夫婦で遊ぶ熟年ライフ

私は眼の病気、つれあいは脚の不具合。互いに補いながら残りの人生を楽しんでいこう。

家康と淀の縁組を秀吉が遺命していた!

2016-06-19 15:59:11 | コミック

大和和紀「イシュタルの娘 第13巻」をやっと読み始めました。これは、信長、秀吉、家康の時代を文人として一人で生きた実在の女性、小野於通の物語。この巻では、秀吉は家康に淀の方を正室として迎えるよう言い残していたというんです。びっくり ストーリー上の創作だろうと思ったものの、一応検索してみました。

するとなんと、この縁組を記述した資料が実在するとのこと。1つは奈良・興福寺の『多聞院日記』:「大坂にて去る十日(慶長4年9月10日)秀頼母、家康と祝言これあり候、太閤の書置(かきおき)ある由に候」

2つは『看羊録』という秀吉の朝鮮出兵で捕虜として連れてこられた朝鮮の儒学者の記録:「家康には秀頼の母を室として政事を後見し、秀頼成人の後に政権を返すように約束させた」。他にも五大老筆頭・毛利輝元重臣・内藤隆春の手紙などあるそうな。

ところが淀の方がこれを嫌がり、大野治長(淀の乳母の息子)に頼んで高野山に逃げた。家康は婚礼当日、満座の前で大恥をかかされた・・・ここまでは資料に基づいたストーリー。

で、この逃亡の解釈が、検索して読むとどれも、淀と治長、家康の愛憎ドロドロの三角関係ばかりなんですね。そりゃ、秀頼の父親は秀吉ではなく大野治長だったという見方が多いので当然かもしれません。

ところが「イシュタルの娘」では違うんです。治長が秀頼の父という線は同じだけれど、於通が淀に問いただすと:「治長は治長にすぎぬ。男として考えたことなど一度もない。太閤殿下と家康が勝手に何を約束したか知れぬが、この淀は承知した覚えはない。(わたしは)男の都合に合わせてやり取りされる品物か!?そんなことは妹たちを守るため嫌々側室となった太閤殿下おひとりで十分じゃ。ましてや、あのおなごを人とも思わず見下しておる徳川などに・・・わたしは男の思い通りに自分を売りとうない。そのためにどうなろうと後悔はせぬ・・・!」

この心意気 治長は世継作りに使ったまでってこと。このセリフの場面は、すっくと立つ淀の方の姿。もちろん、これは大和和紀の創作です。これが大和和紀の魅力なんだなぁ 大和和紀は私が子供のころから大好きな漫画家。「イシュタルの娘」の主人公、小野於通もそうだけど、コメディもシリアスもどの作品も、こういう、すっくと立つ女を描いてるんです。

淀の方は今年の大河ドラマ「真田丸」にも出てくるけれど、あのオツムの軽そ~なキャラはどうもねぇ。。。

 にほんブログ村 旅行ブログ 夫婦旅行へ 人気ブログランキングへ

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

見てドギマギの原画展

2015-01-20 19:40:41 | コミック

ついに行ってきたぞー 「青池保子 華麗なる原画の世界」@京都マンガミュージアム

  

初めて見る原画は本当に美しく、思っていた以上に質感と立体感がある。私的には「アルカサル」の原画が多かったのが特にうれしかった。ドン・ペドロがアラブ風の衣装に身を包んでいる原画は、衣服の光沢や刺繍、ビロードの手触りが伝わってくるよう。

そして眼に力があり、生き生きとした眼でこちらを見据えている視線に、思わずドギマギ なにしろ原画は単行本の6倍くらい大きいので、かなりのインパクトなんです。

一口にマンガといっても様々な絵のスタイルがありますが、青池氏のはものすごく緻密。カラー口絵1枚仕上げるのに何日もかかっているとコメントが添えてあったのも納得です。 1978年頃の古いものも色あせすることなく、今も美しい状態。

カラー口絵とともに、コマ割りした生原稿も展示してある。驚いたのはその吹き出しのセリフ。なんとタイプ打ちされた紙を一つ一つ吹き出しに入るように切って、手作業で貼ってるんです 今の時代もそうなんでしょうか。 

ミュージアムは敷地を入ってすぐがカフェになっていて、そこにこんなポスターが。 「心理実験プロジェクトS」からですねー。 「少佐の揚げたイモ」、おいしかった

カフェ内の壁に額入りの複製画があったので撮ってきました(ミュージアム内は撮影不可)

 

ドン・ペドロに加えてファルコもいましたよー

カフェのカウンターのみの方の壁は多くの作家による直筆イラストがびっしり。ドアからすぐの下の方にボーナム君。サイン会の日に描かれたんですね。

そうそう、このミュージアムのチケットは出入り自由。その日の5時まで何度でも戻ってくることができるんです。それと建物は落ち着いた木造で、あちこちに読書コーナーが設けてあり、ソファなど居心地よい空間なってます。

こんな素晴らしい原画展を見ると、もうひとり大好きな作家、大和和紀氏のも見たくなってしまいました。和紀様の原画は透明感にうっとりだろうなぁ。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 遊び心へ にほんブログ村 旅行ブログ 夫婦旅行へ にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ  人気ブログランキングへ

 

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

何かというとボーイズラブにもってくのは安易すぎ

2014-12-10 15:19:34 | コミック

「イシュタルの娘」に続いて11月下旬に「天智と天武」第6巻が発売されました。白村江の戦いとなるので期待していたのに、なんでこんなところでボーイズラブに連載2回分も割くわけ? がっかりもいいところ

