再就職&これが私の修行の道!

再就職して時間だけ無駄に経過しています

心配してたんだ・・・

2014-09-26 15:50:38 | Weblog
はあ、ありがとうございます。こんな反応でスミマセン。

今日は、家人の会社まで車で行き、乗り捨てられた車に乗って、退院後初めての某所スーパーでの買い物。
家人には止められたのですが、そうは言っても、家が回らないようじゃあ・・・最悪は午後から少し仮眠取ればいいやくらいに思っていた。
お腹に来るようなら、座って休むとかすればいいし。
当然重いのは無理、カートに引きずられながら、お菓子を、食材を買いあさった。ネットスーパーじゃ限界があって。しんどいながらも、自分で買い物が出来るありがたさをかみしめる。

快気祝いも、姪のだけ、まだ見つからないが、他はすべてゲット。何だったら喜んでくれるのだろうか。

そして、最後にスタバに行き、退院したことを、生きかえったことをかみしめた。残念だったのは、コーヒーは飲めなかったことである。
だが、店員さんが親切で、何か幸せな気持ちになった。

家に帰宅して、昼ご飯を食べた後、携帯に一本の連絡が・・・

知り合いからである。
「何時退院したんだ!!!」はあ、最初からそうきましたか。
最近だと伝え、どうなんだ??って聞かれたので、現状を簡単に喋っておいた。
腹帯が当然取れないこと、傷口のテープがまだ残っていること、そしたら、
「心配していたんだ!!!」はあ、ありがとうございます。
「手術は聞いていたが、心配でも、こちらから連絡しようにも・・・」
それは、しようと思えばできますやん。こっちも電話に出られなきゃ、メールで、電話に出られませんって返すし。
そういうの、世間では、”言い訳”って申しますの。

入院した病院名聞いて、唖然としていた。
最終的に回されたのがそこだったんだけど。
だがな、帝王切開で内臓産むバカはいません。
どんな思考回路や。微妙に傷ついたわ。

なんでそうなったんだ?!って怒られたから、他に気を取られて、病院に駆け込むのが遅かったんですよと、茶を濁す。
要因はストレスだろうけど、やることやってからじゃないと、自分の治療なんてできませんぜ。

そして、お父さんはどうなんだ?って聞いてくるから、実は以前に会社を譲渡したのに、返却されてきたこと、返却されたのが、どうにも譲渡先で会社を回すことが出来なくて返されたこと、従い、退院してその日のうちに車で会社に行ったこと、社長はさすがに、もうやっていないけど、未だに普通に仕事に出ていること、親だけど、あれは化け物なんじゃないかと私は思うって、かいつまんで説明したら、うなっていた。
会社自体は、私より年上だと言ったら、更にうなっていた。
結局、「長いな。お父さんじゃないと、回せなかったんだな」まあ、言われなくてもその通りで、実際に、入院中、携帯には、ずっと社員やお客様からひっきりなしに連絡があったこと、集中治療室にいるときに、譲渡先の人間が押しかけてきたことなんかも、かいつまんで喋ったら、もううなるしかなかったようだ。
ちなみに、引き継いでこれだったそうだ。

そして、私に無理をしないようとおっしゃるから、
「あー、この家にいたら、絶対無理ですよね」
「なんでだ?」
「なんでって、ここにいれば休めない。実際、入院中家を動かしていたのは子どもでした。私が出てきたら、子どもだって、動きたくもなくなります。手伝ってはくれてもたかが知れていて、休養なんてとんでもないってことに」
「ダンナは忙しいなら、そうなるだろ」
「そうかもしれませんが、だからって子どもばっかりがやることもないだろうと、実際、子どもは私が仕込んだんですから、そこそこにはやりますが、だからって・・・それに、退院後生命線が短くなりました。長生きも期待できません。術前は葬式もちらつきました」
「葬式はないだろうと思うが。手は・・短くなったとか、わかるんか?」
「実際見たから言うのですが、父が手術前には、生命線の場所に妨害線が出ていたけど、術後、そいつは消えてなくなりました。たった数日のことでしたが、あの違い見てびっくりしましたので・・・自分のだってそうです」
「生命線手術で伸ばしてもらえよ!!」
「はあ、その前に、この口閉じられるのが多分先・・・口悪いから」
「・・・・それで、子どもはいまいくつなんだ!!」
「中学生ですけど」
一度私の子を見たのが、本当の子どもの時で、今じゃ子どもが家人と間違われ、家人が子どもに間違われ・・・

