信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・一考編(ニュースの深層)

2017年06月30日 | 妄想劇場

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過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・




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母子家庭の手続きのため、お役所を訪ねた
T子さんのお話です。
T子さんは、夫と余儀なく離婚をし、ふたりの男の子を
抱えて、身も心も疲れ果てていました。

男の子のうち一人は、知的障害者でした。
これからの生活のことを考えたら、気持は
重くふさぎこむばかりでした。

その日、母子家庭となり、いろいろの手続きを
するためお役所に向かったT子さんです。
お客様相手の仕事であったため、就業時間が過ぎても
キッチリ時間通り帰れないことがあります。

その日は役所には、前もって時間を約束していたのに、
その時間には間に合いそうにありませんでした。
やっとその日の仕事から解放されて役所に向かいました。

しかし到着したのは窓口が閉まる間際の時間。
遅れる連絡はしてあったのですが、何せお相手は
お役所です。少しでも時間に遅れたら、その日の
手続きは無理なのが通例です。

T子さんに応対した女性事務係の方はこうでした。
ほんのひと言が砂漠にしみこむ水のように!!
あらかじめT子さんから連絡を受けていた役所の
女性事務係の方は、電話の話でT子さんの経緯を
了解していました。

彼女は、役所のコンピュータなど機械設備が
時間切れで終わらないうちに、必要な書類を
すべて用意して待っていてくれたのです。

おかげで、T子さんが窓口に駆けつけたときには、
手続きはほぼ終わりに近い状態でした。
T子さんは時間ギリギリに間に合ったのです。

事務職員と話をしているうちに、T子さんは
思わず涙を流してしまいました。
応対する事務係の女性はこう言いました。

「まだまだ、涙が出るわよ。もうしばらくの辛抱よ」と
さりげなく胸の内を明かしてくれました。
世間でお役所仕事と言われる中、
彼女の行為はT子さんの胸にジンと沁みこみました。

おまけに優しい言葉は、少し荒みかかったT子さんには、
神様の声のように聞こえたのです。
相手を思いやる心と言葉。そのひと言、
ほんのひと言が相手の人生の支えと
なることもあるのですね。

・・・




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1992年3月18日に生まれたのが長男の直也君です。
お父さん子で元気で腕白。
直也君は本当にどこにでもいる普通の男の子でした。

…そうあの病魔に襲われるまでは。

直也君の病名はユーイング肉腫
ユーイング肉腫とは、子供に多く発生する骨の
ガンであり、体中に転移しやすく強い抗がん剤で
治療しなければならない難病です。

子どもには過酷な治療が始まりました。

苦しむわが子に何もしてやれない、そんな思いだけが
ご両親の胸に募っていきます。
親にとって辛い日々が続きます。

「代われるものなら代わってあげたい」
ついお母さんの口からこぼれました。
すると直也君は力をこめてきっぱりと言うのです。

「ナオでいいんだよ。だってナオじゃなきゃ
耐えられない、
お母さんじゃ無理だよ」 直也君は痛みに耐え、
必死に病と闘っていました。

しかし、ついにガンは全身に転移。
もはやなす術もない状態でした。
全身を震わせ苦しむ直也君。
目を見開き、身体はよじれています。

「苦しい!息ができない!」
もうだめかもしれない、お母さんは我を失いました。
この時はもう完全にパニックに陥っていたのです。

しばらくして、直也君の呼吸は落ち着きました。
しかし、医者からはこう告げられたのです。
「今は落ち着いていますが、
・・・おそらくもってあと半日くらいだと思います」

お母さんは膝から崩れ落ち、言葉が出ませんでした。
直也君の病室に戻ったお母さん。
「直也、先生がほめてたわよ。
よく頑張った。えらいって…」

直也君に覚られないように気丈に振る舞おうと、
必死でした。
その時です。
「お母さん・・・」 9歳の子供とは思えない、
直也君の力強い言葉が発されます

直也君はこう言葉をつないだのです。

「お母さん、さっきナオがあのまま苦しんで死んだら、
おかしくなっていたでしょ。
だからナオがんばったんだよ」
辛さの限界の中でも、直也君はお母さんを
気づかっていたのです。

命の瀬戸際にいた直也君は、ある時、
こんなことを言い出しました。
「またお父さんとお母さんのところに生まれてくるよ」

「でも、こんなお母さんいやでしょう?」
「ううん、このお母さんがいいんだ、
うん、このお母さんがいいんだ」

2001年7月2日、直也君は静かに天国へと
旅立ちました。享年9歳でした。
あと半日という医師の宣告から、2週間が
経っていました。・・・

直也君の死から7年後、
お母さんの敏子さんを訪ねると。
その時、妊娠中の敏子さんはこう言いました。

「育てていたつもりが、自分が育てられて
いたのかも知れない」「直也の努力というものが、
どこまでスゴイものだったのだろう というのを
改めて考えさせられました」

死の直前、直也君はこんな言葉も残していたのです。
「お母さん、もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。
明るく元気に生きなきゃダメだよ。分かった?」

この本の中では病の中で成長した
一人の少年の温かい思いやりの言葉が
つまっています。
 ・・・



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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



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