再就職&これが私の修行の道!

再就職して時間だけ無駄に経過しています

大学病院再びっ!

2014-12-22 20:29:12 | Weblog
・・・だったのだが、朝は朝で、家人を会社に投げ捨てて帰宅して・・・いくら何でも療養中だっつうの!!

その上、悪気ない母に、舅についての突っ込みを昨日入れられて、頭から血が下がらないのだ。
なんで、人として扱わない奴を、大事にしなきゃならんのだ!
ついでに、なんで私は、家族にここまで振り回されなきゃならない?!
冬休みに正月休みが入ったら、最悪じゃん。

朝はそれで、仮眠を取り、午後から子ども連れて大学病院に。
一応授業があるので、夕方予定で入れてくださったが、それでも少しだけ、学校の許可付で早退していく。

問題は、受付で診断証明書を取りに来るように言われたので、受付に行ったらないって言う。
私は先日電話で、証明書が出来たので取りに来てくださいって言われたが、そいつが間違いだったらしい。
さすがにそこまでの健康体じゃない私、切れそうになったが、先日の変な人を思い出して我慢我慢。
ここで切れたら、先日病院で騒いだバ○アと一緒だと・・・

売店で少し暇を潰し、診察室に。
売店では、昨年病人のところに通い詰めたご褒美に、たまに有名店のプリンが、夕方に余っていたら購入していたのだが、それがあったので購入。

診察は、予定通りに呼ばれて入る。

そこで、先日の検査結果等を出されて、説明を受ける。
問題は、乳児の頃からアトピー性皮膚炎をずっと言われていたが、数値にしたら、それにはあたらず、背中の痣って言うか傷も、アトピーじゃないと思いますと。
ただ、どういうわけか、疲れたりとかストレスがたまると、皮膚にいる菌が悪さをするようで。

ハウスダストの検査は、微妙だが、数値は低く、私の遺伝子で中和されたか、まあ安心はした。

飲み薬は中止。塗り薬で徹底的に治しましょうってことだった。
問題は受験生だから、近くの病院紹介しましょうか?っておっしゃるが、子どもはこの偉い先生の方がいいみたいで、通うって言っても、そこまで遠いわけではないし、先生のところでお世話になることにする。
優しい先生で、子どもも親しみやすいし、明るい先生だから、こっちの方がいいって言ってる。
かかるのは私じゃないし、まあ不明な点がはっきりして良かった。
最後に、検診にそこまで金がかからなかったので、スタバでケーキを買って帰宅。
次回で最後だろうと思う。
診断証明書はやっと手に入った。
だが、簡素な感じで、あんまり威厳もへったくれもなく。
これが、この先子どもの免罪符になる。

私は、20年以上前に大学病院で、足専門のところにお世話になったが、珍しい症例で紹介されたため、インターンが20名くらいぞろぞろ出てきて、先生の後に、散々痛む足を触られまくり、ここは鬼門だと思っていたのだが、父の消化器外科や、子どもの皮膚科を見ると、その限りではなく。
ただ、父は、研修中の方が、病室にしょっちゅうなんだかんだ理由つけて、遊びに来ていたらしい。
ちなみに、当時の先生は、もういらっしゃらないのだ。
私は足でも嫌だったが、結婚前に、不妊で最終的に大学病院にかかった当時、髪を切ってもらっていた美容室の先生、カーテン開けたら、カーテンの向こうにインターン(男性)が7人くらいいて、びっくりしたっておっしゃっていたが、それに比べたら、マシだと言い聞かせてきたが、でも良い思い出では決してない。

家人には報告しておく。

プリンは美味しかった。
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厄日再び

2014-12-18 16:52:37 | Weblog
そもそもの厄日の原因は、天気と車である。それと住まいの場所。
だが、こんな日には、

車に、スタッドレスがつかないのが原因である。
この時期に、普通の車なら、スタッドレスがついてさえいれば、ある程度の雪道は走行できる。
だが、この数日の悪天候で、スタッドレスなしで山の上的なところに住んでいるので、朝、誰もいないっつーのに、振り込みと買い物に出そびれた。
朝は凍っていたからである。

子どもは昼には帰ってくる。
そしたら、昼前には出られる状態になったが、出られない。
そう言う日に限って、帰宅が遅くてイライラする。

ご飯だけ食べさせたら、今度は私がやっと出られる・・・と思ったら、道中で、頭のヤバい人に引っかかる。

某所町中での信号待ちのこと、見知らぬ男性が、車の窓をコンコンしてきた。それだけでもヤバいって言うのに、見たら、申し訳ないが、頭が少々足りないお方らしい。(うわーなんだなんだ、今月、ヤバい人強化月間かよ!!大学病院に引き続き・・・)車ロックしてないなあ・・・いきなり開けて入ってくるとかなしよ・・と思いつつ、車の窓をほんの少し開け、「なんですか?」って聞いた。

