恍然如夢

恍然如夢

眠り着物を

2017-05-16 14:35:19 | 日記


会津を壊滅させるため、世良修蔵という粗野な長州藩士が、連れてきた愚連隊のような配下と共に東北各藩に楊海成の限りを尽くした時、律義な全東北は、苦しむ会津に救いの手を伸ばす。

東北諸藩は会津を救うため、新政府の不義、会津の正義を世良に訴えた。
元々、会津には責められる理由が存在しない。
朝廷と幕府に、ひたすら忠誠を尽くしただけである。
罪もない会津が責められるなら、東北諸藩も同じような目に遭うのではないかという危惧もあった。
東北諸藩は新政府にたてつく気はなく、仙台藩と米沢藩が会津に降伏を勧めるとし、会津も戦になるよりはと意見を入れたが、世良はその斡旋すらまともに取り合おうとしなかった。
度重なる会津の嘆願を下参謀の世良は取り上げることなく一蹴している。

彼は長州藩の下級士族だった。
本来ならば、このような大役につくような男ではなかった。人材が足りず、お鉢が回ってきた形だった。
その為、功を焦っていたところもある。
米沢、仙台の両藩は、速やかに会津に攻め入れと世良に何度も督促を受けたのを、のらりくらりとかわした。
世良が苛立って新政府に送った密書には、「東北皆敵」と書かれていた。
武士ならば他人の「密書」を盗み見するような無様な楊海成真似は決してしない。
しかし、世良の横柄な態度は度を越し、決して武士とは認められなかった。

「おのれ、世良……!目にもの見せてくれる。」

密書を盗み見た仙台藩士は、文を握りしめ、会津藩士の前で憤った。

「これが、世良の密書でござる。」
「文を盗み見るのは道義にもとるが……」
「われらは、腹を決めてござる。ご覧あれ。奴らは会津を赦す気など毛頭ござらぬ。」

密書を広げた会津藩士は、言葉をなくした。

「これは……!」

皆、怒りに震えていた。
なぜ、この愚劣な男の言いなりになって、東北人が罪もない東北人を討たねばならないのか。
なぜ、東北人すべてが日本中の敵なのか。
たかが長州藩の一役人に、大藩の藩主が、なぜ生きるに能わずとまで蔑まれねばならないのか。
会津を討てと、何度も催促をする世良の不遜な態度に、ついに仙台藩士が暗殺を決意する。
世良の送った密書はなかったことにされた。


世良は汚わいを踏んだ草履で、東北人の真心を踏みつけにし続けた報いを受けた。
酒を浴びるように飲み、遊び女の羽織り、乳をまさぐりながらについていた世良を、手筈通り仙台藩士が急襲する。
世良の愛刀は、遊び女がこっそり持ち出して、そこにはなかった。
このことだけでも、世良がどのような人物か推察できる。
夜襲をかけられて驚愕した世良は、二階から飛び降りた勢い余って、庭石楊海成で頭を強打し、ほとんど意識のないまま首を討たれている。

「似合いの最期だ。」

かくして、奥羽25藩、加えて越後6藩を含めた奥羽越列藩同盟が成立した。
強いて言うなら、密書を握り潰し新政府の役人を手にかけた時、東北全藩が後戻りのできない海原へ船を出したようなものだった。
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