信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・特別編(お妻様)

2017年07月15日 | 妄想劇場

V0151111112 



昨日という日は歴史、今日という日はプレゼント 
明日という日はミステリ



過去に起きていることから浮かび上がってくる
真実もある。・・・




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※ 高次脳=脳神経細胞が壊死することで起きる
精神神経的な障害で、
見てわかる身体のマヒなどとは違い人の内面の
精神活動や認知行動に起きる障害。
行動や感情がコントロールできなくなったり、
記憶障害や注意障害、遂行機能障害、
失語などがある



大病後も人生は続く

寝室が毛埃でいっぱいなので掃除機をかけておいて欲しい
と言っても、床に敷いた布団をかたづけず床を埋め尽くす
(彼女様の)コミック本を本棚に戻すこともなく、
それでも「掃除機かけた」と言い張る。

やっておいてほしい家事をメモして仕事に出かけても、
その家事がすべて完遂されていたことはほとんどなかった。
「ごめん。でも〇〇の家事はやったんだよ?」 
「やってない。やったとしても、その家事は
『やったうちに入らない』よ」

彼女様のカオスっぷりに耐え切れずに、そんな風に
彼女様を否定する小言が増えていった。

ああ彼女様の御母堂よ。この娘が心を病んでいるのは、
間違いなくあなたたちが叱責のなかで育てたことに
原因があるのだと思います。
けれども今ならその気持ち、分からなくもありません。

小言、言いたくもなります。
けれど、そんな僕の小言の一言一言が増えるごとに、
その数だけ彼女様のリストカットは増え、手首から
肘まで瘡蓋のシマシマ模様を描いていった。
ついに切るところがなくなると、首や太ももにまで
カミソリを当てるようになっていった。

リストカットがパターン化していた。何かに堪え兼ねて
僕が怒ると、彼女様は絶対に謝らずに膨れっ面で
黙りこむ。しばらくすると僕は怒ったことを忘れて
話しかけるが、彼女様はまだ膨れっ面。

え、逆切れですか? そもそも俺が怒ったのは
彼女様に原因があるんじゃないかと再び僕が怒ると、
それでも決して謝ることなく、一層の膨れっ面で
トイレに駆け込む彼女様。

待つこと数十分。案の定で、彼女様はトイレの中を
血まみれにして手首を切り、スッキリした顔で出てくると、
僕をちらっと見て「ちっ」と舌打ちして寝室に直行。
僕はトイレの床の血が乾いてしまう前に拭きに行き、
絶望的な気分になる。

「ちっ」てお前、どこのヤンキー嬢なの? 
だが舌打ちなど大した問題じゃない。
最大の問題は、そんな逆切れリスカを決め込んだ翌日、
昨日の喧嘩を片付けたいと話しかけても、
信じ難いことに彼女様はトイレで手首を切った
記憶などないと言う。

じゃああれは別人なのか? 記憶が飛ぶほどに
処方されている精神薬がキツいのか。

小言=言葉のDV

勘の良くない読者でもすでにお気づきだろう。
この時点で僕は、彼女様に対して言葉の
DVを行っていたに等しい。

確かに黙っていたら部屋は一層カオスになってしまうし、
生活も苦しいから仕事をするようになってほしいし、
そのためにもなにしろ朝に起きる習慣をつけて
もらわんことには、どうにも始まらない。
そんな気持ちを小言にしてぶつけてしまう日々。

彼女様が心を病んだ原点が家族の叱責にあるという
考察は間違ってはいなかっただろうが、
次は僕がその叱責の主になってしまったというわけだ。

日々、「どうしたら手首を切らずに済むと思う?」
の話し合いをした。今ならわかる。
「僕が小言を言うのをやめれば切らずに済む」が
正解だ。だが、その言葉は彼女様の口からは
出なかった。出せなかったと言った方が
正しいのかもしれない。

そして僕のやるべきことは、小言を言うのではなく、
その小言の原因となった彼女様の「できない」に対して、
なぜできないのかを、一緒になって考えてあげる
ことだったが、それもまたできなかった。

その当時に彼女様が僕に書いたメモ書きの手紙が、
現在の我が家のパンドラボックス
(彼女様のばあちゃんからもらった桐ダンスの一番下)に
取ってある。そこにはこんな文面があった。

前後の文脈からすると、僕が仕事から帰ってきたときに、
朝に頼んでいた食材の買い出しをしていなくて、
夕食の準備も出来ていなくて、怒鳴ってしまった、
その夜に、彼女様が僕に書いた手紙だ。

……私が全部悪かったよ。でも寂しいよ。
いつでも仲良くしたいよ。今日は出ていこうかと思った。
明日もおいしい料理を作るね。だから
怒らないでほしいです。って言っても無理か……

その翌日、仕事から帰ってもご飯はできていなかった。
それに対して僕の返したメモは、
……トイレの床が汚い。寝室の布団干して
床のほこりを掃除して。コンロの周りが汚いです。
小松菜が傷む前におひたしにしよう。ってことは、
油揚げ買いに行ってね。あとバターもね……

同じパンドラ箱から、当時の彼女が書いた
独り言日記みたいなメモも出来てた。

……脳みそがお豆腐になって耳から流れる。
胃とか内臓が逆流してって中をかき混ぜられている。
大介が怖い。怖いけど好き。なんで怖いかわからない。
どうしたらいいのかわからない助けて。