そもそもあたしが乗ってる車、微妙にヤバいので、普通の人はまず寄ってこない、急な割り込みなどもほとんどされないわけ。だのに、軽くじゃなくて、結構な力で、窓をコンコンってやる時点で、絶対おかしいに決まってる。それに、術後で体も弱っていて、本気で対抗するにしても限度があるし、さっさとカタをつけなきゃ・・・っておもったら、このおかしい方は「僕、来たよ」って舌足らずな言葉で言ってくる。

「誰ですか?」「僕です」(だから誰だっつーの!!お前なんか知らんがな)
そしたら、信号が変わったので、じゃあ・・・って窓を閉めたら、またコンコンやらかすから、「あぶないよ!!」ってでっかい声で叫び、一瞬離れた隙に、スピード上げて逃げた。

年齢的に中年くらいで、バイクのメットかぶっていたけど、そんな知り合いはいない。
逆にその人にアメ車乗ってる知り合いは絶対いないだろうと断言できる。不人気だからね。この辺では。

危害加える気がないにしても、こっちは女一人で乗っているところに、それは気持ち悪い。
ついでに、家族の方、こんなん野放しにしてくれるな。危なくてしょーがない。うっかり轢かなくて良かった。
体調が微妙な時や、年末になると、こういうヤバいのに遭遇するのは何故なんだろう。

これだけで、しっかり休んだのに、疲れMax。

挙句デパートは、朝と違って人が多く、お腹を庇うのに必死、併設された銀行に受験料振り込みに行くのに、こんだけの難儀をさせられたら、切れたくもなる。健康体の子どもがいけばいいんだよう!!
金を振り込みに銀行に行くと、頭の悪そうな行員に「用件はなんですか?」
バカタレー!!用もないのに来・な・い。そもそも質問の仕方がおかしい。
振込用紙を見せたら、黙ったが、個人情報だ、いい加減にしてくれって喉まで出かかった。もうさっきの変な人のせいで、不愉快度も警戒度もMaxになっていて、帰りたかったが仕方ない。振込済ませたら、銀行の窓口で、「合格されますように」と近くの学問の神様の鉛筆をくださったのである。窓口の人みて、ほっとしたのは、初めてである。

それから本屋。正月用の本を探しに行くが、無駄に人が多いし、前後をちゃんと見てない年寄りがいるせいで、思うように動けず。やっと本を探して、地下にいくも、ここも同じで人が多く、最低限の買い物をして、逃げるように帰った。
そして帰宅したら、子どもが灯油缶を邪魔なところにに置いていて、撤去のち、車庫入れしてたら、今度は近所の騒音一家の嫁が車で通りかかる。車庫入れストップな上に、騒音は一向にやまないから、もうここで再度怒りMax。
私は自分が何かをやっているときに、邪魔なんて入ったら、切れるどころか、ぷすっとやりそうな性格だ。

帰宅した途端、子どもに切れてしまった・・・大人げない。
「灯油缶、邪魔なところに置くなー!!どこ置き晒しとるんじゃー!!!!貴様のせいで今日は厄日どころか最悪だー!!」

切れた理由を聞いて困っていたが、そもそも振込くらい、病人の私じゃなくて、健康なてめーで行け!!って話で、私を使うからである。
ただ、掃除機はかけていてくれた模様。
おかげで、腹の痛みもMaxである。最悪だ。

頼むから、ヤバい人は野放しにしないでくれ!!


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アレルギー検査に行ってみる

2014-12-12 15:28:49 | Weblog
私じゃなくて子どもだが。

問題は、キノコ検査の項目が、普通のアレルギー検査にないのである。この辺限定で、都心部ならあるんだろうか。

それで、ずっと検査を・・・と子どもには言い続けたが、当の本人は、気持ち悪くはなるんだけどいい・・って言っていたのだが、この夏から、アトピー性皮膚炎が悪化し、どうにも観念したらしい。4月から環境も変わるし。
ちなみに、本人が言い張っていたエビは異常なしの数値だったが、まあ、今後は気をつけないといけないだろう。一応子どもがやばいって言ったものは、食卓には上げなかった。
私には、その辺に詳しい友達がいて、その人がいなければ、子どもに手ひどいことも言ったかもしれないが、まあ知らなかったにしては理解があった方だと。

だが、しつこいが、普通の病院にはなくて、大学病院ならやっていると聞いて、近所の先生にお願いして、紹介していただき、今日出向く。
当然、学校は休み。ちなみに、紹介状なしなら5400円取られていたが、近所の先生に感謝。

早朝から、「いつ帰らせてもらえるかわかんないよねー」って言いながら、病院へ。去年から散々通い詰めたが、子どもは外来は初めてで、手続きは私がこなした。
次に、皮膚科に行くが、ここも随分と人が並んでいて、やっぱり帰宅は遅くなるのかなあって思っていた。

必要なものを書き、別室に呼ばれた私たちは、子どもと私で、必要な内容を説明する。
そしたら、ただの検査だけかと思ったが、色々要因が考えられるとのことで、あれこれ聞かれたのである。
そして、念のため、キノコは3種類ほど持参していた。前に電話で問い合わせたら、プリック検査もありうるから、可能なら、当たるネタを、何種類かお持ちくださると良いと思いますが、ただ、検診にあたった先生によりけりなので、これをやるかどうかは、担当医次第ですと。

