夜桜や 夢に紛れて 降る、寝酒・・

観念らの規定性らによる、事象らの成り立ちようらへの解枠にも絡めて、 天下経済系の可能的な成長の度合を増すべき事らを述べる

物質の不在性 ; おさらい。 数千人以上の日本国民たちを監禁している、シナ

2017-04-04 17:53:42 | 政治・経済
☆ 物質の不在性 ;

◇ 物質らの各々は、 どの力でもない、ので、
何の働きをも成し得ない、 全くの怠け者であり、
どの運動や働きを成し得る要因にも成り得ない。


☆ 自回答の引越保管+ 改訂など:

papilio2008さん:

命は、分子を部品として組み立てられた機械だ、
と、思いますが、人も同じでしょうか。
2009/2/23 21:15 :


bergflatさん:

物質に基づいて、運動が成り立つ、とする、
機械論らの一種と観受け得る説だが、

その分子なる物も、 物質らで、 隙間を無く、
充たされ得ている存在ではなく、

実際は、 隙間だらけ、であり、
物質らの各々の間に働く力その物は、
物質とは、観なし難いにも関わらず、
多くの人達が、 何の疑問も覚えずに、
物質らへ、生命活動や、
その他の運動らの根拠を求める事は、 不思議な事だ。

物質らは、 運動状態が移送されるに際して、
その中間的な項目ら、 と、 成り得ているだけで、

運動は、運動その物に基づいている。


我々が、 何かに、手を触れている、 と、思っている場合にも、
原子の次元では、 物質同士の接触、などといった事は、成立ってはいない、 という事を、
科学は、 証言し得ている。


我々が、 物質へ、 過度に信を置く所以 ユエン は、 アンリ・ベルグソン師が指摘し得ている様に、 やはり、 我々が、 我々の体をして、
直に、 自由に、外界へ働きかけられる、
唯一の手段が、 接触を介した物だ、 という事にあるのだろう。

重力も電磁力も、どんな力も、物質ではない。

物質らは、 その変化の様相らへの、我々の認識をして、
力の作用の在りようらなどを、 我々が認識する際の、 手がかりを提供する、 目安な物に過ぎず、

何の力でもない、物質らが、
何らかの運動を生じしめる根源因と認めるべき、
合理的な根拠は、 何もない、 と、 思い構えて観得る。

物質に、 全ての根源因を見出そうとする、
機械論らの一般の前提たる観念は、

我々が、 日常的に、 我々の手や何かの、
体の一部以上の物と、 他の物体らとの接触を介して、 「 諸物を動かし得ている気になっている 」 、 という所に、 その生成の根拠があり、

正に、 その日常的な、
「 物らと、 自らの身との接触を介した、 連動に関する 」 、 経験知の脈塊に、 それ自らの成立ちを得ている、 と、思われるが、

前述した様に、 その接触である事象を構成し得ている筈の自身と、 非自身の各々の物質における、 物質同士の接触、等という事は、成り立っていないし、

そもそも、 物質らの各々は、 何の力でもないので、 そのあるがままを観る限りにおいては、
そのままでは、 運動らへの生起の根源因 、と、
観なすべき筋合いには、無い。



☆ 2010/5/29 01:14 :

時間を二つに分け、 一方の「時間」を、 全く、
精神外の物、とすると、
それを、 精神系の主らの各々が、 認識する事は、
全く不可能となり、

別の一方の、 「時間」を、 全く、 誰彼の精神内のもの、 とすると、
それを認識する事が、 ようやく、 可能になる。 :


我々の各々の精神系において、 成り立って観えている物事らは、
感じ心地でも、 観念の設定してある存在でも、
自らの精神系の外側にある物として、
自らに格付けて観られて在る物事らなどであっても、 例外を無しに、
自らの精神系のものでしかないし、

我々は、 自らの精神系から、 それの無い場へ、
一歩も、脱け出す事ができないが、

力らの働きらを、精神系において、翻訳し得た物事らの、在りようらや、欠けようらを、思い分けて観てゆく事を通して、
自らの精神系の、 直には、 無い世界らと、
自らに翻訳された世界との、関わり様らの在り無しらについて、 認識系を構築しては行ける。
:

☆ 2010/11/13 19:27 :

諸々の物質らには、 力らの働きようらの交差し合う、 場、 を、 我々へ示す、 標 シルベ として、

我々の各々の心域 うれいき の、 動的な枠組みらにおいて、 機能させられる、 という以外には、
さしたる役割は、無いが、 :


