信じれば真実、疑えば妄想…

季節は巡り、繰り返しと積み重ねの日々に、
小さな希望と少しの刺激で、
今を楽しく、これからも楽しく

妄想劇場・妄想物語

2017年04月23日 | 妄想劇場

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信じれば真実、疑えば妄想・・


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「南三陸病院」という新しい病院が2014年12月に
復興しました。

この病院の前身は、宮城県南三陸町で、
ただ一つの総合病院だった「公立志津川病院」という
名前でした。
この病院は台湾から何と20億円以上の支援を受けて、
新設復興したものでした。

実は台湾からの支援は、南三陸病院再建だけでなく、
東日本大震災以降、トータルで200億円以上にも
上っているのです。

このことから、江ノ電鎌倉駅では「台湾への感謝」を、
ある形に表していました。
この駅の定期券売り場近くには、1枚のポスターが
貼られています。
中国語表記ですが、和訳するとこうです。

『台湾の皆さん、ようこそ鎌倉へ!
東日本大震災での大きな恩はずっと忘れません。
ありがとう台湾!』

なぜ、江ノ電鎌倉駅が台湾の方へのお礼を
表示しているのか。
鎌倉は、アニメ「スラムダンク」の舞台となった
地でもあり、同作の台湾人ファンが観光に訪れることで
知られています。

実際にこの貼り紙に感動し、
「泣きそうになった」という台湾人の方の投稿が、
ネットで拡散され注目を浴びました。

また貼り紙だけでなく、江ノ電では台湾の人々のために、
こんな特別のサービスを提供しています。

江ノ電では、台湾の鉄道会社と協力して、
お互いの鉄道も、…それに何より台湾の
観光客のためにも、ウィンウィンのサービスを考えました。

「1日乗車券持参で相互サービスを展開」というものです。
鎌倉から台湾に帰国したお客様には、
こんなサービスです。

江ノ電で使用済みの「一日乗車券”のりおりくん”」を、
台北駅および瑞芳駅に、パスポートと共に持参すれば、
「平渓線一日周遊券」を無償で提供します。

これから来日される方には、こんなサービスです。

同じく使用済みの「平渓線一日周遊券」を江ノ電の
「藤沢駅」「江ノ島駅」「鎌倉駅」の乗車券窓口に
持参すれば、「江ノ電一日乗車券”のりおりくん”」を
無償で提供します。

2013年5月から始まったこの取り組みは、当初
2014年3月末で終了する予定でした。
しかし、多くの利用者が鎌倉を訪れたことで、
2015年3月末までに延長、
そして2016年にも同じく再延長されました。

本年、2017年もやはり4月1日以降、延長との
お知らせがありました。
三度に渡る延長からも、台湾から多くの観光客が
来られているのが分かります。

前述のポスターの文面は、日本人からすれば
「受けた恩に対しての感謝」を述べているに
過ぎません。

しかし、その感謝に対して更に感謝を返してくれる。
…これは素敵な連鎖と言えるのではないでしょうか。

もともと台湾と日本との間には、
(政治的な反対意見はありましたが)一定の理解は
形成されていました。

国家間の友情や信頼関係は、このように
民間レベルから更に育っていく、そういう事例に
なりそうな江ノ電の取り組みです。
・・・   

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あるジュースの会社の社長さんがいました。
1965年の冬のある日のこと。

全線開通したばかりの名神高速道路を移動していた
彼は、近くにあった養老サービスエリアに立ち寄ります。
そこで彼はレストランに立ち寄り、コーヒーを頼みました。
冷えた体に沁みる一杯のホット・コーヒーでした。

リラックスしながら、そこで彼が目にしたのは、寒空の下、
冷たいジュースを飲んでいる長距離トラックの
ドライバーたちでした。

つい彼はいつものくせで、
ドライバーたちの飲んでるジュースの銘柄を
気にしていました。
自分の会社の商品が売れてるかどうか、
それは商売人なら誰しも気になるところです。

しかし、この社長さん、はっと気づき胸に手を当てました。

自分が気にしなければいけないのは、
ジュースなのか?それとも人間なのか?