「・・・・でどんなん?」
「ああ、学校一の品行方正・・・」←半分正しいが、半分嘘。
「おい、ちったぁ悪いこともやらせとけ」
「はあ、そいつは実家専門でやっておりますが?」
「そうか、それならいい」
まあ、じいさまの農機具乗りまくりと(個人的憂さ晴らしはこれらしい)、害獣化した生き物をパチンコで打って、気絶させるくらいはしている。
ついでに、学校にははむかってくる敵さんはいないようで。まあ腕を見たらなあ・・・

害獣に関しては、それやるのは忍びないが、荒らされるのもだし、結局一回痛い思いをしたら、来なくなるので。

「ともかく早く治せ、それで・・・ちゃんと治ったら・・・じゃあな!」

はぁ・・・ちゃんと治ったらなんですの?そこ濁すんじゃない。

その上、人のネタ聞いて爆笑している場合ではない。
私が、色々笑ってごまかしているのには、気づかなかったらしい。

だけど、誰かが心配してくれたら、心配してくれた分、体が良くなるような気がします。
どうせ、次見た時には、元気そうじゃないかってそれで終わるんだろうけど。







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だーっ

2014-09-25 14:10:33 | Weblog
退院1週間経った。

劇的に軽くはなったと思う、痛みも。
まだ、傷口テープも全部ははがれていないんだけど。

今日は多少痛む腹を抱えて、車に乗り込んで、デパートに行く。
快気祝いのお返し確保のためである。だが、車の運転、多少マシになったが、腹がフガフガした感じ。下り坂しんどい、ブレーキしんどい。車のおかげで、細かい揺れが来ないだけマシ。明日は足をしなきゃならないから、乗り慣れた方がいい。

そちらで、商品券やお返しの洗剤を確保して、子どもの本確保して、デパ地下でとんかつ買って、ギブアップ。
重いものは、長いことは持てないのは相変わらずか。
姪の快気祝いだけ、買いそびれてもうた。

実は私のかわいい姪は、私の入院中、どうしてもお見舞いに来てやろうと思ってくれたそうだ。
だが、母や妹に説得されたものの、やっぱりこの間実家で、「おばちゃん今どこなの?」と母は言われて、「退院してるよ」って言ったら、オカンムリだったらしい。お守りくれたお礼に、入院中にしたためた手紙と、妹に託しておいた誕生日プレゼントは受け取ってくれたようだが、私にしたら、入院は必要最小限しか言ってない上に、術後は、案の定、動けないわ痛いわで、超が付く、ガルルルルな状態で、姪に八つ当たり何てしたらとんでもないことだから、極力来てもらわないようにしてあったのだが。
それでも、かわいそうなことをしたなあと思うし、その気持ちはすごく嬉しくて、形だけでも本人にはお礼はしたい。
手術前に姪のくれたビーズの指輪と、子どもがくれたファンルームで作ったブレスレットがどれだけ慰めになったことか。

だが、頭から汗が噴き出した時点で、買い物終了。残りはネットスーパーの世話になろう。

そして午後。まったり編み物をしていたら、外に誰かいる。
誰かと思ったら、近所の伝説のばーさんである。うちに用って何だろうか?