それから、順番が来るまでお待ちくださいと言われたが、問題は、待合室にあった。
変な人がいたからである。私も通ってきたが、見たことがなかった。
最初は、隣のブースの精神科の患者かと思ったんだけど、どうにも違う。

まずは、どこぞの子どもが、テレビで見たい番組が見られなくて騒ぎ始めた。その前に、病院で騒ぎ立てないように親が教育すべきだろうと思われ。それが無理なら、餌を持参。この場合、食物か本か玩具にするかは親次第。
声がすれば誰しもが、一斉にそちらを見る。だが、この変な人が、「この人情なし!!」ってそこらじゅうにきこえる声で言い出した。
”人情なし”って言葉も、大概死語って言うか、古語だよなあと・・・
そして、この危険な人が、子どもに絡みだした。
そして、「大学病院は予約しているのに、対応が遅い」とか、ぶつぶつ言い出したわけ。
それに関しては、事前にその話があるはずで、ここで言うのはどうだろうかと。

言葉は、この辺の方言と、東部の方言と、関西なまりが入っていて、声もでかいから、響くし、周りは不愉快なわけ。
いくら患者が皮膚科とか整形外科なんだけど、耳障りで、だが、注意すれば激昂して更に手をつけられなくなるであろうと判断した周りは、黙っているしかなく。

最後に年配の男性が、とうとう切れたんですけど、男性に「やかましい。静かにしろ」と注意されて、逆に予想通り激昂してきた。
挙句に「問わず語りをして何が悪い!!」って、この”問わず語り”って言うのも、正直古語だったり、本の題名だったり。
問わず語りが悪いとは言わないが、少なくともこの人の場合、言動がいちいちうっとーしくて、声もでかい時点で、周りに迷惑はかけている。

とうとう男性ともみ合いになって、職員が出てきたんだけど、「相手が悪い!」の一点張りだった。うるさいお前が悪いって、多分周りは思ってたと思うのですが。
案の定いなくなって、待合にいたオバサン達が騒いでいた。「何あのひと?」って。
男性とやばい人は、別々の部屋に連れて行かれた。オバサンは暴れたおかげで、担当医が呼び出されたか、さっさと診察は終わった模様。

うちはうちで、子どもが切れそうになっていて、でも志望校がかかっているのに、ここで喧嘩を買われても困るから、止めるのにこちらも必死で、もう、この人がいなくなるまで、神経すり減らす羽目になった。
姿見たんだけど、冬だってンのに、素足におしゃれっぽいサンダルだし、足にペティキュア施している割に、ズボンは、スポーツウェア系だし、バッグもそっち系、だが、上半身はエレガント系・・・ともかく身に着けているものが、申し訳ないけどちぐはぐで、次回より、一人で通院させようとしたけど、こんなのがうろついていたら危険だわ・・・ってことで次回からもまた、参戦することになったのは言うまでもない。
子ども、あたしより体がでかいんですけど、そんな子供に、危険なのがくっつきでもしたらヤバいだろうって、ついていく羽目になるとは・・・

それから、子どもと私が診察室に呼ばれた。
先生はやさしそうな人だった。
本当は、ここで検査だけ受けて、地元の病院に戻ろうとしたのだが、託しても大丈夫そうだし、出来れば、進学するまでに治してほしいので、このままお世話になることにした。
問題は、さっきの危険で変なオバサンについてだ、先生に問う。
「先ほど、申し訳ないのですが、変な方が待合で絡んでいたのですが、”あれ”はいつもここにいるんですか?ここに?少なくともここに来るなら、あれがいるかどうかで、私の出方が変わってきます」
「それなら、先の患者さんたちに聞きました。ここ1年は見たことないんですけど、多分、もう来ないと思います」

それなら話は早いし、キノコ持参は、担当医に話してくださったよう。
だが、使わなかった。症状だけで、もう十分だし、これ以上検査して、それもキノコはリスクが高いので、まあ死んでも困るからと、あっさり、アレルギー認定されたのである。リンゴとか他の食物なら、持参したもので検査をするらしいが、キノコはともかく、それについてもリスキーらしい。
ついでに、他のネタも治すまでに、ハウスダストやなんやの検査を受けることになった。
結果は次回に。

次回検診に関しては、受験とか、色々考慮してもらい、夕方になった。
そうなると、一人で来させるのは無理だから、やっぱり私が付いていく羽目になるわけだ。
子どもは肩の荷が下りたと言っていた。
そうだよなあ、簡単に受けられないネタだから、本人なりに迷ったんだよなあと。

結局大量の飲み薬と、塗り薬が出されたのである。

ちなみに、昼までには終了した。
運が良かったらしい。

今までは、消化器外科で、悲壮とまでは言わないが、そんな状態に近いところで、待っていたので、また科が変われば、色々あるんだし、受診する人たちも変わってくるのだと。
まあ、先生も優しいかただし、何とかなるでしょう。たぶん。
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幼稚園に

