ケパとドルカス

『肝心なことは目では見えない』これは星の王子さまの友達になったきつねの言葉。

水郷(潮来・佐原)

2017年06月16日 | 
スケジュールの空白日である今日、水郷再訪を思い立った。利根川はわが国最大流量の河川であり、河口に近い地域には湖沼をはじめ大湿地帯を擁し、その千葉県側は佐原、茨城県側は潮来と呼ばれる水郷である。
神奈川の厚木で大学生活を始めた私は、最初の小旅行をこの水郷地帯に定めていた。なぜなら、広島の山地育ちの私には、広い湿地帯、何をするにも舟で行き来する生活とはいかなるものか、未知の世界であり、大いに興味をそそられたからである。(今の整ったアヤメ園・・・全然昔とイメージが違う)

車から47年ぶりに潮来駅に降り立ってみて、全くもって記憶が戻ってこなかった。あまりにも変容していたのだった。観光用に残された水路以外は、昔在ったはずの縦横に走っていた細い水路は、軒並み埋められている感じである。

アヤメ園も、全然違う場所だったような気がするし、あまりにも観光地として整備されていて、何だか全く感じが違う。まぁ、私の記憶も半世紀近く前のものなので、かなり怪しくいい加減だ。(こんな風景は、初めてだ)

潮来ではアヤメを眺め、大きくなった観光用小舟に乗って風情を楽しんだ。記憶では学生の身、舟代を惜しんで乗れなかったと思うので、これはリベンジである。舟は櫓舟でなく、潮来遊覧船組合のエンジン付き小舟に乗った。(舟の中)

ラッキーなことに、女船頭さんの時間をタップリかけての楽しいガイドに、

旅を満喫した。しかし舟は観光用に残してあるものばかりだし、かつては道代わりだった水路は消滅し、家々には舟でなくマイカーが鎮座していた。
考えてみると、いちいち舟に乗らなければならないより、車でサッと何処へでも行ける方が、便利で暮らし易いのは当たり前だ。だからこれは進歩であり、舟を懐かしむのは、雪国の人に雪は綺麗だと言っても、それは雪の大変さを知らない都会人の発想みたいなものなんだと思う。
(次は佐原風景)

利根川を渡っての佐原は、半世紀前には来れなかった所である。昔の舟運盛んな頃、江戸への流通経路の地として商業が繁栄したという。ここは伊能忠敬が九十九里の生家から婿入りし、三倍の家運隆盛をもたらして後、家督を長男に譲って江戸へ暦学修行に出るまでの地である。
ところで江戸川が利根川の支流のように繋がっていて、銚子から川船で東京まで行けることを知らない人が案外多い。江戸川は要するに運河どして、人工的に作られた川なのだということを。
時に伊能忠敬はこの時五十歳。江戸へ出てからの忠敬は学んでいる最中、五十五歳にして幕府から日本測量を命じられ、残りの全生涯十七年をかけ、蝦夷からはじめて屋久島や種子島まで、全日本の測量を成し遂げる。(忠敬が使った緯度を測る機械)今でこそ衛星写真やレーザー光による測距機があるが、当時の技術では考えられない精密さである。改めて偉人とは、こういう人であると感じた。


ケパ




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