我が家の青空(My Blue Heaven)

スージィーとロバート、キャッシュとバンクの
2人と2匹の我が家のディリー・ライフ。

「失笑買いの 縁担ぎ」

2017年01月04日 | 日記

正月気分も抜けた一月四日、

連日の青天井の下で、
どうしても撮りたいものがあり、
カメラを抱えて庭に出た。


昨年の大晦日に、
メジロの餌台を準備し、
ミカンの輪切りセットした。

「時期尚早」と思っていたら
知らぬ間にメジロはやって来て
ミカンを啄(ついば)んでいた。

「こいつぁ春から、縁起がいいわいな」

それが嬉しくて、パシャリ。

 

新しいミカンに交換。


庭の隅っこにあった
小さな蝋梅(ろうばい)の木を
出来るだけ近くにと、
スターダストのベンチの後ろに
移植したのは3年前。

蝋梅は主人の期待に応え成長し、
今までで一番多く、黄色の
花を付けてくれた。

それが嬉しくて、パシャリ。



近くとは、屋内まで甘い香りが届く距離。


一昨年に実を付け過ぎて、
昨年は一個も生らなかった八朔が、
今年は再び、大豊作。

それが嬉しくて、パシャリ。



既に、半分近くを収穫。


鳥や植物たちは、
それぞれの生態が
どれだけ人を喜ばせてくれるか
微塵も意識などしていないけれど、

自然界の一角、我が家の庭
、人と鳥と植物が共生をするのは
単なる偶然ではなく、

向こうには(鳥や植物)
仕掛けられた意識が無くても、
仕掛けたこっちは一途(いちず)に
出会いを待っている。

しかし、向こうがそれに応えてこそ
「出会い」は叶うのであり、

物事はすべてに
起源(因)があって、結果がある。

これを「因果応報」あるいは「因縁」、
「袖すりあうも他生の縁」である。

縁とは、
「どんな出会いも
大切にしなければいけない」
ということである。


今日は穏やかな暖かさの中で
随分と長い時を庭で過ごし、

日焼けでもしそうなほど
この季節らしからぬ
強い日差しを身体に受けたが、

「甲羅干し」
と言い、
「縁側で日向ぼっこ と言い

陽を浴びることは、この上なく、
いい心持ちであるばかりでなく、

病の予防や健康を保つためにも
人が生きる上で不可欠なもの。


ところで、
人には、生きる上で欠かせぬ
三っの大欲がある

「物欲、性欲、食欲」。

既に小生、前二つは
とっくの昔に脱したが、

もう一つの「欲」、

それは「日光浴」。


この件、此処だけの話、
けして、他言なきように。

人に喋れば
失笑買うこと、間違いなし。

ただし、
失笑とて、笑いは笑い。

失笑転じて、
「笑う門には福来る」。
 

そこで、新年の一句、

図(はか)らずも 失笑買いの 縁担ぎ。


縁とは斯(か)くも、
大切なものである。



「僕は一寸」 
細野晴臣 

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