そしたら、3軒すっ飛ばして回覧板がやってきた。
全部留守なうえに、募金付だったようで、うちに回ってきたらしい。

お隣さんは、今日昼が留守なだけで、別にいなくてどうとかではないのだが、まあ高齢な方を引きずり回しの刑にするのも申し訳ないので、回覧板は預かった・・

問題はここからだった。
「あなた病気だったの?」と・・・
ばれちゃまずい。隣の奥さんにだって、「近隣に、あたしのことを聞かれたら、研修中で留守だったって言っておいてください」

「いえ、病気じゃないですよ~回覧板ありがとうございます。ちゃんと回しておきますね」

そしたら、今度は子どもの話になった。
うちの子、このお方は、色んな意味で大変危険なので、何があってもご挨拶は欠かさぬこと!!と、幼少時から言い聞かせているだけあって、この方と、近隣の顔見知りの方には、絶対見たら挨拶するようにと、言ってある。
忠実に守っているようで、この方はいつも、「ぼっちゃん挨拶してくれるのよー、嬉しいのよー」と繰り返して、「ぼっちゃんによろしくねぇ~♪」と何度も繰り返してお帰りになった。

・・と思った10分後、また外で音がする。
そしたら、先ほどのお方、「ごめんー、着物(回覧板入れる袋)忘れていたわー」と以下、子どもの賛美(まるっきり同じことの繰り返し・・・)

ワタシャ二度も同じのをやられて、その場で、うずくまるかと思った。まあもともと痩せてないから、腹帯していてもわからんだろうし、服もそんな感じ。
だが、きついのはきつい。その上、まるっきり同じこと言われて、時間持って行かれたら、その場にうずくまるしかないだろう。
困ったもんだ。噂には聞いていたが・・・これほどとは。
それに、私だってうかつなことは言えないことに変わりはなく。

まあ、夕方に回覧板は隣に回せばいいし。子どもには以下、報告しておこう。

うちは、挨拶する子どもってことで、認定されているが、今それが慰みになっているとおっしゃってるが、実のところ、逆に幼少時は助けてもらっているとは思う。まあ余計なことは近隣で言うなって、やらかしたうえでのことだが。
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退院日

2014-09-24 14:41:22 | Weblog
やっと退院だよ~
だが、問題もある。トイレである。

朝ごはん食べて、荷造りしてたら、家人がやってきて、それから支払等済ませてくれた。
私は看護師の脈診等の診察受けて、出られます。
だが、私だけ当日の診察なし。なんで??

そう言うわけで、同室の方に挨拶して、エレベーターに行くと、婦長様以下、とりあえず手のすいている方が、お見送りに出てくださった。
あたしにもあるんだ、お見送り・・・お世話になりましたって頭下げて、去る。
家人が車を取ってきてくれて、乗り込むんだが、下半身に力が入らない。
変な感触。

それから、スーパーによって、多少買い出して帰宅。
やっぱり家はいい。

だが、その後に待っているのは、休み休みやらなきゃならない家事である。家人が手伝ってくれた。
しんどいのだが、それでも家は良い。

明るいうちにシャワーを浴びた。足の方は、中々洗えなかったが、今日やっと綺麗になった。

夕食だけは作った。グラタンである。食べたかったのだ。
だが、家族に出したら、美味いともまずいとも言わないで、黙々食べている。何じゃこの沈黙は!!

家に帰ったところで、痛みが軽減するわけではないのだけど、気分的に違う。問題は次の検診まで、それまでに体を戻さないといけない。

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オペ後9日目

2014-09-24 14:16:37 | Weblog
明日が退院かと思ったら、嬉しさもこみ上げる。

そして、同室の方が退院されることになった。
困っているときにナースステーションまで、わざわざ行ってくださった方である。

少し立ち話をした。
そしたら、私と全く同じ状態だったこと、自分の場合は他でガンが出たから、心配だったけど今回は出なかったこと、あなたは若いから、明日で退院よね…頑張ってねっておっしゃったので、私も自分のことをぼつぼつ話した。
実は付き添いで大学病院で倒れたのちに、この度のネタが発覚したこと、付き添いに気を取られていて、ここまで患部を大きくしてしまったこと、それに関しては全く後悔していないが、ガンが付きまとう怖さに関しては、付き添いとして、ずっとみてきたことをしゃべった。
さすがに驚いておいでだったが、事実だ。今金積まれても、同じことはやりたくない。

