信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・韓信外伝 (馬邑失陥)

2017年07月17日 | 妄想劇場

V015111111111111 

昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント
 明日という日はミステリー


メジャーでは無いけど、 こんな小説あっても、 
 良いかな・・・


アングラ小説です、不快感がある方は、
読むのを中断して下さい



Kansin



韓信外伝 (馬邑失陥)

吾の背の高さで淮陰侯なみの軍事的能力があったら……。  
彼は自分の身長が実質的に見かけ倒しであることを嘆いた。
身の丈が本質を伴っていたとしたら、今頃は天下に
覇を唱えていたのではなかろうか、と。  

だが実際は、それほど世間が彼を過小評価していた、
ということは無いようである。
後の述懐を見ると、劉邦は韓王信の武勇を評価し
(警戒したともいえる)て太原に移したらしく、
これは充分に彼が諸侯としてあてにされていたことを
皮肉にも示しているのであった。  

滎陽で生き残ったことが、彼の名を高めたのである。 
「……韓王信は戦いにおいて粘り強く、一時の激情に
駆られて死を選ぶような男ではない」  

淮陰侯韓信が皇帝劉邦相手に残したこの言葉から、
彼は確かに、同時代人には一定の評価を
なされていたことがわかる。

思えばそれも、彼が身の丈に恥じぬ行動をとろうと
常に細心の注意を払ってきた結果かもしれない。
「国境付近の防備に専念しろ。胡の侵入があったとしても、
我らの側から胡の土地に攻め入ることは許さぬ。

穀物も実らぬ痩せた土地を得ても、我らには
ひとつの利もない」 このとき韓王信が発した指令は、
彼の慎重な性格を象徴したかのようなものであった。

匈奴は毎日のように国境を襲い、彼らを苦しめた。  
匈奴の軍隊は中原のそれとは違い、軍旗などを持たない。

兵はどれも騎兵であり、各々が単独に行動する。
進軍に際して合図などを必要とせず、優勢だと見ると
死した獣に群がる烏や蝿のように、どこからともなく現れた。  
しかし、ひとたび敗勢だと見ると無秩序に
背を向けて逃亡した。

各々が勝手な方向に、誰が誰を守って戦う、
誰かの敗走を救うということをまるで考えなかった。
よって、彼らを殲滅することは非常に難しかったのである。  
そして、そのことを恥と感じる文化を持たなかった。  

匈奴の社会では、父親が死ぬと子がその財産の
すべてを受け継ぐ。その財産とは単なる所有物にとどまらず、
父親の妻、つまり自分の母親も含まれた。

部族の血脈の維持のために匈奴の男たちは自分の
母親を妻とし、子でありながら兄弟にあたる
赤ん坊を産ませたのである。  

また、戦場で死んだ者の遺体を担いで家族に届けると、
死者が家長であった場合、やはりすべてが
担いできた者の所有になった。  

ひと口に善悪を判別することはできない。
彼らにとってこれらの決めごとは、絶えない
戦乱のなかで未亡人やみなしごをうまないために
必要なことだったのである。 

「だったら、彼らは戦いをやめればいい。
それですべてが解決するじゃないか」  
韓王信は側近の展開する匈奴論にそう口を挟んだ。
善悪を論じるつもりはなくても、矛盾を感じるのである。

要するに、そこまでして戦う理由はなんだ、と
言いたいのである。  
彼が心の奥底で戦いたくないと望んでいるからこそ、
提起したくなる矛盾である。 

「彼らは常に……草と水のある地を求めて北の地を
放浪します。家畜に餌を与えるために……。
これは想像以上に過酷な環境といえましょう」  

匈奴の事情に通じた側近の一人はそう説明した。
しかし、韓王信にはその真意がよくわからない。 
「つまり……どういうことだ?」 

「彼らの生活環境は厳しいことこの上ありません。
気候は冷涼で乾燥しており、土地は痩せ、
生産に向きません。

つまり、彼らは常に飢えの危険を感じながら
生きております。彼らの生業とする狩猟や牧畜だけでは
自分たちの栄養を満たせず、それでいながら他者と
交易するという文化も持ちません。

したがって、彼らの生活の中では他者から物を奪う、
という行為が日常のものなのです」 
「戦って、略奪するという行為が日常生活の
一部だというのか? では彼らは大げさに
首領などをたてたりしているが、その実は
山賊と変わらない、そうに違いないな?」  

自分を安心させたい、という感情からだろうか。
このときの韓王信の発言は敵を過小評価するものであった。 
「そうに違いありませんが、だからこそ我々は、
油断すべきではありません。

彼らは……戦うことに何の感情も持ち合わせておりません。
敵が憎いから戦うのではなく、略奪することに
罪悪感を持ったりしません。
彼らの中ではそれは善人がすることであり、
略奪できない人物は、悪人なのです。