2014-12-11 19:49:18 | Weblog
何年かぶりに行ってみた。

子どもが世話になった幼稚園の先生とまだ、なんだかんだで縁があって、一回死にかけの私が、こないだから家を整理したら、あれもこれもと出てきたのである。

それで、メールにて”幼稚園で使いますか?”って伺ったら、先生”ください”・・・
リストを出して、必要ってことだったので、今日お持ちして見ました。
お持ちするまでに、1週間近くかかってる。(;´・ω・)

そしたら、あちこち変わってんの。そりゃ子どもが園を卒園して何年かって話で、10年近く前の話である。
事務室で、先生を呼んでいただき、ブツを渡したのだが、見れば、子どもの担任だった先生もいらっしゃるようなのだが、いかんせん術後に視力が落ちて、確認も出来ず・・・スミマセンでした。

ここは、子どもと一緒に決めた幼稚園である。
正確に言えば、近所の幼稚園か、国立大付属か私立の小学校を狙うかどうかで、お受験幼稚園とこの辺で呼ばれし園の二つを、嫌ってほど確認して(怪しい車がおる!とか言って通報されなくて良かったです)、子どもが「近所がいい」・・・
その一言で決めた。「ただし、自分で言い出したことだから、ちゃんと3年間頑張って通おうね」と約束して。
正直、園のコンセプトが私と合わないと思ったのだが、通うのは私ではないからして。
入学式の後、数日たたないうちに参観日があったのだが、家人のカマロで乗り付けたら、いきなり10人くらいいた保護者が、私が車から降りた途端、道を開けた。さながらモーゼの十戒状態。
はぁ?何が起こった?今日も良く見たけど、外車いなかったな。
しばらくは、あの車・・誰のだ?!って保護者の間で、車の持ち主探しがあったらしい。それを知ったのは、一年後だったんですけどね。
一部の人は知ってましたけど。

ここで決めたのは、自分からはここには突っ込まないと決めた。
挨拶はするが、極力つるまない方がいいなと。

最初こそこんな感じだったが、卒園するころには、フレンドリーなお母様方のおかげで、楽しく出ることが出来た。
先生もそう、子どもに十分すぎるくらいの愛情をくださった。

そして、先週子どもが保育実習に出向き、話には聞いていた。

当時からいらっしゃる先生たちは、相変わらずで、全然老けてもない。
実際問題、エステの皮膚解剖生理学が先生たちにあてはまるんだろうかと、内心思う。確かに年齢的な衰えがないわけじゃないのだが、ほとんど当時から変化がないんだってば!!仕事柄、皮膚への刺激って言うのか、私より多いはずなんです。プールあるし、外遊びあるし、教師やってた伯母が、「私は教師の頃は、外も中もなかったので、今しみだらけだ!!」って去年、父のオペ中におっしゃっていたけども、何気に見たけど、ほとんどなし。

高い化粧品だのケアだの以前に、子どもに囲まれていると老けないのか??興味のある案件である。

5分くらい立ち話して、帰ることにしたのだが、外では園バスが・・・バスの邪魔にならないようにしていたら、本日のバスに乗っていた先生が、「あっ、○○君のお母さん!!」
私は、感染症予防のために、マスク等欠かせない。マスクだしノーメイクだし、それでも年数経っているのに、あっさりばれるんか・・・・とびっくりしたのだが。予防はなんでかって言えば、吐き気が来た時に、傷口に一番激しいダメージを食うから。
だから、風邪も怖いが、他の感染症も怖いが本音。

挨拶して、立ち話になる。
「○○君、立派になられましたね」・・・あれ見たら、そう言うしかないわなと思いつつ。昔は確かに可愛かったが、現在角刈りだし。

「この間○○君いらしてましたね。私声かけたんです」「もしかして、子どもが名前は忘れたが、声をかけられたと言っておりましたが、先生でしたか?」
「そうなんです。多分忘れられていると思いましたが」と。
「それが、先生に悪いことをしたのですけども、本人、帰宅して思い出したそうです。”かーちゃん、声をかけられて、その時は名前が出てこなかったが、その先生は俺を穴からはまったのを救出してくれた先生だ!!って言っておりました」
実は、担任の先生ではなかったが、園バスや何かで関わる先生だった。元気な先生のイメージがあるのだが、その先生、子どもが砂場だかの穴にはまってしまったのを、もう一人の先生と救出して、砂をはらってくださったのだそうだ。その説明をした。
子どもって、妙なことを覚えてるもんだと。
先生も驚いておいでだったけど、挨拶してお別れ。園児が先生待っているもんね。

事務室の先生に園児の親と間違われたんだけど、こんな老けた親おらんやろ・・・と一瞬思ったが、いたわ、そう言えば。あっちこっちに。
残念だが、もう子どもは産めないし。おそらく子どもにそう言う期待もしてないので、孫もないだろうし、今の状況なら、お嫁さん次第だもんなあ、孫抱かせてもらえるのは。

それにしても、親にしても元上司たちにしても、孫となれば、目の色を変える人たちがいる。
なつけば、よその子どもだってかわいい私からしたら、よくわからない。

だが、確かに子どもの集団でも園児はかわいいから、何か若返るとか、元気になるんだろうなあって言うのはわかるんだけど。



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女同士の話

2014-12-09 16:47:34 | Weblog
私と母は、どっちかと言えば淡々とした関係で、家庭の事情もあるのだが、昔の人や、一部地域で、子どもを姑に育てさせるとかあったけど、それに近い感じだったらしい。

