以前は仕事と家庭の両立、という言葉が使われていましたが、昨今では専ら「ワークバランス」と言うようです。私が毎日聞いているBBC Women`s HourのPodcastでもこの言葉は頻繁に登場します。
昨日はそんな私のワークバランスについて、考えさせるようなことが起きました。
単純に言えば、子供の保育園迎えに間に合わあず、しかもピアノのお稽古にも連れて行ってあげられなかった、ということなんですが。
以前にも書きましたが、現在夫は失業保険貰いながら学校へ通ってます。なので、家事全般(炊事と洗濯)を担当してもらい、娘の保育園への送りもしてもらってます。私は、そんな恵まれた環境(?でも夫子を養わなきゃいけないから、以外に大変なのよ)で、やろうと思えば仕事に没頭できるんだけど、自分へのけじめとして子供の迎えは担当しています、でないと母親としてあまりにやらな過ぎかなあと、勝手に思い込んでいる節があるので。
で、話は変わって仕事のことです。私はこの4年来ある商品の開発プロジェクトに取り組んでいてこれが私のメインの仕事(以降略して本プロ)。一応専門職として働いているのですが、その領域としてはまだまだひよっこ
で勉強する事が一杯。そして英語は毎日読んだり、英語の資料を用いて色々と書いたりしてるんですが、私としては海外とコレポンしたり、できたら海外の人々とももっと交渉したり、というinteractionする仕事にシフトしていきたい、という大胆な希望を持ってます。が如何にせん、まだまだ本職が
だし、やはり子供が一番のため、時間の制約もある(夫もいつまでも自由が利く身ではないし)ので、なかなか「私これがやりたいです。もっと海外にも行って仕事バリバリしたいです。」とは自分から言い出しにくいのです。
私はこの本プロの仕事以外に、他部署との部署横断的なプロジェクト(略して横断プロ)にもなぜか入れられています。こちらはあくまで付随した仕事なので、どうしても片手間になってしまうのですが、そうした中途半端なかかわり方が自分でもとても嫌でした。やるならもっときちんと関わりたいという気持ちがあったのですが、限られた時間内で仕事するには、いろいろな壁があります。
で、昨日ひょんなことから、その横断プロの会議が私の退社時間である5時から始まってしまいました。いつもだったら事前に「私は子供の迎えがあるので、●時までしか参加できません!」と言っとくのですが、なぜかそのタイミングを逃してしまい、心の中で「ま、夫に頼めばいいや。今日は保育園迎えに行ってそれからピアノのお稽古に連れてってもらおう。」と気が緩みました。
そして、気がつけば会議が終わったのは、ピアノレッスン開始の10前。いや、いくらなんでもこれは遅すぎました。で夫に電話
。嫌な予感がしたのですが、夫は料理しながら酒を飲む人で、このとき既に結構飲んでいた。当然車では到底お迎えにいけない!
結局、タクシーで保育園まで行ってもらい、そこからピアノの先生のところに10分以上遅刻して連れてってもらいました。
何でこんな事態になったのかと言えば、一言私の心の中に気の弛みがあったから。
「ま、お迎えもピアノもどうにかなるだろう」と娘に対してものすごく無責任な気持ちになってました。不安な気持ちで待っていた娘、タクシーを飛ばした夫、待っていてくれたピアノの先生、そして娘のレッスンがずれ込んでしまったので、その後にレッスンを待っている人、と非常に大勢の人々に迷惑をかけてしまいました。
今って仕事に対しても、前述のように「もっと英語で・・・」という気持ちが強くて、でもそれをなかなか言い出せない自分がいる、というジレンマがあります。やっていることが何をしても中途半端になっているように感じます。そこへ2つのプロジェクトの仕事がおっかぶさって、自分でその2つのバランスをとることができなくなり、ましてや仕事そのものと母としての役割のバランスも崩してしまいました。
自分のやりたいこととやるべきことって必ずしもイコールになりませんよね。私の場合は、大げさにいえば、そんな私の人生の方程式が成り立たなくなっているような感覚です。でも、何とかしてxやyの値を変えて、成り立たせなきゃいけないんだと思います。そうやってワークバランスをとって、初めて自分も家族も幸せになれるんだろうと・・・。
まだまだ私の方程式の問題は解けません。ちょっと休憩して、じっくりと問題解答に取り組んでみたいな。