何を考えても話しても最終的には「私は独りぼっち
なんだ」に行き着いてしまい、悲しくなると
手首切っちゃってる…… 

こんなにも明快なSOSを出されていたのに、
その当時の僕は何をやっていたのだろう。
今、こうして過去のメモを引っ張り出してきて、
こうして原稿に書いていても、到底平常心では
居られない。 

ということで今さっき、仕事部屋から隣の寝室に
駆け込み、そろそろ正午だというのに平常運転で
爆睡中の現お妻様=元彼女様に謝ってきたところ、
大変迷惑そうに「昨日のさとし君(猫・6㎏)の
ゲロ拭いた?」と言われた。

そんなもんは朝一番で拭きましたよ! 
思い返すだに最低の彼氏だったと思う。けれども、
何しろお互いに若かった。責めると手首を切る。
でも黙っていたら部屋は一層カオスになってしまうから、
僕も小言を言ってしまう。そんでまた切る。
無限ループだ。・・・ 

貧乏でも一緒にいたい

2007年秋、僕27歳、彼女様がアパートに家出してきて
2年弱。そんな叱責と流血の悪循環を断ち切るために
僕が取った最後の手段は、「勤めていた会社を
やめてしまう」だった。

フリーランスの記者として、自宅を事務所として
仕事をする。これなら少なくとも一緒にいる時間は
とれるだろう。

彼女様とお付き合いを始めた当時の会社内での
僕の立場は、雑誌の記事ページや表紙などの
デザインを受けてくる営業兼デザイナーだったが、
デザインと同時に記事も請けるようになっていて、
取引先の開拓もある程度進んでいた。

貯金はゼロだが、抱えている仕事を継続していけば、
何とか会社から出ていた薄給と同程度は稼げる
かもしれない。めちゃめちゃ希望的観測ではあるが。

暗闇の未来に一歩踏み出した僕に対しての
彼女様の言葉は、「どんだけ貧乏でも一緒に居れる
時間があったほうがいいから、私は嬉しいよ」
だった。

死なばもろとも、一蓮托生、覚悟を決めた。

取材先でもトイレでも一緒、
会社を辞めて自宅を仕事場にすれば、僕の小言と
彼女様のリストカットという無限ループからは
脱出できるのではないか。

9割の不安と1割の期待といった心理状態で
踏み出した、2人の新生活。
この決断によって「劇的な何か」は起きたのか? 
だが実は、この時期は僕の記憶そのものが
少しあいまいだ。・・・

当時のことを思い出そうとすると、僕の頭の中には
何故かサザンの『TSUNAMI』のサビメロが流れ出す。
嗚呼あれは、ファクスの呼び出し音。
江戸っ子気質で金は持っているだけ使ってしまう主義の
彼女様が、フリーランスになった僕のために買ってくれた
ブラザー工業製ファクスの呼び出し音だ。

♪見つめあ~うと~素直に~おしゃべりでき~ない。

やばい。彼女様と桑田様には申し訳ないけど、
思い出すだけで具合悪くなってきた。
なぜならその電話ファクス複合機のメロディを
朝な夕なに流して呼び出してくれたのは、他でもない
当時の取引先の編集者たちであり、用件は
「原稿どうですか〜」。ならまだ良いが、多くは
「そろそろヤバいぞー」とか「家に居るのは
分かってんだぞ〜」だったりしたからだ。

済みません、今頑張って書いてるところです! 
いや、本当言うと今起きました!
本当に、記憶がすっぽり飛ぶほど働いた。
出版業界でのフリーランス経験は二度目だが、
一度目は大失敗してド貧乏のどん底を這いずり
回ったトラウマがある、二度とあんな思いは
したくない。

だが一方で、どれほど忙しくなっても、再びお妻様を
独りぼっちでアパートに残してどこかへ
行ってしまったら、本末転倒だ。

ではどうしたのかと言うと、僕と彼女様は
「ひとりになった」。・・・
実際その当時の彼女様と僕には「一緒にいなかった
記憶」があまりない。なにがなんでも2人で行動。
仕事の取材に行く際も、打ち合わせで取引先の
編集部に行くときも、とにかくひたすら一緒に
行動していた。

はてはお風呂も。そしてトイレですら、中で本を
読んでいると彼女様に乱入襲撃を受ける始末。
ここまでくるとラブラブを通り越してキモイというか、
少しは独りになりたいと思う僕であったが、
これもまた苦しむ彼女様を放置してきた反動であり
報いなのだろうと、あえて甘受した。 

金のかからない女

僕は小さなころからとことん電車が苦手で、
大雨か大雪でもない限りはバイク移動の生活を
していたものだから、常に移動するバイクの後ろには
彼女様がちょこんと乗っかっていた。

取材や取引先に移動するときは600ccの単気筒、
買い物や隣町の精神科までへの毎月の通院は
90ccの古いスクーター。

指先が凍り付くような真冬の日も、アスファルトの
照り返しで煮えそうな夏も、昼も夜中も明け方も、
2人乗りのバイクで走り回っていた。
・・・

次回へ続く



こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 
  知りつつ、 こうして、こうなった



A111 



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…


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