学校関係は母が、制服の管理や、何か必要なものがあるときに、手配するのが祖母だった・・・記憶がある。
例えば、次の日までに○○を持参・・・となれば、本人で用意できない物は、祖母がやってくれていたのである。

って言うか、私は母から育てられた記憶があんまりないのだ。
だから、参観日や、学年で親子なんちゃらってイベントで、お母さん独占しているそれが不思議でならなかったのである。

母にしたら、介護もあったし、病弱なのや、下に兄弟がいれば、結局手のかからない私は、父か祖母か、分家に預けられたからである。

そんな私は、さっさと実家に見切りをつけて、嫁いだ。
だが、天はそのままにはしなかったらしい。

さっさと嫁いだけど、今度は女同士として、話をしてくれるようになったのである。家にいたままでは、してくれないような話だ。ここで言うのは。
親戚の内部事情とかそう言うのも込で。
最近聞くようになったのは、苦労した親戚の話とか。
自分だって苦労していると思うよ。ただ、母は苦労もしてきたけど、今がある。
一方で農作業もなく、適当に街中で主婦をしている私には、大して悩みがないと思っていたらしいが、残念ながら、私も人に言えない苦労くらいあって、そのネタが、凄まじかったもんだから、絶句していた。
まあ、家人とその親が私を怒らせることがなければ、墓場まで持って行ってやるが、そうじゃなりゃ、奴らにもれなく暴露して、地獄に叩き落とせるネタです。

去年のこの頃、私は平日限定で、病人の世話に明け暮れていた。
腹帯洗濯に、パンツにまでアイロンかけて、気がくるっているんじゃないかと思うくらいの生活で、その一方で、病院に行けば、まあお客さんの対応もしなきゃならない。
ただ、運が良いことに、私はそこまで面倒なお客様対応はしてないし、本当に来てほしくないのがくれば、追い返してやろうと思ったが、それすらも叶わず。

だが一つだけ、ふざけんな!!って切れそうになったネタはあった。
それが、祖母の兄弟筋の方がお見舞いにきて、対応をした私に、全く悪気はなかったのだが、「あんた、子ども一人でしょ?もう一人作んなさい。おねえちゃんとこ、二人目うまれたんでしょ?」
「私も40過ぎましたけど・・・そういうわけでもう無理です」「まだ大丈夫だから、一人じゃかわいそうだからもう一人ね!!」
正直ぶん殴ってやろうかと思ったんだけど・・・なんとか抑えた。営業スマイルで。

そりゃね、子ども産んだ方は、ハッピーハッピーでしょうよ、幸せの真っ最中で、親の面倒も看ていない。だが、こっちは親の面倒見ながら修羅場ブッコいてんのに、何お花畑なことぬかしてるんだ!!と。家のことをうっちゃいといて、病院まで出向いているこっちはなんなんだ!!と。

お母さんには、低い声で愚痴った。
「あのねー、大叔母さんがきたんだけどね、なんでわざわざこの年で、何がうれしゅうて、病院で二人目とか言われなきゃならんのだ!!おとーさん、全然回復してないどころか、再手術だなんだって話の時に。余計なお世話どころか、一人でもいたら十分だろうに、なんでこんな時にこんなこと言われなきゃならんのだ」

その答えが一年後にやってきた。
根には持ってないと言えばウソだけど、まあ悪気もないのはわかってるし、子どもがいない方だから、思うところもあったのもわかる、だが、その話は各家庭の事情だから、本来なら踏み込まない・・・が礼儀だろうと思われ。
「実は・・・あの方は、結婚して子どもに恵まれたのだけど、結婚前か結婚後かわからないが、大病をされて、泣く泣く姑に言われて、子どもをあきらめたから、そう言うことをおっしゃったのだと思う」と。

今なら、その病気で死ぬこともないし、偏見も以前よりはマシになっているから、それで子どもを諦めることはない。
昔だから、間違った知識や偏見もあったし、実際ネットで調べれば、その話は確かに出てきた。
まあ、他にもあるんだけど、人に言えない難儀と言うのを、されているが故のことだから、許してあげてってことらしい。
「今度言われたら、あたしゃ子ども出来ませんって言えるわね」って鼻で笑って終了。

確かに親戚で、悪気なく暴言吐いちゃう人は数人いて、聞けば、どれもこれも苦労していると。
そして、田舎のネタだから、マナーもへったくれも多少ないのはわからないでもない。

そして、女は大なり小なり苦労をすると相場は決まっている。
どんな人でも、順風満帆な生活をしていると思っていても、一回二回は大どんでん返しがあって、実は私にもあった。