忙しいドライバーには、自分のようにゆっくりと、
喫茶店で温かいコーヒーを飲んでる時間などない。

彼は、日本経済を支える縁の下の力持ち、
長距離トラックの運転手さんたちが、温かいコーヒーも
飲めない状況を、何とかしてあげたいと思いました。

そこでひらめいたのが、・・・

その社長さんの名前は谷田利景さん。
ポッカコーポレーションの創業者です。

谷田さんがひらめいたのは、
冷やすことも温めることもできる自動販売機でした。
その中にコーヒーを入れれば、夏はアイス、冬はホットと、
1年中おいしい缶コーヒーを提供できると考えたのです。

それはドライバーたちが喜ぶだけでなく、彼自身が
望んでいた新たな主力商品のアイデアでもありました。

今でこそ、私たちは、当たり前に
夏・冬兼用の自動販売機を利用していますが、
それは当時の飲料業界にとっても歴史的な出来事
だったのでした。

紆余曲折を経て、1973年11月、ついに
冷温式自動販売機の第一号が設置されました。

その場所は、トラックドライバーたちが冷たいジュースを
飲んでいた、あの名神高速道路の
養老サービスエリアでした。

温かいコーヒーは、温かい気持ちがきっかけでした。
そしてその温かさを忘れないよう、
原点の地に第一号機の設置がなされたのでした。

   

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アップル・コンピュータの創業者の一人。
2011年に、56歳の若さで亡くなったスティーブ・ジョブズの
お話しです。

彼が、2005年にスタンフォード大学の卒業生を前に
行ったスピーチは、「伝説の」という冠がつくほどの
素晴らしいメッセージでした。

またその文章は、事前に緻密な推敲が為されており、
適切で高品位な英文で構成されているため、
日本の英語学習者へのテキストとして推奨されることも
多いようです。

Macが生まれたきっかけともなるエピソードです。

「大学の卒業式に出席するのは、これが初めてです。
なぜなら、私は大学を中退したからです」
それがスピーチの出だしでした。

学生たちの笑いを誘います。
続いて生い立ちの話です。

スティーブ・ジョブズが生まれたとき、母親はまだ若く
未婚の学生であったため、彼は養子縁組に
出されることになりました。

母親は養子に出す条件として、
彼に大学を卒業させることを強く望んでいました。

しかし、彼を引き取ることになったのは、
大学を出ていない労働者階級の夫婦でした。

母親は不安になり、一度は養子縁組のサインを断ります。
しかし、夫婦は彼を大学行かせることを強く約束したため、
最後には、母親もこの縁組を認めることにしました。

17年後、彼は約束通り大学に進学します。

しかし、彼の育ての親にとって、大学の学費は
膨大なもので、こつこつ貯めていたお金は
すべて消えてしまいました。

それなのに、彼は大学に半年も通うと、そこで
学ぶことに何の価値も見出せなくなってしまいます。
自分のやりたいことも分からず、
そのために大学が何の役に立つのかも分からない。

しかも、それで両親の貯蓄はすべてなくなって
しまったのです。「私は親が必死で稼いだ金を
垂れ流すだけだったのです」と語っています。

ここでジョブズは、大学を中退することを
決断しました。
スピーチの中でこう言っています。

「その時はとても怖かったのですが、今考えれば
最良の選択でした」
なぜ、大学を中退するのが最良の選択だったのか、
その後のジョブズの行動を知ると、
ああさすがに事を為す人は違うなと思います。

最良の選択だった理由は・・・

大学の中退手続きをとったジョブズは、しかしながら、
すぐには大学へ通うのをやめませんでした。

中退を決めたことで、興味のない必修科目をとる
必要がなくなった彼は、自分が興味をひく科目に
潜り込むことができたのです。

その間、18カ月の間、ジョブズは本当の意味で、
勉強にまい進できたようです。
興味あること、好きなことをやる限り、多少の
辛いことは我慢できます。

ジョブズには寮がなかったので、友達の部屋に
居候を決めて、その床で寝る生活でした。

空のコーラ瓶をお店に帰して5セントもらい、それを
食費の足しにしたりしました。
日曜日にはヒンズー教会の夕食を食べるために、
11キロも歩いたりしました。
「最高の食事でした」とジョブズは語っています。

18カ月の間、この大学で彼が興味を持ったものは、
後に非常に価値あるものになりました。

ひとつの例が「カリグラフィ(英文書体)」というものです。
当時のこの大学には、国内最高のカリグラフィの
授業がありました。
彼はここで、素晴らしい書体を作り上げるための
技術を身につけます。

そして、その10年後、彼の経験により得た技術は、
Macのフォント技術に取り込まれ、
コンピュータの世界を大きく進歩させるに至ったのです。

「大学に失望し、失意にある時、中退を決意しなければ、
またキャンパス内でカリグラフィの授業に巡り会って
いなければ、Macの中心技術は世に出なかっただろうし、
あるいはMacそのものが世に出る可能性も
極めて低かった」

ジョブズはそのように語り、今やってることが
いつか価値あるものへと繋がる、そのために、
辛くとも今やってることを信じようと学生に訴えました。
・・・

Author :ゆるゆる倶楽部
http://yuru2club.com/wp/



歌は心の走馬灯、歌は世につれ、
 世は歌につれ、
  人生、絵模様、万華鏡…



Zingarella

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こうして、こうすりゃ、こうなるものと、 知りつつ、
  こうして、こうなった




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「隙間産業」

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