でも、どの年齢になっても、親は親なんだよなあ。
この方のお母様、結構なご高齢だったんだけど、頻繁にお見舞いにいらしていたし、何か看護師さんの話では、お母様、ご自分の娘がシャワー中、万が一倒れたらいけないからって、シャワー室のそばにずっと待機していらしたんだそうだ。
親はいつまでたっても親なんだって思った。

そして「あなたの旦那さん、優しそうな人ね」
・・・それ、どこでも言われます。実態知らないから言えます。

最後に、「お母さん、お母さんにお礼言って!!」
何のことかと思ったら、「お母さんいらしてたでしょう、声聞くたびに何故か元気が出たの!!だからお礼言っておいて、顔も見たことないんだけど」
これは、よくある話。珍しいことではないんだが、病人だった人に言われたのは初めてだった。
父が入院していた時も同室の患者さんの奥さんにも言われていた。

お礼をいって、別れた。
おそらく検診なんかで遭遇すれば、そのくらいだと思うが、何かのご縁があってのことだろう。お元気で。

今日もシャワーと売店。

売店でジュースを買うも、今までは冷たいのを飲むのが怖くて、時間たって飲んでいたが、冷たいミルミル飲んで、なんか生きかえった感じがした。
後は、階段歩行をした。

夕方、子どもに連絡していたら家人がやってきた。子どもには「ちょっとお父さん借りるね」って切って、少し持ち帰る荷物渡して、談話室へ。
見るたびに、「少しマシになったようだね」と言われ続けていた。明日には自宅。
世話になった。

久しぶりに家人送るついでに、外に出ることにした、10日ぶりの外、生ぬるい風・・・
家人に「明日ちゃんと拾いにこいよ~見捨てることのないように、金払わないと病院出られない・・」

費用は高額医療のネタで、そこまでではなかった。だが、実費だとなんじゃこりゃ?って金額になっていた。そんなにかかるんだって。
この金額で、250ccのちょっとした新車が買えそうである。
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オペ後8日目

2014-09-24 13:52:36 | Weblog
ほぼいつもどおりの朝。

ただ、就寝時間くらいに寝て、3時とか4時に目が覚めてから寝られないので、ぼーっと外眺めているんだけど。
今日もシャワーを浴びて、洗濯。暇な間にドラマ見て、歩行訓練。

今日は誰も来ないだろうってタカをくくっていた私が阿呆で、なんと昼過ぎ、私のベッド前で足が止まった・・・あり?あたしの面会客は今日はないはず・・・と思ったら、隣の奥さん。洗濯は途中であった。
おかしいな、病室は教えてないはずだし、病院側も教えないことになっているって聞いていたのになんだ?

よくよく聞いたら、受付で教えてくれなかったのを、無理やり「隣の家の者だから」って自分の住所確認までして、聞き出したって聞いて、内心そこまでするか!!って思った。正直こりゃ、危険だなあって。そこまでしても、絶対教えないのは大学病院と。

頼むから見習ってくれ!!とーちゃんの迷惑な面会客追い返して、良くやりました!!だったんだ。
とーちゃん、瀕死でSICUにいたとき、どさくさに紛れて、私たちに紛れ込んで入ろうとした馬鹿がいたんですけど、ごめん、私だったら、そいつ塩撒いて追い返してるから!大学病院GJでしたっ。