これでも、夫の親族には、何を言われても我慢して、法要等でやれることは必死でやってきた私だったが、これを36の時に覆された。
家人だってそうだった。舅が間抜けなことを判断して、それを実行したからである。
今までの苦労はなんだったんだ?って思ったのと同時に、今後は詫びられない限り、一切の手を出さないと決めた。
同じ嫁でも、私だけが大変で、もう一人は、嫁いできても全然苦労もなにもなしできた、挙句のことだった。
そりゃ、私がサンドバッグ状態だったから、そうでしょうとも。

おそらく私が手を引いてから、どうなったかは知らないけどね。

親は、私がなんで舅関連で、一切の手を引いたかは知っているし、「人として、人を扱ってこなかった結果が今。だったら、金はあるんだし別に問題ないじゃん」
「誰も行かないとか、きっと寂しいと思うから、なんとかしてあげなさい」
「無理」
正当な扱いをしていれば、こんなことにはなってない。
助けてほしければ、詫びれば水には流すかどうかわからないが、まあ手は貸さないこともなし。
そう言うもんだ。

あのなぁ、通夜後の通夜ふるまいの食事、私が一番最後で、残り物しかないとか、親せき宅で私だけ座布団も席もない上に、お茶も食事もすすめてもらえないとか、そう言うことを人にやってきて、逆に困った時に、助けてもらえると思うのか?
寝言なら寝て言えって話。

最後に母には言っておきました。
「女で、某病気で、某所を持って行かれたのは、婚家のイビリとか、なにかしら夫が決定打になって、持って行かれるのが多いんだよ。私も持っていかれたけどね」
知らなかった模様です。唖然としておりましたから。だが、古い文献にもあるんだな、これが。


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術後1年経過

2014-12-08 17:45:02 | Weblog
これ、私ではありません。

親です。

食道がんから、何とか復活して、1年です。
どうにも聞いてるうちに、軽く考えすぎてたと言うか、生存率があまり高くないネタだと、日数が経つにつれ知った。

本日、血液検査と、胃カメラとCT検査と診察。
本日のネタが多いが、1年に1度は、胃カメラの必要があると言う。
それでも、放射線を選択してしまえば、胃カメラ飲み込み率が上がるそうで、本人もそれが多くない方がいいからと、抗がん剤で小さくして、切除したのである。

去年のこの頃は笑っている場合でもなければ、修羅場の真っただ中で。

全部の検査が済んで、診察室に全員呼び出された。
傷の状態も、中の状態も、問題なかったそうだが、仕方ないが、食道と胃の縫合部分が、盛り上がっていて、そこだけ管が狭くなっているので、物が詰まりやすいって言うのは、そのせいだったのだなと。本人も引っかかる感触はあるそうだが、周りも同じ目に遭ったことが無いから、わからないのである。苦しいのは本人。
だいたい詰まらせるものは決まっていて、アスパラガスの筋だとか、白身魚とか、かたい肉とかが詰まった状態で、患者さんがやってくると先生。
本人が言うには、豆腐が一番ひっかかりやすいらしい。

だが、CTでも先生よりも専門がいるらしくて、そこの先生にもチェックしていただき、特に問題がなければ、連絡もしませんし、次回4か月後と。
半年後にはしてもらえず。

だが、先生が、親が普通に仕事をしているって言ったら、一瞬にやって笑ったのを、親と私は見逃さなかった。

親は、その先生に全面的に信頼を置いている。
最初はとっつきにくい方なんだろうかと思ったけど、確かに喋りが素朴って言うか、わからなかった。
だが、自分のオペに関して、とことんまじめで、責任を持とうとされているのだなと、1年たってわかった。

診察も済んだし、約束通り、デパートに移動して、昼食を取った後、今度は買い出しに。
親のネタに付き添うのは、普段からも楽じゃないが、いかんせんこっちも、術後3か月しか経過してないので、途中で腹が痛みだす。
だが、親もしょっちゅうしょっちゅうこっちに出てくるわけではないので、買える物は買えば?って。

そして、最後にお茶をした。まさか、親と店で茶をするとは思わず。
お金いっぱい使わせちゃったよ・・・
これも、元気になったから出来ることなんだよね。
5年後に生存しているかどうかわからないけど、出来れば生きてほしいし、再発もなしで。
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友達が来てくれた

2014-12-05 16:38:22 | Weblog
中学の時からの友達が、うちに来てくれた。

おそらくは、私の容態も気にかかってのことだと思うのだが、いかんせん、ガス工事中で付近のアスファルトがはがされちゃってる。
近くに車を止めて、歩いてきてくれることになって、誠に申し訳なかったのだが、約束のビーフシチューとサラダ、パンだけは用意しておいた。

入院時は、誰も来てくれるなとお願いしたら、ちゃんとお願いを聞いてくれた。
ありがたいことである。

他に用事があったそうなのだが、それのついでに寄ってくれたらしい。

それと、妹から託されていたコート類を渡す。
だが、それやっていたら、ご飯が食えないから。中断。

結局、一回使ったけど、使わずにいた着物の髪飾りとか、入院前に処分しなかったスーツ類や、パーティドレスが出てきたので、必要か?って聞いたら、引き取ってくれた。多分、ドレスなどは娘が着用。
クローゼット少しスカスカになった。
それと、黄ばんだのは申し訳ないんだけど、捨てることにした。良い整理になった。
親に買ってもらったのは、中々捨てられなかったが、やっと決心がついた。
つーかサイズ変動したから、スーツ買わないとね、入学式用の。正直ジャケットさえなんとかなれば、後は黒いのが何枚かあるから、着回すだけでよい。
一回死にかければあれもこれもと思わないし、最低限があれば良い。先では着ないだろう。

