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古希を迎える団塊世代が振り返る何でもランキング・ベスト・3

松居一代さんに学ぶ離婚術

2017年07月18日 07時26分36秒 | Weblog

①    転地 自らが新天地へ

②    子ども 引き取っても手放しても子どもが20歳になるまで親の責任をただひたすら果たす

③    自己改革  これができれば再婚可

①    15日土曜日長男一家と長女一家が私たち夫婦を東京のイタリアンレストランへ招いてくれた。私の古稀のお祝いをしてくれた。私は総勢9名の家族の中にいて、目で会に参加して、心で過去をさまよっていた。すべては成り行きであり、めぐりあわせであった。波乱の人生であったが、終わりよければすべてよし、の目安はついてきた。こんな古稀の祝いなど離婚が成立したころ、思いもできなかった。

 松居一代さんの離婚の泥仕合がうっとうしい。いくら俳優で有名人でも、自分の私生活を他人に見せてよいものだろうか。離婚経験者としてみていられない。松居の“ま”を見たり聞いたり読んでもその場を離れる。

 私は離婚の達人ではない。誰だって結婚を決意して夫婦になった当初、後に離婚することになるなどと思ってもみない。若気の至り、テストストロンの影響に自分を見失うこともないとはいえない。私は自分の離婚の経験を通して、転地が有効な手段だと思っている。私自身は仕事の都合上、すぐには転地できなかった。まず子ども二人を転地させた。長男を他県の全寮制の高校へ。長女はアメリカの知人の家族に預けた。一人地元に残った。2年間毎朝4時に起きて長野市の寺へ坐禅するために通った。離婚に至ったのは、自分にすべての理由があると自覚させるためだった。毎月の子どもへの仕送りのために専門学校、予備校、自分の塾、家庭教師と何でもやって毎月の子どもへの仕送りと保証人になった夜逃げした知人の債務の返済に明け暮れた。そうして15年が過ぎた。長男は大学を卒業、就職。長女もアメリカの大学で学んでいた。出会いがあった。友人の高校教師に教え子がオーストラリアへ留学するので何かアドバイスしてと電話で頼まれた。その日偶然会いに行く時間があった。指定場所に行った。そこで再婚することになる相手に初めて会った。この出会いが私をやっと転地させる機会を運んできてくれた。私は、20年以上続けた事業に終止符を打った。妻の海外赴任に同行することになった。5ヵ国13年間を転地した。場所が変われば、関わる人も変わる。名もなく貧しくおとなしくしていることも大事なことだ。ユーチューブもSNSも必要ない。見ザル聞かザル言わザル。転地で与えられた新しい環境で一番変わることができるのは、自分自身である。

②    子どもへの責任を果たすことは、自分自身の制御になる。子どものためを第一義に掲げる。罪は償わなければならない。15日の古稀を祝う会で総勢9名にまでに増えた家族を目の前にして私は、やっと自分が犯した罪の刑期が明けたと思った。

③    離婚を誰かのせいにしたい。いやそれは間違いだと、私は過去に自問自答して悩んだ。坐禅している最中、心の中は、恨み、憎しみ、嫉妬、復讐心などのみにくいせめぎあいを続け、脂汗をかいた。再婚した妻との生活は26年になる。妻はよく「時間だけがその人の苦しみや悲しみを癒す力を持っている」と言う。その通りだと思う。今があるのも、今の自分になることができたのも、離婚という試練を与えられたからである。

 「人はよく自分探しを口にするが、自分は探すものではなくつくりだすものだ」 トーマス・サズ

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