よって、なまなかの覚悟では、彼らに対抗することは
出来ませぬぞ」  
農耕民族が春に種を蒔き、夏に水を与え、
秋に収穫する……そのことに関して善悪を論じることは、
通常考えられない。匈奴の侵略行為がそれと同じだとは
どうしても彼には考えられなかったが、世の中には
思いの通じない相手というものはよくいるものである。

まして国外の異民族ともなれば……。  
そう考えた韓王信は、決断を下した。 
「現在の都である晋陽は国境から遠く、匈奴の侵犯に
対抗できない。よって我々は、馬邑に遷都し、軍事上の
拠点とする」

馬邑県は秦代に設立され、現代の山西省朔州
さくしゅう市朔城さくじょう区がそれにあたる。
北は内蒙古自治区に接しており、春秋時代には
北狄ほくてきの勢力範囲にあった。

それが戦国時代に趙の版図となるも、当時は
無人の荒野であったようである。  
もともとこの地域は地盤が弱く、人が普通に歩くのも
困難なほどの泥地だった。

しかし秦代に至り、匈奴対策に有効な地理的条件が
注目され、城壁が建設されることとなったのだが、
足場が悪いことが原因で、城壁は建てるたびに崩れる。  

誰もがあきらめかけたとき、一匹の馬が同じ場所を
ぐるぐると走り回る光景が工兵たちの目に入った。
もしやと思い馬の足跡をもとに城壁を建設すると、
見事それが完成したという。

その事実にちなんで「馬邑」という地名になったのである。  
では城壁の内側にあるべき建物はどうだったのか、
という疑問は当然生まれるが、それは考えないことにする。
これは、あくまで地名に含まれる伝説なのである。  

ともかく城壁の完成以来、この地は中原の人々にとって、
異民族の侵略に対する最終防衛拠点となった。
そして韓王信もこの地に拠点を置いた、というわけである。  

しかし睨みをきかせたところで匈奴の襲撃が収まる
わけでもない。蚊や虻を壊滅させることが人類にとって
不可能なことと同じように、無秩序に姿を現す彼らを
滅ぼすことは不可能に近い。

「兵がいくらいても足りぬ。彼らの進撃をとめるためには、
城壁を空まで高くするか、国中の男子を城壁の守りに
つかせるかしかない」  
韓王信がここでいう「国」とは、彼の治める太原周辺の
ことではなく、漢のことである。

つまり漢とその支配下にある諸侯国の総力を挙げて
対抗しないと事態は解決しない、そう言ったのであった。  
しかしそんなことはもちろん不可能であり、彼自身も
それをわかっていた。

「蜂の集団を発見したとして、それを一匹ずつ排除しようと
あがいても無駄なことだ。その場合は巣を見つけ、
長い棒で叩き落とす……それが最善の策であるが、
我々には匈奴の巣がわからない。いったいどうするべきか……」  

対処に迷っているさなかにも、馬邑城を囲む匈奴兵の数は
増えていく。  逡巡していてもどうにもならぬ。
ここは一戦を交え、我々の武勇を一度示すべきだ。  
敵が城壁の前に集中しているときこそ、逆に攻めやすいと
考えた彼は、配下に命を下して出兵した。  

城壁の門を一箇所だけ開放し、そこから兵を突出させる。
間断ない歩兵の突撃で包囲網に穴をあけることに成功すると、
その穴を広げるためにさらに兵力を投入して、
徐々に敵騎兵の統制を乱していく。  

元来もろいといわれる匈奴の陣形は、あっという間に崩れた。
包囲は解かれ、敵兵は四散していく。韓王信は
そのもくろみどおり、一戦して自らの武勇を示すことに
成功したのだった。  

しかしやがて遠目に新たな敵の集団が見えた。
逃亡した騎兵たちはそれに合流し、さらに数を増やしていく。
その数はざっと見て十万以上であった。  
大将旗があるわけでもないし、きらびやかな装飾を
施しているわけでもなかったが、集団の先頭を駆けてくる
人馬は充分に彼の目を引いた。

というのもその姿は他の兵に比べて騎乗する人、馬ともに
一・五倍はあろうかと思われたのである。 
「……冒頓ぼくとつだ」 「は?」  韓王信の言葉に
周囲は固唾をのむ。

「匈奴の王、冒頓単于だ。間違いない……退くぞ」  
包囲を突き崩した彼らであったが、押し寄せる匈奴兵の数と
それを率いる単于の迫力に圧倒され、ふたたび
馬邑に立て籠ることになってしまった。

・・・
(つづく)




愚人は過去を、賢人は現在を、
  狂人は未来を語る




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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


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