話は元に戻る。そして、お見舞い持ってきたのよ・・・っておっしゃるから良く見たら、案の定お見舞い品が食品・・・
一つは生もの。最近は、どこの病院も食べ物持ち込み禁止ですよ。まして、私は肝機能が良くなくて、あんまり余計なもん食うなって感じだったので、申し訳ないのだけど、2日後の退院の時に荷物があるのは困ること、食事制限かかっているから無理なので、申し訳ないのですが、持って帰ってください気持ちだけいただきますって持って帰ってもらうことにした。

だが、よくよく考えたら、同室の人たち、抗がん剤受けて、フルーツしか受け付けないとか言っていたから、あげても良かったのかなあと・・・
それにフルーツだけ持って来られても洗いようがないし・・・困ったもんです。

一方で、明日が退院の方とは、頻繁に会うようになり、挨拶とちょっとした立ち話をするようになっていた。

そして、お隣さんも案外騒々しいので、洗濯が済んでから、談話室に移動したんだけど・・・病人の隣に座って、やだ~とか言って、叩かないでください。傷に響きますが。って言うか、病院もなんで追い返してくれなかったんだ!!って思った。当人にもあれほど来ないでくださいってお願いしたんですよ。

本当なら、今日は売店に一人で行ってみようと思っていた。

こりゃ売店消えた・・・って頭の中で考えていた。面会は体力を奪っていく。
お隣さんは本当に親切なんだと思う。いたむ足抱えて、自分の身内の見舞いの後にわざわざここまで来てくださったのだ。
だが、こっちは休めるもんなら休みたいわけで・・・

お隣さんをエレベーターまで送り、ほっとして、少し座って休んで、やっぱり売店に行くことにした。
倒れても病院だっしぃ~とか思いつつ、だが、売店まで休まずに行けた。だが倒れても怖いので、ミルミルと小枝買って、退院用の快気祝いのカタログもらって、病室に。

そう言えば、食間に腹が減る感覚が戻った。ミルミルは少しずつ飲み、小枝は小分けになっているから一袋だけ食べた。
何か元気出た。

その後、執刀医がやってきて、術後の説明が始まった。
取りだした物の生々しい画像と、がん細胞は出てこなかったこと、特に経過に問題はないので、退院一週間後から、風呂OKの許可と、次回通院の話と、車に乗っていいかどうか伺ったら、OKが出ました。ただ、ここの先生、腕はいいとは聞いていたので、おそらく経過も悪くないのだと思う。
安心はした。
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オペ後7日目

2014-09-24 12:56:32 | Weblog
やっと1週間か。

本日、朝食後検診。トイレ済ませておいてください・・・って看護師に言われる。

朝食に出汁巻き卵が出てきたのだが、あんまり美味しくなくて、がっかりした。
どうみても業務用っぽい感じ、ただし病院用だと思われるが。

そして、検診に行くと、いつもは担当しない先生(海坊主)である。
そこで色んな検査をされ、まだ患部に血の塊があるけど、いずれ排出されますんで・・・と言われた後、ぶっちゃけて言えば、「早く検診に来てればこんなことにならなかったのに」的なことを、さも的に言われる。んなもん貴様に言われずともわかっておるわ!
だが、こっちにだって事情はあった。

貧血で大学病院で倒れた時には、親の世話が肩にかかっていて、当時ですら、検査の為、入院を言われたが、大学病院からの緊急連絡先に一番乗りにされた私が、はいそーですかって放棄なんて出来ませんでした。退院してもしばらくは、頻繁に通院だったし。次に、子どもがあと少しで手を離れる、出来ればそこまで引き延ばしたかった、だから、前の病院の先生を皆悪く言うのだが、私の事情を把握して、私に主導権を握らせてくれたN医師には感謝はあっても、文句なんてとんでもない話である。

診察室出るころにはずっと座っていて気分も悪かったが、それより、他人の感情無視で勝手放題言われた方が、頭にきていた。
こうなったら、意地でも最先端退院だって思った。当然、退院希望は出られるならすぐ!って言ってある。