思い起こせば始めの頃も中大兄皇子が蘇我入鹿に淡い想いを抱いていた様子が描かれてました。でもなぁ、白村江の戦いのさなかに中大兄皇子と大海人皇子のBLを入れるのはあまりに唐突。本能寺の変のさなかに織田信長と森蘭丸のBLを描くようなものじゃないですか。読者確保を狙ってのことかもしれないけれど、なんでもかんでもBLにするのは安易すぎる。

「新説」と謳っている「日本書紀」は、そんな小細工をしなくても充分面白い展開ができるはず。ネット上だけでも、興味深い解釈はいくらでもあるんですから。

ついでに言えばこの作家、1ページひとコマのシーンや1ページ3コマのような大きな絵が多すぎ。さらに毎回、前回の最後のページを繰り返して始めるんですよね。ページ数稼ぎでやってるとか???

ところで「ミス・マープル」の再放送が始まりました。原作者は言わずと知れたアガサ・クリスティですね。その1回目も同性愛の二人が殺人犯でした。この場合はBLではなくレズビアン。 遺産を他人にやりたくないという主犯人に、レズビアンの愛人が「愛のためならなんでもする」と共犯者になるわけだけど、これも安易だなぁと思いました。

「ミス・マープル」は以前からよく観ていますが、同性愛者を犯人にしているのが結構あります。「ポワロ」にもありました。

BLを描くのは女性作家だし、クリスティも女性。ストーリー展開に困ったら同性愛にするってか?

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 遊び心へ にほんブログ村 旅行ブログ 夫婦旅行へ にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ  人気ブログランキングへ

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

シンクロする3つのドラマ

2014-12-08 15:58:41 | コミック

「イシュタルの娘」第10巻が11月に発売されました。その内容がちょうど今の時期の「軍師官兵衛」と再放送中の「独眼竜政宗」にシンクロするので、ストーリーがとても立体的に読めて楽しい。

関ヶ原というと私など、全日本が分かれて戦ったように思っていたけれど、案外そうではなかったようです。

「イシュタルの娘」では小町於通が主役なので、最も関連が深い真田家の動向が中心に描かれてます。例の秀忠軍を足止めさせた一件ですね。真田信幸の妻小松が昌幸・幸村の訪問を蹴った逸話と、信幸が関ヶ原後に自分の首を賭けて昌幸・幸村の助命を嘆願したことも入ってる。

またこの時代を描くドラマには公家はまったく描かれないので、近衛信尹(於通の夫)が戦いを阻止しようと努力したのも興味深い。そして近衛信尹と政宗には書を通じて親交があったことが、ちょうど土曜日の「独眼竜政宗」でも触れられていました。「イシュタルの娘」ではかなり早くに二人は飲み友達から生涯の友となったと描かれてました。

その政宗は関ヶ原の時は、関ヶ原の発端となった上杉を阻む役割だったんですね、知らなかった。この発端となった直江状が「イシュタルの娘」にちゃんと書かれています。「愛」の文字をつけた甲のイケメン直江兼続にはびっくりしましたが、有名な話らしい。

そして九州は官兵衛が起ったと。。。これって私など聞いたこともなかったです。九州勢は関ヶ原には島津以外は参加してなかったということですかね。島津にしても1500の小勢(義久が本国に援軍を求めたものの、官兵衛が迫っているので出せなかったそう)。なので本戦を戦っておらず、最後の敵中突破「島津の退き口」のほうがつとに有名と「イシュタルの娘」にも描かれてます。

もちろん脚色はあるでしょうが、3つを同時に見ることで楽しさ倍増、いや3倍増です。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 遊び心へ にほんブログ村 旅行ブログ 夫婦旅行へ にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ  人気ブログランキングへ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

白村江の戦いと則天武后

2014-11-05 19:38:27 | コミック

私も一応世界史習ったので名前だけは聞いた覚えがあります、則天武后。この人が白村江の戦いの時代だったとはねぇー。

今読んでる「天智と天武」がちょうどその頃のストーリー展開で、則天武后が出てきてびっくり。なんとなく紀元前の感じがしてました。

高校の日本史では事件だけ書いてあるし、世界史と別個になってるから、日本史の事件が世界史的にどのあたりと同時代なのかなんて、今でもさっぱり分かってません。

則天武后は唐の高宗の皇后となっている頃で、垂簾政治を行い実権を握っていたそうな。

「天智と天武」では斉明天皇の死後、中大兄皇子が倭軍を率いていることになっており、このあたりは日本書紀に沿っています。それでも、日本書紀は藤原不比等の都合の良いように捏造されているとの立場をとってます。

他の資料を検索しても、日本書紀の内容は中国史側とほとんど一致しないとの点は歴史学者たちの間でも合意されているようです。では実際はどうだったのかという点になると、もう様々な見解が出ていて、私のような素人にはどれがどうなのか分かりかねます。

中には中大兄皇子は百済の王子、翹岐だったという説もあり、倭人の蘇我王朝「倭国」を滅ぼしたんだとか。

いずれにしても、則天武后は冷酷だったと評価されている(これもほんとかどうか?)し、その唐・新羅連合軍と戦っては勝目はなかった。。。。ちなみに白村江に行った兵士2万人は吉備地方からだったという説もあるんですよ。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 遊び心へ にほんブログ村 旅行ブログ 夫婦旅行へ にほんブログ村 クラシックブログ オペラへ  人気ブログランキングへ

コメント
この記事をはてなブックマークに追加