信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・チャンネルニュース・掲示板

2017年04月29日 | 妄想劇場

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幸せがつづいても、不幸になるとは言えない
 不幸がつづいても、幸せが来るとは限らない


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学校のある卒業生の方から「病院にいる子供たちに、
あなたたちの天使の歌声を聴かせてあげて
もらえないか」とお話があり、私も「ぜひ」と言って
受けさせていただいたんです。

病院には全員ブレザーを着ていったのですが、
黒っぽい服では威圧感があるからと、その場で
上着を脱がされて、全身に消毒液をかけられました。

寒い時期だったんですが、扉を開けると、
物凄く暑くて、狭い部屋だったんです。

目の前には、本当にこの子がもうがんなんだろうか、
と思うような赤ちゃんから、
放射線で髪の毛がぼさぼさになってしまっている子、
頬全体が陥没して顔が半分ない子だとか、もうそれは、
見ただけでも体に震えがくるようなひどい状態の
子たちがたくさん……。

その子たちの前で、私たちは部屋の隅っこのほうに
へばり付くように立ちました。
敷かれたホットカーペットの上には、お母さん方も
座っていたり、廊下にはドクターや看護師さんの
姿も見えました。

私は壁の一番端に行って、指揮棒を振ったんですが、
もう涙が止まらなくて、本当に……。
私の目の前で、お母さんが乳飲み子をギューッと
抱えながら、涙をポロポロ零すんですよね。

あぁ、自分の子はこんなに大きくまで育つことが
できないんだ、とか、いろいろ思われたんじゃないかと
思うんですが、
看護師さんもドクターも皆泣いていらして、
泣いていなかったのは、当のがんの子供たちだけで。

私も我慢しなくちゃ、と思うんですが、もう悲しくて悲しくて、
生徒たちも涙をポロポロ零しながら、でも必死に
笑顔をつくって、一所懸命歌って。

そしたら歌が終わった後に、髪の毛のない子や
顔の陥没した子たちが「お姉ちゃんたち、どうして
泣いてるの」って言うんです。

看護師さんが
「あなたたちがあんまり一所懸命聴いてくれるから、
お姉ちゃんたち感動しちゃったのよ。楽しかった?」と
尋ねました。

するとその中の一人が
「凄く楽しかったぁ。大きくなったらお姉ちゃんと
一緒に歌いたい」って、もう私、本当に胸が張り裂けそうで…。

その時に、心から、あぁ歌は素晴らしいと思いましたし、
いま生きていて、自分のできることを一所懸命やることが、
どんなに大切なことかを凄く強く感じました。

その帰りの電車の中で、ある生徒が
「先生、あんなに皆を悲しませちゃって、私たちが
合唱をしに行ったことは本当によかったんだろうか?」
と言ったんです。

何しろあの場にいた大人たちがあまりにも涙を
流していましたから。私はその生徒に答えて言いました

「うん、よかったんだよ。たぶん、お母さんも、
病院の先生も、看護師さんも、皆悲しくて、もう泣きたくて、
泣きたくてね。でも、いま一所懸命生きている子たちの前で
泣けないでしょ?

それを、あなたたちの歌で感動したふりをしてね、
思いっきり泣くことができたからよかったのよ。
明日からまた笑顔で頑張っていけると思う」と
言ったんです。

すると生徒が「そうか。じゃあ私たちの歌で少しは
楽になったのかな?」と言うから
「そうよ。そして歌を聴いていた子たちが
『お姉ちゃんと一緒に歌いたい』と言った。

生きよう、って。いや、生きるということは
分からないかもしれないし、もしかしたら一か月後には
命がない体かもしれないけれど、
少しでも希望を持って生きようとしたということは、
素晴らしいことだから」と話して、お互いに
感動しながら学校に戻ったことがあるんです。

私は、生きているということは、自分一人が
ここに存在して、ただ呼吸をしているのではなく、
いろいろな人と出会って、怒ったり、笑ったり、
悲しんだり、苦しみを分かち合ったりして、
相手の心や周りにいる人たちの心を、
ちゃんと感じられることではないかと思うんです。

私が慰問演奏に行った時に、「いまを大切に
生きなければ」と強く思ったのは、
幼くして亡くなってしまう子たちもいるんだから
頑張って生きよう、という思いではなくて、
あの時、あの部屋の中で、それぞれの人の心が
うごめいていたんですね。

無邪気に喜んでいる子供や、日頃泣けない
家族の人たち……、
そういう、たくさんの思いが満ち溢れている
中に入ったから、・・・

あぁ、ちゃんと生きていかなくちゃ、神様から
与えられたこの命を、大切にしなくちゃいけないと
感じたのだと思うんです。

谷川俊太郎さんの詩に
「生きているということ いま生きているということ 
 泣けるということ 笑えるということ 
 怒れるということ」 という言葉がありますが、
 本当にそんな思いですね。

そうやって、いろいろな人の思いを感じられることで、
人間は生きている価値が生まれてくるものだと思います。

Author :『致知』渕上貴美子
http://chichi-ningenryoku.com/

 

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この年、受け持った一人にシュウがいます。
シュウは一年生から四年生まで辛いいじめに遭い、
五年生になると急に攻撃的になりました。
クラスメイトを叩く、殴る、暴言を浴びせかける……。
その行為は次第にエスカレートしていきました。

六年生になったシュウのイライラが募り始めたのは五月、
体育会の練習が始まった頃からでした。
リレーで抜かれるだけで怒って砂を投げたりするのです。
みんなは「シュウを何とかしてください」と訴えます。
私も何度も話したり、怒ったり、褒めたり、
考えられる限りのあらゆる手を尽くしましたが駄目でした。
逆に蹴られ、唾や砂をかけて反抗されるばかりでした。

自宅に帰り、洋服の砂を払い落としながら、それまで
抑えていた涙が溢れました。
悔しくて、情けなくて大声で泣いた日のことを
いまも覚えています。

その次の日、シュウは学校を休んでいました。
私はみんなに「ごめんなさい」と謝りました。
「先生はシュウもこの教室から卒業させて
あげたかったけど、先生一人ではどうすることも
できない。でも、先生は諦めきれない。

人を信じること、人を好きになることを、
どうかみんなでシュウに教えてあげてほしい。
そのかわり先生はみんなを全力で守るから……」

私のその声にみんなは「先生やろう。
シュウがいたからこんないいクラスになったと
言えるように、一緒に頑張ろうよ」と
答えてくれました。

子供たちは大きく変わりました。
皆がシュウの行動を受け入れてくれるように
なったのです。
叩かれてもジッと我慢し、叩こうとするシュウに
「怒っているんだね。でも人を叩いたらいかん」と
毅然と言い放つ子も出てきました。

その姿を見て私も命を懸けて
シュウにぶつかることを決意したのです。

ある時、シュウは私に、
なぜ自分がこんな態度をするようになったか
分かるか、と質問してきたことがあります。
「分からない。何があったの」

沈黙の後、彼は言いました。
「俺は、俺は、ただ友達が欲しかっただけなんだ!」

そう言うと爪で床を引っかき大声で泣き始めたのです。
私はそんなシュウが愛おしくて、いつまでもジッと
抱きしめていました。

シュウが笑顔を見せ、みんなに心を開くように
なったのは、それからです。

私はどんな子にも素晴らしい可能性があることを
知っています。教師に大切なのは、
可能性をどこまで信じ切れるかです。
信じ切っていれば子供たちは絶対に
裏切ることはないのです。・・・


Author :人間力.com
http://chichi-ningenryoku.com/




B



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



哀愁の夜想曲

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