暇を見て歩くようにしている。痛む腹抱えてお膳も下げている。

午後から、家人がやってきた。談話室で喋っていたら、家人宛に子どもからのメール。「母さんには内緒で、皆で病院に行きます」
家人「もうばれちゃっています」と返信していた。

家人はやることがあるからと、その後帰宅。仮眠取って目が覚めたころ、目の前に母がいた。
一人のわけはないなあって、思ったので、「ここだと迷惑だから、談話室行こうか」って言ったら、父と妹と子どもがきた。

一番気がかりだったのは子どもだったが、痩せてはいないようだ。

談話室に行く途中、2歳くらいの双子ちゃんが、アンパンマンのキャラのぬいぐるみ持って、よちよち歩いていたのをみて、父と「かわいいわね」と言ったら、父が「かわいらしいな」・・・双子ちゃんちょっとびっくり気味。怪しいじいさんと、腹抱えたおばはんにそんなことを言われたんじゃあね。
父はこっそり、「お前(オペ室)に何時間入っていたんだ?」と小声で聞いてきたので、簡単に説明した後、「お父さんには色々負けますが」と言っておく。

その後前を見たら、母がその双子ちゃんみてメロメロになっていた。わしらは一家そろって不審者か!!と思わなくもない。

談話室で15分くらい喋ったか。

どうにも、父は「子どもの見舞いに行かなくてどーする」って、自分の体さておいて、やってきたらしい。やれやれ・・・
あれほど来るなって言ったのに。今までも母と一緒に来ようとしたらしいが、仕事が忙しくて先伸ばしになったと聞いた。

この病院にPET検査受けに来て、まあいい気持はしないだろうに、悪いことをしてしまった。

だが、やっぱり子どもをみたら、早くに出ないとなあと。
そして、担当看護師さんは今日最後だからと、夕方、再度挨拶に来てくださったのである。
かなり若い方だったけど、先を見越して頑張っておられるのには、感嘆した。これからも頑張ってください。
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オペ後6日目

2014-09-23 06:49:44 | Weblog
早朝から採血。

朝ごはんを食べて、シャワーと洗濯。
卵料理が食べたいなあと思う。

この日から、しんどいけど、食べた後のお膳は自分で下げることにした。
だが、気合入れないと動けない。

経過はいいけど、腹部内で出血したものが塊になっていると言われ、血液検査で、貧血はなくなったが、肝数値が悪いことは術前と変わらず。術前よりはましになっていたらしい。だが、原因が不明。

担当の看護師さんから、退院後の説明がある。
だが、この後、研修に出られるとかで、退院する時に会えませんからと、挨拶を賜るのだ。
色々おせわになりました。

やっとうつぶせになれるようになった。傷も癒えているのだろう。ただ、内部が痛い。おそらく切除した場所であろう。

この日も家人が来てくれた。貴重な休みなのに申し訳ないと思う。
結局、多少動けるようになったので、面会客がくれば、談話室に逃げる。

同じ部屋の人に、退院の許可がおりた模様。
聞こえてくるので、仕方ないが、ガンが疑われていたそうだけど、病理に回した結果、ガン細胞は出てこなかったと聞いて、その方が、心の底から安堵されている様子が聞こえた。本当に良かったなあと思う。あの細胞出てくるだけで、家族が地獄に突き落とされる。
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オペ後5日目

2014-09-23 06:41:12 | Weblog
目の前のわいちゃっている方が退院していった。静かになった。
ずるずるやられたんじゃねえ・・・それも子どもじゃないんだから。

ご飯が、前よりは美味しく感じられるようになる。

今日は体調が悪かったので、シャワー中止で、体拭いたのと、シャンプー台でシャンプーした。
しかし、このシャンプー台、ありがたいんだけど、屈めない。髪が短いから、何とかなったけど、きつかった~。

