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美味しい赤い魚 ヒメジ

2016年10月07日 07時30分40秒 | Weblog

  行きつけの魚屋は2店ある。一店は大きな魚屋でもう一店は小さい。小さい魚屋でヒメジを見つけた。

 ヒメジを初めて食べたのは、アフリカのセネガルだった。セネガルは旧フランス植民地でフランスの影響が色濃く残っている。言語は公用語がフランス語、レストランではフランス料理が主流だった。海岸沿いのレストランで初めてヒメジを食べた。レストランでは“Rouget”(フランス語で“赤”の意味)と呼ばれていた。15センチから25センチ小さな魚だった。グリルしただけのシンプルな料理だった。体の赤い色に対抗するように身は真っ白でフワァとしていた。

  私は海のない長野県の生まれなので、子供の頃、海の魚といえば、サバ、サンマ、サケぐらいしか知らなかった。タイは結婚式に親が行ってもらってくる高級魚で年に数回食べられたかどうか。当然知っている魚の数も限られている。ただ年鑑図鑑が大好きだった。それが尾を引いて妻の海外赴任地へも昆虫図鑑、植物図鑑、食材図鑑、魚類図鑑などを持ち歩いた。セネガルでも魚類図鑑は役に立った。漁船が砂浜の市場に魚を卸す場所へ図鑑片手に買い出しに行った。市場で働く、また買い出しに来ている客たちが図鑑を見て驚いていた。「マグロはあるか?」と漁船の漁師に図鑑を見せながら尋ねると、「こんな小さな魚はいねえ」と言われた。冗談だったのか本気だったのか。

  大好きなイタリアのベネチアのレストラン『トスカーナ』で食べたヒメジも美味しかった。イタリア語でヒメジを“Triglia”(トゥリィリャ)という。私はヒメジをフランス式に調理するよりイタリア式のほうが数倍好きだ。ヒメジは私のお気に入りの魚になった。

  日本でヒメジを魚屋で見ることはなかった。築地でもデパートの地下の魚専門店でも見たことがない。それがよりによって行きつけの小さな魚屋で見つけるとは夢にも思わなかった。その小さな魚屋は市場でその日に仕入れた魚しか並べない。魚、それも鮮魚以外売っていない。3メートル幅ぐらいの低い棚に発泡スチロールの箱を並べ、氷と魚を入れてある。まだ生きている魚は大きめなプラスチック製の箱に酸素をブクブクとパイプから出しながら入れてある。

  この店は祖父、父、息子の3代でやっている。父が社長らしい。社長が一番魚に詳しい。私はできるだけ社長がいる時、魚を買うようにしている。祖父は無口で店の中の狭い流しで黙々と魚を捌いている。小さな魚をも丁寧に処理して刺身にしてパックに入れ店に並べる。しかし社長が留守で祖父しか店にいないと事は面倒になる。以前ヒメジを買おうとして祖父に伝えると「これは売らない。あとで寿司にして売るから」と言われ、結局買うことができなかった。手に入らないとなると、私は、どうしても手に入れようとする。障害があればあるほど燃える。

  次は社長がいる時を見計らって行った。問題なく買うことができた。社長からいろいろな魚の知識を学ぶことができる。それがまた楽しみなことである。同じ家族でも3人3様なのが可笑しい。ヒメジはその地その地でいろいろな名前で呼ばれる。この辺では“赤ギス、姫小鯛”と呼ぶと社長が教えてくれた。

 やっと手に入れたヒメジは、料理する前から気分を高揚させる。小さな魚で骨が多くウロコもびっしりで下ごしらえが大変だ。だからこそ調理して妻と冷えた白ワインでいただくとまた格別である。至福。

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