問題は、私が更にアホ度を増していたので、友達は困っていた。
なんでそうなった?と聞くので、朗らかに「手術室に必要なものとか、不必要なものとか、全ておいてきました」
「必要なものは置いてくるな!!」って怒られましたけど、仕方ないね。どういうわけか、遠慮って言葉まで捨ててきたんだから。
遠慮していたら、内臓一つ持って行かれると学習した私の頭と体は、遠慮は捨て去り、容赦ない。
我慢すれば、次の内臓を持って行かれるであろう。だから、誰にも遠慮はしない。
昨日も、帰宅した途端、ガレージの真ん前に工事車両止めて、どっちからでも車庫入れが出来ない状態で、あったりまえのように止められていたので、クラクション鳴らして、車から飛び降りて、工事の奴らに向かい、一人が「な・・なんですか」とか舐めたことを抜かすから、「何べんも同じこと言わすな~!!」「ここに車止められたら、こっちは車庫入れも出来ねーんだ!!さっさと、このトラックどかせろーーーーー!!!」
どーでもいいお前らが、人の時間を、たとえ1分でも使うな。ここまで切れるときは、こっちも刺される覚悟くらいあって言う。
腹こそダメージを受けているが、声楽ちょっくらやっていたこともあって・・・多分迫力と声はMaxだったはず。
ついでに、近隣もこれで、うちには喧嘩を売ってこないだろうさ。

ついでに、更に舐めたことぬかしたら、「いい加減工事止められたいんかー!!」って用意していたのだが、そこまでは言う必要はなく。

だがね、ガードマンやっているのなら、車の動きくらいちゃんと見とけ!こっちはガス工事のせいで、同じことを今シーズン10回以上は抜かしてるんだ。
言い飽きたし。ついでにな、まともなガードマンなら、車の動きだけで、「すみませーん!すぐ動かします~」ってやってくれるよ。使えないお前は無駄に年食ってて給料泥棒かよ?!って切れそうになった。
だが、女に怒鳴られたことがなかったみたいで、後からそのおっさんびびってやんの。あたし見るたびに背中向けやがるんだ。これが。仕事せーよ。
悪いが、不味いって思ったんなら、車から降りた時に「すみませんでした」くらい言えばそれで終わりであって、アホか。気分が悪いわ。
ほとんどの人はわざわざガレージに来て、「すんませんでした」っておっしゃるから、「ああこっちも悪かったね。今日はもう出ないから、後は止めてもいいし、もし何か急用で出ることがあったら、また迷惑かけます」くらいは言うのだが、謝らない奴は知らん。一生困ってろ。

友達に言ったら、「お前より、そっちのしょっちゅう車を入れられない方に問題があるだろ」ってぼやいてた。
家人は「いつまで工事してるんだ・・・」ってぼやいていた。
どーせ警察には許可を取って工事をしているのだから、文句言ったところで無駄だし。

友達は何故か、ストーン占いだかで、婦人病に気をつけましょうとやられたそうだ。
だから、言う。
「開腹までさせられたらやばいから、普段から出来る養生はしときな」と。
レーザーや腹腔鏡なら、まだ開腹よりはましだし、回復も早いが、切ったらアウトだと。
ただ、術後に数時間もしないうちに、水分だけは取れたことを伝えたら、「今はそんななのー」って驚いていた。
そして、術後に家人が執刀医に呼び出されたネタ。

トレイには私の内臓一つ・・家人は、説明時に、私の切り取った内臓が出されたのだが、「気持ち悪くなるようなら下げます」と執刀医。
「写メしていいですか~」と家人。
「ほ・・本当に大丈夫ですか??」
写メは私との約束だったのだが、ちゃんと見せてくれましたが、家人は手術中に意識があれば、手術内容をチェックするようなタイプだから、平気だったそうだ。実際その後に、焼き肉食ったそうだし・・・
友達は、自分の術後のブツの写真とか、実際見たかったそうだが、全身麻酔で見られなくて残念だったと言うので、その場に立ち会った私は、
「砂肝・・・あれと一緒だってば」
「すなぎもゆーな!!」
「似てたし・・・それに、フィルムケースみたいなんに入れられた患部ですけど、あれを娘に撮って来い言うたら、あんた鬼よりひどいってことになるし・・・」
あの砂肝は一体何だったんか、私は知らないし、術式も出したネタも何物か知らなかったが、手術当日呼び出されて、立ち会ってくれと頼まれたので。
友達の娘と立ち会いましたけども、私のよりはグロくはなかったんだな。

私のはタコだった・・・そう言うわけで、友達は砂肝らしきものを、私はタコらしきものを取りだしたことになる。
何かのたびに、タコが・・砂肝が・・・って死ぬまで言うんだろう。