このあたりから、自分のことが冷静に見られるようになったのだが。

傷口がかゆくなってきたのがこのあたり。治ってきているのだろう。

午後から、家人がやってきた。
私は大物の洗濯物を渡し、卵サンドが食べたいとぼやいたら、売店について行ってくれた。
しかし、売店までの遠いこと、元気なら何でもない距離だけど、途中で具合が悪くなるので、休みながら行く。
そこには、有名店のサンドイッチが置いてあって、卵サンドはなかったが、卵ハムサラダはあったので、それを買い、野菜ジュースを買ってもらう。
病室で、家人に一口だけもらって食べる。ちぎってもらったけど、ハムとレタスはちぎれず、結果的に卵サンドになったものを食べた。

他の物が食べたいと思って、食べられたのはラッキーであった。

この日くらいから、痛み止めも、昼は要らなくなってきた。
夜だけ。

だが、回診に回った先生・・・
人の腹、力任せに押さないでください。痛いわ!
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退院後のリベンジ

2014-09-22 16:59:33 | Weblog
まだ体調戻っていない。何か外でやるのは危険だと思ったが、私はこの日の為に出来ない苦労してきて、無駄にしてたまるかい!!

そういうわけで、本日参観日。家人には出るなと言われていたが、この日の為にあんな血反吐吐く思いしたんだからと車に乗り込む。
下腹部に力が入らないっていうか、何か抜けて空気が入っているような感触。それでも乗り慣れた車だし、たかだか走行距離は1キロ程度。

頭から汗流しながら、何とか学校に到着。
駐車場に関しては、教頭先生にお願いして、体調考慮して、近くに止めさせていただいた。教頭先生ありがとう。

そこで、本日の参観内容。音楽&進路説明会
病院からは出て1週間は立ち仕事や無理禁止と言われていたので、音楽の時は座っておりましたが。

さすがに音楽教師、私を見ただけでドン引いた。当然、私の話が担任経由で知れ渡っているのだったとしたら、病院でうなっているか、どうせ出てこられないとタカはくくっていたはず、だが、腹帯巻いてでも、腹開いてもこのためにきたんだ。後は倒れようとどうしようと知ったこっちゃない。

だが、どの学校も音楽室は学校の僻地にある。階段がそもそもまずい。意識が遠のくかと思う。
授業中も何度かブラックアウトが来そうになった。だがぎりぎりで持ちこたえる。

だが、この学校何かいるんだよね、空気からして。

その上、授業がリコーダーと合唱の練習、頭がくらくらしてきた。だが、私がいるだけで、十分な嫌がらせになると知っての上だ。
意地で粘る。

こいつのせいで、子どもが昨年苦しい思いをした。私たち親は振り回されて、親には詫び一つないどころか、あたしらみたら、踵返すとか挨拶しないとか色々問題ありすぎ。生活指導とか名乗っているバカにやることではない。子どもに教える資格がこの段階でないと思う。

それにしても、残念な授業だった。もう少し面白いのでもやるのかと思ったけど、音楽のテスト平均点が低い理由がわかった。
つまらん!!
面白かったのは、男子がふざけていた姿だけ。それと先生、意外にスタイル悪い。
本人ナルシストのようだけど、残念ながら・・・

別にお笑いやれって言ってるんじゃない、子どもがわかりやすいとか、そそられるような授業をしないって言うのが問題だと。
あたし、こいつが自分の音楽担当じゃなくて良かったわって、思っている場合じゃない。

そして、次は進路指導。しんどければ早退もと思ったが、簡単に出られるような構造ではなかった音楽室・・・チーン!
くらくら感と痛む腹押さえて、脂汗が出てきたが、説明も予定より長くなって終了。うわー死にそう。

ただ、心配をしてくださったと言う、担任と学年主任には頭下げて帰りました。
担任「大丈夫ですか?」
私「大丈夫じゃありません・・・そう言うわけで帰ります。色々ありがとうございました」

