕事からは
解き放されました。
 

何かや誰かを追いかけたり
追いついたりのレースよりも、

自分自身の永遠の夢や
生活の心地良さを

追いかけたり、追いついたりの
私的なレースを
自分の歩幅、自分のペースで
ひたすらに愉しみたいのです。

「一介の男子が
雄(おお)しさが何たるかも忘れ
一度きりの人生で追いかけるべき
浪漫も 放棄し、

四季折々の花鳥風月に
ひたすら興じる様は
あまりにも女々しくはござらぬか?」
 

仮に誰かに、そう叱責されようが、 
秋の長雨が奏でる雨音もまた
どこか物静かで上品で 

濡れてみたくなるほどに
風情があって愉しいものなのです。 


たとえば昨夜、
棚から引っ張り出した
二人のCD/BOX の中から
久し振りに聴いた

こんな歌のように。
 

サイモン&ガーファンクル  

「Feelin' Groovy」
フィーリン・グルービー

♪ 

    ゆっくり行こうよ、そんなに早く歩かないでさ
  朝の食事も終えたことだし、石ころでも蹴りながら
  楽しく過ごそうよ。ああ、いい気分だ

  調子はどうだい?ランプポスト
  君の下の花壇が綺麗に色づいてるか見に来たんだ
  返事はしてくれないのかい?
  ああいい気分だ

  やんなきゃならないことも、約束もない
  ふんわりと、寝てしまいそうな気分だよ
  時計の針もどこかに消えてしまった
  楽しいね、ああいい気分だ

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