もう随分と前からオススメリストに入っていた 河井寛次郎記念館(京都)に行ってきました 
いえ行ったのはもうだいぶ前の話なのですが もう少し勉強してから記事にしようと思いつつ
そんなこと言っていたらいつまでも書けないままなので 思い切ってUPする次第にございマス、
ハイ。

トップの写真は 記念館の入口に掲げられた ↑大看板ですが
これ、決してただの案内看板と見過ごしてはいけません!
東北の地から「ゴッホになる」と芸術を志した棟方志功の書、
河井寛次郎に感銘を受けて民芸運動に加わった黒田辰秋の作、という、
すでに入口の看板だけで日本の宝、一見の価値あるシロモノになっております。
こちらが柳宗悦、浜田庄司とともに民芸運動を展開した ↓ 陶工 河井寛次郎。


玄関を入ると次々現れる素敵空間 ↑ わーーーっ、住みたい!ココに住みたい(笑)!
この記念館は 寛次郎が日本各地の民家を参考に
大工である実家の協力を得て自ら設計し 1937年(昭和12年)に建築されたという
自宅 兼 作業場でした。
参考にしたのは主に飛騨高山の民家だそうです 
.....が、私も本当の意味での飛騨高山の民家なんて見たことないんだと思う。
「民家」とは言いにくいけど 今でも見られるのは
日下部家、吉島家住宅くらいなモンだろうか?
(
ちょうど桜の時期の高山です
)
昔は高山にもこんな家がたくさん残っていたのかもしれません。
どこを撮っても絵になる




さて、さてさて、
私がこのブログに来て下さる方々に 一番 見てほしいのはコチラ!!
陶房です!! ↓↓
この空間に きゅんっ.....
っと来ちゃいました ↓ 


カワイイ、という言葉しか出てこない自分があほみたいですが ほんとカワイイ!
なんだろう この感覚。こんな作業場が持てたら良いですよねぇ 
全国に存在する あらゆる方の「作業場」をもっといろいろ見てみたい!と思いました。
陶房からガラス戸を隔てて もくもく
コーナー ↓
この位置関係もいい!(画面 右奥が上の写真の陶房 ↓↓ )
そういえば記念館のHPだったか、真鍮のキセルの写真が載ってました。
寛次郎の制作意欲は陶芸にとどまらず 木彫や金工にも及び
20本以上のキセルをデザインし 実際に楽しんでいたそうです。
いいよねいいよね、10時と3時にはココで一服ですよ!
....おやつ妄想中

.....っはい、そして登り窯 ↓ さすがにここにはほとんど興味なし(笑)。

2階に上がってみました。
もう随分前に雑誌で見た時から憧れていた 1階から2階の ↓ 吹き抜け。
逆光で 雑誌みたいな写真にはならなかった.... 


「日本の木の椅子展」で見た ↑ 寛次郎デザインの椅子。
この椅子にも実際に座れます。
考えてみると 河井寛次郎記念館には行った方が良いと教わったのは
この「日本の木の椅子展」の頃だった。
でもきっと この良さは 当時の私には分からなかったと思う。
2階吹き抜けから1階の床を見ると 朝鮮張り ↓ がはっきりと見えました。
芹沢けい介の家と同じ!
柳宗悦からして大の朝鮮の文化好きだったし
当時の民芸運動仲間の中でこの床張りが流行っていたのかも(笑)。

上段の間 ↓ 本当に絵になる。
どの部屋にも良い感じで陽が入っています。
そうそう 各所の電灯笠も寛次郎デザインです ↓

かわいい
うさちゅー ↓ 素材忘れちゃいましたが 何かの金属製(笑)。

玄関を入ってすぐの部屋にも 木製うさちゅー ↓
ふふふ。


記念館としてのオープンは1973年(昭和47年)。
京都の観光名所でちょっと人混みに疲れたら 迷わずココ、
あ いえいえ、清水寺や三十三間堂と同じ位、価値ある場所です。
可愛らしい椅子もあちこち置かれていて 実際に座れるし とても気持ちが落ち着きます 

「見ていただく場所ではなく 過ごしていただく場所でありたい」という
この記念館の学芸員の方のコメントが とてもしっくりくるのです。



















展示品OKってすごい!!






















よけながらの美術鑑賞って初めてです。




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アイスクリーム添え」が出来てましたー!









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