腹帯巻かれて、傷は半分近くはテープが取れたが、まだ貼っている場所もある、本当なら交代要員か行かない選択肢が必要だった。
車の運転も無事・・・無傷で返せた。

だが、怒りは家人見て炸裂するのである。
「目も合わせないとか何だって言うの!子どもにその矛先を向けないだけマシだけど、教師の資格があるとは思えない」
家人「使えない奴に何やっても言っても無駄だよ。それに面倒だって思っているんだろうし、おそらく子どもが卒業するまでこのままでやり過ごすんだろう。結局のところ所詮はと言う奴だ。ほっとけばよい。手を出すだけでもバカバカしい」

あっそう。
あたしは、どうやったら潰せるか知っているんだけどね。
子どもに被害が及ばないなら様子見だけど。

ただ、友達に言われた、「あんたらにロックオンされるだけで十分怖いけどね、普通の人は・・・」
おかしいなあ。


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オペ後4日目

2014-09-22 10:28:41 | Weblog
この辺になると、回診もなあなあってわけでもないけど、フランクな感じになってきた。
そして、顔も合わせなかった同室の人たちで、私より早く入院されている方たちと顔を合わせる。

遅ればせながら、ナースステーションに呼びに行ってくださった方とも、やっと顔を合わせて、お礼を言うことが出来たのである。
「本当なら入院の挨拶もせずに来たのに、ありがとうございました。助かりました」と。
前に入った人たちが、何が原因で入院されたのか知らないが、隣のベッドの方は、抗がん剤治療が始まったようで、極力匂いを出さないとか、騒がないようにしようと思った。抗がん剤は人によっては気持ち悪くなるんだったなあと、9か月前のことを思い出した。

ただ、ここの抗がん剤治療って、ぶっ続け数日間の点滴とかでもなさそうだし、よくわかんない。

私だが、日増しに歩行が楽にはなっているが、まだ、重いものは持てない。
だが、ここのところ、昼に無理に動けば、夜は熱が出るパターンではある。

ごはんも食べやすくなり、そろそろ残さず食べるようにしてきた。
量は多いのだが、だが、最短で退院するんなら・・と。

昨日の夜、子どもの携帯に、術後初めて連絡した。
子どもにはすさまじい姿を見せたくなくて、試験中のこともあって、「くんな!!」

だが、メールだけは病室から可能だったので、出来るときはしていた。
問題は食事の相談だったので、何とか携帯持って、会話OKな場所まで無理やり行き、連絡したのである。子ども最初、私じゃなくて家人かと思ったらしい。
「あ・・・あれ?あれ?もしかして、かーちゃん???」
「そうだ。長いことは無理だけど、必要事項だけなら・・」
困ったことにだけ、お答えして、少しだけ無駄話して、「もうしんどいから、これまでね。私は病室まで帰る余力がないとまずい・・・」

元気そうで良かった。

午後から、妹が来たのだが、喋るのに迷惑だから、談話室に移動するのだが、妹は、私のその歩く姿を見て、真似をしたのである。その場で、うずくまってしまった。まだ、笑うとかくしゃみをすれば、おなかに来る。だが、一時間半座っておくことが出来たのだから、まあ回復しているのだろうと思った。しんどかったけど。

そして、この日くらいから、病院の食事が、完食出来るようになってきた。それ以外はまだ欲しくないし、病院の食事も、きっちり食べるって言っても、色々きついのではあるが、食べないと回復しないって思いながら。だが、食事の姿が美しくない。
片腹押さえて食べるんだから仕方ないようなもんだけど、病室で、一人テレビ見ながら、片腹押さえてとかない。しんどいから早飯食い状態だし。

食事は相変わらず質素である。って言うか、手抜きの自分のごはんの方が、豪華とかない。
だが、これも退院後、給食費じゃないけど、金額見てびっくりした。あの内容で、これだけ取るのか~って。手間暇はかかっているんだけど・・・
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