信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・番外編・「人間失格」

2017年06月28日 | 妄想劇場

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なぜ、美人はいつもつまらない男と
  結婚するんだろう?
賢い男は美人と結婚しないからさ。・・・


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人間失格

男は自分を偽り、ひとを欺き、取り返しようのない
過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。

第一の手記

自分は、所謂お茶目に見られる事に成功しました。
尊敬される事から、のがれる事に成功しました。
通信簿は全学科とも十点でしたが、操行というものだけは、
七点だったり、六点だったりして、それもまた
家中の大笑いの種でした。

けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、
凡およそ対蹠たいせき的なものでした。
その頃、既に自分は、女中や下男から、
哀かなしい事を教えられ、犯されていました。

幼少の者に対して、そのような事を行うのは、
人間の行い得る犯罪の中で最も醜悪で下等で、
残酷な犯罪だと、自分はいまでは思っています。

しかし、自分は、忍びました。これでまた一つ、
人間の特質を見たというような気持さえして、
そうして、力無く笑っていました。

もし自分に、本当の事を言う習慣がついていたなら、
悪びれず、彼等の犯罪を父や母に訴える事が
出来たのかも知れませんが、しかし、自分は、
その父や母をも全部は理解する事が
出来なかったのです。

人間に訴える、自分は、その手段には少しも
期待できませんでした。父に訴えても、母に訴えても、
お巡まわりに訴えても、政府に訴えても、結局は
世渡りに強い人の、世間に通りのいい言いぶんに
言いまくられるだけの事では無いかしら。

必ず片手落のあるのが、わかり切っている、
所詮しょせん、人間に訴えるのは無駄である、
自分はやはり、本当の事は何も言わず、忍んで、
そうしてお道化をつづけているより他、
無い気持なのでした。

なんだ、人間への不信を言っているのか? へえ? 
お前はいつクリスチャンになったんだい、と
嘲笑ちょうしょうする人も或いはあるかも知れませんが、
しかし、人間への不信は、必ずしもすぐに宗教の道に
通じているとは限らないと、自分には思われるのですけど。

現にその嘲笑する人をも含めて、人間は、
お互いの不信の中で、エホバも何も念頭に置かず、
平気で生きているではありませんか。

やはり、自分の幼少の頃の事でありましたが、
父の属していた或る政党の有名人が、この町に
演説に来て、自分は下男たちに連れられて劇場に
聞きに行きました。

満員で、そうして、この町の特に父と親しくしている
人たちの顔は皆、見えて、大いに拍手などしていました。
演説がすんで、聴衆は雪の夜道を三々五々かたまって
家路に就き、クソミソに今夜の演説会の悪口を
言っているのでした。

中には、父と特に親しい人の声もまじっていました。
父の開会の辞も下手、れいの有名人の演説も何が何やら、
わけがわからぬ、とその所謂父の「同志たち」が
怒声に似た口調で言っているのです。

そうしてそのひとたちは、自分の家に立ち寄って
客間に上り込み、今夜の演説会は大成功だったと、
しんから嬉しそうな顔をして父に言っていました。

下男たちまで、今夜の演説会はどうだったと
母に聞かれ、とても面白かった、と言って
けろりとしているのです。

演説会ほど面白くないものはない、と帰る途々みちみち、
下男たちが嘆き合っていたのです。

しかし、こんなのは、ほんのささやかな一例に過ぎません。
互いにあざむき合って、しかもいずれも不思議に
何の傷もつかず、あざむき合っている事にさえ
気がついていないみたいな、実にあざやかな、
それこそ清く明るくほがらかな不信の例が、
人間の生活に充満しているように思われます。

けれども、自分には、あざむき合っているという事には、
さして特別の興味もありません。自分だって、
お道化に依って、朝から晩まで人間をあざむいて
いるのです。

自分は、修身教科書的な正義とか何とかいう道徳には、
あまり関心を持てないのです。自分には、
あざむき合っていながら、清く明るく朗らかに生きている、
或いは生き得る自信を持っているみたいな人間が
難解なのです。

人間は、ついに自分にその妙諦みょうていを教えては
くれませんでした。それさえわかったら、自分は、
人間をこんなに恐怖し、また、必死のサーヴィスなど
しなくて、すんだのでしょう。

人間の生活と対立してしまって、夜々の地獄の
これほどの苦しみを嘗なめずにすんだのでしょう。
つまり、自分が下男下女たちの憎むべきあの犯罪をさえ、
誰にも訴えなかったのは、人間への不信からではなく、
また勿論クリスト主義のためでもなく、
人間が、葉蔵という自分に対して信用の殻を固く閉じて
いたからだったと思います。

父母でさえ、自分にとって難解なものを、時折、
見せる事があったのですから。
そうして、その、誰にも訴えない、自分の孤独の匂いが、
多くの女性に、本能に依って嗅かぎ当てられ、
後年さまざま、自分がつけ込まれる誘因の
一つになったような気もするのです。

つまり、自分は、女性にとって、恋の秘密を
守れる男であったというわけなのでした。

つづく

Author :太宰治 
生年: 1909-06-19 没年: 1948-06-13 
太平洋戦争に向う時期から戦争末期までの
困難な間も、妥協を許さない創作活動を続けた
数少ない作家の一人である。

 

 

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歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、 
  人生、絵模様、万華鏡… 




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