だが、内容自体は大変だったそうだ。

本当は、私が持って行ってあげられたら良かったんだけど。

メールじゃほぼ毎日やりとりしているけど、元気そうで良かった。
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術後の女の恨み

2014-12-02 21:54:13 | Weblog
これは私の話ではないと、先に前置き。

私は内臓持って行かれた残念な気持ちはあるけど、切った痛みを除けば、格段に過ごしやすくなったから、まあ文句を言えば罰が当たる。

他の人の話。
術後に家族のある女の人が、退院して、どれだけ楽をさせてもらえるかと言えば、かなり出来た男性でもない限り、寝られて当たり前な状態でないだろうと思われる。
うちも例外じゃなかった。退院日からソッコー動いておりました。
しんどいなんてもんじゃない、味わったものしかわからない感覚。
術後すぐの、トイレに立っただけで、疲れ果てて1時間の仮眠よりはマシになっているが、それでも10分動けば、座るか横になるかして休まないと大変なことになる。
今は術後3か月まで行かないけど、家事はなんとかなるようになった。
たまに助けてもらうけど。風呂掃除をまともにやっただけで、勝手に腹を下すとか、すごい状態ではあるのだが、まあ動ける幸せも噛みしめている。

今度は私の話ではない。
20年以上前に、私と同じように内臓を持っていかれた人の話。

こちらは、たまたまご主人の会社の”妻”対象の人間ドッグにかかり、発覚したのだそうだ。
ちなみに、そのシステムを持っている会社の話は、初めて聞いた。
それで、子どもも大きかったし、なるべく早い方がいいと、この頃の時期に入院して、手術。
当時の入院は3週間だったそうだ。
それで、退院するころには正月前。

まじめな人がやるネタと言えば、家族が心配だから、早く出せ!!って出たのが、その人の運のツキだった。
不真面目だったら、その人だって、正月を病院で過ごして、それから出ても良かったのだ。

問題は退院後。
当時の技術だと最先端でも、まあそのくらいだったそうだが、出た時の状態が、まあふらふら歩くような状態で出てきたけど、正月は目の前。
そして、別居の舅が正月に来るのを、ご主人が断らなかったとかで、娘さん連れて、正月の買い出しに出たけど、自分はフラフラで、確かに娘さん達は、手伝ってくれたが、どうして、その状態でご主人が舅を来させてもうたか、ご主人にはご兄弟がいたが、その人たちがなんで、この状態だと知っていて、止めなかったのか、恨んでも恨み切れないとおっしゃった。

恨みの矛先が結局、婚家全員に行ってます。こりゃ当然と言えば当然です。
同じ病気をしたものだって、その中にいたのに、そいつらが、この度は遠慮しておけとか、庇うとかなければ、当然です。

だが、わたしにしたら、これは連帯責任だと思うのだ。

まず、ご主人が一番悪いとは思う。とても良い方なので、責めるのは忍びないが、なんでピンシャンしてる”舅”優先だったのかってことだ。
一人で親を正月迎えさせるのも忍びないだろうけど、自分が妻に代わってやらないなら、呼んではいけなかった。
だが、戦前生まれの男性が、家事を上手にこなすとか二極分化してる時代だから微妙。妻の代わりをしないなら良い顔をするのは良くない。

そして子どもさん達。子どもではない年齢だったようだが。
家事の切り回しが下手だなと、って言うか、当時でも、おせちの注文は出来てた、特に街中なら。
味は店のだと、格段に落ちると見た。奥さん料理上手だから。
予約するとか、買い出しはちゃんと行くからって、おかんを止めてやれよって話。頼むから寝とけ!!くらいは言えるでしょう。確かに正月の物は気を使うものが多いが、退院後なら、そこも奥さんが妥協すれば良かったのだが、舅が来るとなればそうもいかないのもわかるんだから、子どもが何とかしてやれ。
もしくは全力で、オヤジに反撃せぃ!!って話。

ご主人の兄弟筋に至っては、性格が悪いを通り越してる。
嫁いで出た身でどのくらいの権限があったか不明だが、自分がつらい思いをしているなら、他人にさせるなんてとんでもない話で。
親を正月に預かるにしても、婚家に舅姑がいれば難しいだろうし、行くのも難しいと思うが、術後退院して間もない者に、押し付けるとかないわ。

まあ後者に至っては、結局寿命が平均まで行かなかったようで。ついでに友達もいなかったそうだ。

正月の支度って、家みたいに、おせち料理をほとんど作らない家でも大変だ。
うちなどは、黒豆と、数の子と、雑煮の出汁だけは、本気で仕込むが、あとは適当。
それだって、11月末から、買い出し表を作って、買っていく。
痛む腹抱えて、どれだけ難儀だったか、今の私にはわかる。

今年は分散させるために、黒豆だけは、先に作っておいて、瓶詰保存(煮沸付)をしておこうかと思う。
毎年、鍋が使い放題で、足りなくなるし、明日にでも、煮沸の瓶、捜してくるか。

わたしもおかげさまで、腹に傷は完全にくっついてるし、ただ、疲れやすいのは相変わらずで。まだ無理がきかない。





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