ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

テニス

2017年07月17日 | 健康・スポーツ
私は今でも、テニスが好きである。何もかもすべてを捧げて献身し上京したはずだが、どういうわけか捧げたものの多くが、私の力ではなく今は神が備えてくださっている。学生の時代からのテニスももちろん捧げたのだが、上京後、まだ独身のある時、祈りの中で「血肉の体もリバイバルの備え、再び続けなさい」と示された<聖書においても「肉体の鍛練もいくらかは有益です」(1テモ4:8)とある>。するとすぐに不思議なネットワークに導かれ、杉並でも船橋でも、今日までテニスをずっと続けられることになった。(本日の壁打ちでサービス練習の一コマ)

ところで運動する人は、常に勝ち負けの世界に身を置いているのであって、勝つためには運動しない人よりも自分の体についてはよく関心を払っており、管理しようとする。その結果、私の知りうるところでは、スポーツマンは霊肉ともに健康な人が多いことは確かだ。はっきりした勝負の結果の連続が、偽りの自己像を寄り付かせないのだ。スポーツを通じて、Old-ages be ambitious!(老年よ、大志を抱け)の気力の底支えの意味もあったのではないかと思う。(ボールを追う、打つ)

ところで体は正直なもので、六十代のテニスマンとしては、いやでも体の変化を自覚せざるを得ない。スピードと体力、機敏さと柔らかさ、何よりも動体視力においてである。
ただ私は幸いなことに、単に勝つことだけが目的ではない。私の一番の目的はリバイバルの時代に向けての体の鍛錬、備えである。またテニスによって精神的、霊的にも開放されている面を見る。やがてこの世での使命を果たし終えた暁には、不完全なこの体から解放され、まったく新しい天のからだが与えられる希望と喜び、それが日々強くなって行くのを感じる。体と反比例して、衰えれば衰えるほど、私は次の希望へと、本来の使命に立つ・・・・何という神の配慮だろうか!と思う。




ケパ



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