物体らが、 そのまま、 主 シュ として、
物質らの、 ぎっしり詰まった塊である、
と、 勘違いされたままで、
我々に、 我々自らの存在を実感させる類の、
色々な感覚らと、
それらの組み合わせな感覚ら等とが、
諸々の物体らに対応して、喚起され、
我々の意識の内外の心域において、
それ自らの成立ちを得る事から、

それらの現 ウツ し身らが、
まるで、 物質らの塊その物へ対応する形で、
我々の心域に起ち興るかの様に、思い込まれ、

それと共に、 余り、 意識的に明確化される事を無しに、 それらの実感型の感覚らが、
その観念設定上の、 『 物質らの塊 』 めいた物と、 緊密に結び付けられ、

それらな実感らが、 覚え起こされる度に、
観念的な、 『 物質質らの塊、めいた物 』、と、
それらとの、 動的な対応の図式事項らが、
我々の各々の観念らの成り立つ場に控え置かれる事に、 慣れ、
それだけ、 それらな両者が、 混一視され易い、
恒常的な状況が、 繰り起こされる様に、 心構えられるせいもあって、
物質らその物が、 重力だの、 電磁力だのといった、 何の力でも無く、

力において、 全く、無なる物であり、


従ってまた、 何の働きをも為し得ないし、
働きにおいても、 全く、無なる物である、
にも関わらず、 :

むしろ、 そういった属性らを全く欠いている事が、妙に作用して、
我々の心域の、 動的な枠組みらをして、
我々に、 実在の根拠たる、 何物かででもあるかの様に、 思い込まれ易い、 立場を占めるに至ってもいる。 :


我々が、 柱などの、 物体へ触れ当たり、
それより先へは、進みがたい状態になり、
手などの物体で、その柱などの物体を押して観て、

そこに、 圧し返す力の存在を覚えると共に、
そこに足止めされる、自らの状態を覚える時に、

それらの感覚らや、 それらの、組み合わせられた感覚らなどとを、 我々に喚起させる、 当の対象は、 :
物質らでも無ければ、 観念における設定である、 『 物資らの塊めいた物 』 、でも、 無い。 :
:

無に等しい領域らの各々を占めている、
物質らの各々を、 自らの交差点とし得ている、
諸々の力らのその働き合いが、
我々を抑え得ている、 当の相手ら、である。 :
:

そこに、 それらの力らの働き合いらが、
存在しない、のであれば、

我々が、 そこに、 仮に、 柱や壁などの物体の視覚像を設定して観ている、としても、

我々は、 そこを通り抜けてゆく事に成り得る。 :


逆に、 そこに、 それらの力らの働き合いらが存在する場合には、 :
たとえ、 我々が、 そこに、 全く、透明な空間しか観出 ミイダ し得ないとしても、
我々は、 そこで、 止め抑えられる事に成り得る。
:

あらゆる、科学的な装置を用いて、 :
そこには、 空間的な広がりしか無く、
いかなる物体も存在しない、と、 明かし立てられるに至る、としても、
そこに、 それらの力らの働き合いらの場が存在し得てしまう場合には、
その場は、 物体として、 我々に作用し得てしまう事に成り得る。 :


我々が、 実際に、実感らの向き合う相手としているのは、 色々な力らの働きらであり、
それらが、 我々の各々の精神系において、
我々の精神系を構成する、 何彼らを材料として、
翻訳された、 我々の精神系の一定部分らでもある物らだ。

物体の中には、 それを構成してある、 と、 されている、 物質らの各々に対して、

その何万倍もの領域を自らとして占めて在る、
『 物体内空間 』 、 があり、

物体内の、 粒子らの各々である、 物質らの各々は、 極めてまばらな、 霧の粒たちの各々の様に、
その物体の全体の大きさに対して、
極小さな領域で、 原子などの系を成しているだけであり、
その領域も、 空間に占められてある所であり、

そこに、 正電荷な陽子だの、 負電荷な電子だのの、 働きらが成り立って来てある様 サマ らが、 科学者らなどの人々により、 観察され得て来てある状況において、
そうした人々により、 そうした物質らの占めてある領域である、 と、 勘違いを成してもある、
観ようらが、 成されて来てもあるが、

物質らの各々が、 色々な働きらの、 在る場や、
在り得る場を示す、 観察らの宛 アテ ・ 対象として、 在り来たってあり、

全く、 自らそのものの占める領域なるものを要りようとしてはいない、
単なる、 動的な、 『 位置 』 であり、

物質らの各々が、 広がって在る様に、 観成されてある領域らの各々には、
色々な働きらの現れらが観察される場としての、
空間があるだけである、 という、 認識の成立ちを、
そうした、 勘違いを成してある、 観ようらの、
その観念らの規定性らが、 妨げ続けて来てもある。
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