カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

ベトナムの印象~その1

2008-10-25 13:54:55 | 感動したこと
ホーチミンに着いたのは、現地時間で夜の10時半頃。
ホテルに向かう車で、まず目に飛び込んできたのは、バイク、バイク、バイク。
アリのような大群が車と車の間を縫って走ります。
まるでアクロバット。
私は何度もヒャッとしましたが、運転手は隣の人とおしゃべりに夢中。
気にも止めていません。
しかも、バイクに乗っているのが2人3人は普通で、4人乗りもザラなんですから唖然としました。



道路は、正に仕事場です。

雑誌の売店。


駅弁の売り子のようにいろんな商品を抱えて売っている人。



歩道ではベトナム将棋に興じている人々が至るところに!



これは有料トイレ。
料金所を兼ねて売店があります。



歩道のあちこちに路上カフェがあり、どこも人がいっぱいです。



えっ!これもカフェ・・・?



露店の食堂はどこも大繁盛!
若者たちもたくさんいました。


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ベトナム出張

2008-10-19 08:20:32 | 感動したこと
ベトナム(ホーチミン)に出張しました。
10月10日(金)の夜出発で、13日(月)の早朝帰国というハードスケジュール。
目的は、求人面接です。
この2、3年、新卒者の質の低下、入ってもすぐあきらめる、などこれからいろんなことに挑戦していこうという当社の前に立ちふさがる人材の問題。
ならば、国内だけではなく、海外も視野に入れて考えようということです。
以前から、ベトナムやフィリピンがアート、中でも絵画が盛んで、若い技術者が豊富であることや、そのクオリティの高さについても見聞きしていましたから。

初めてで何も事情がわからないので、今回は先方の国営の機関を通しての面接、ということになりました。
初日の早朝から、現地の男性6名と面接。
40年位昔の日本の若者というイメージ。
私の青春時代の雰囲気がよみがえってきました。

素朴で、素直で、ハングリーで、皆好青年でした。
履歴書を見ると、20~30才で、高卒がほとんどで、専門学校卒が一人。
家が貧しくて、高校まで行けない人が多いということでした。
第一印象では、3人ほど候補がいました。
そこで、急きょ係の人にスケッチ用の紙と鉛筆を用意してもらって、テーブルの上にあった花をデッサンしてもらうことに。

私の想像していたイメージと先方が集めてくれた応募者とはかなりのズレがありました。
結果、今回は採用を見送ることにしました。

気持ちを切り替えて、午後からは、現地のスタッフにお願いして街を案内してもらうことにしました。
朝、ホテルから面接会場に行く車中から、絵画店が建ち並ぶ風景が目に飛び込んで来たので、そこに行ってみることに。

ありました、ありました。
以前から聞いていた模写作品ばかりの絵画店がズラリ!
額装されていない絵が無造作に何枚も重なって立て掛けてあります。
奥では、20代と思える若い画家たちが、黙々とキャンバスに向かっています。
私たちが壁画を描く時のように、迷うことなく筆が走り、すごいスピードで絵が仕上っていきます。
多分、一日一枚のペースって感じです。
売価も30号位の油絵が額なしで1万円以下と、旅行客にとっては驚く安さ。
現地の若者たちの月給が10,000~15,000円位ですから、現地の価値に換算すると15~20万円位でしょうか。
外国人旅行客にとっては手頃な価格なので、一人5枚10枚とお土産代わりに買って行くそうです。

20店ほど同業の店をのぞいてみました。
正に、ピンキリです。
本当に作品のクオリティの高い店から、首をかしげたくなるほど粗悪な作品が並んでいる店まで。
中には、現地アーティストのオリジナル作品を売っている店もあり、気になる作品があったので値段を聞いてみると、一枚10~30万ということ。
買えなくて残念でしたが、創作モノだから当然です。

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今回の出張は、求人では収穫がありませんでしたが、今まで日本国内のことばかりしか頭になかったのが、自分の世界が広がり、今後の仕事に広がりと可能性を予感して、ワクワクした気分で帰国の途につきました。

帰りの飛行機の中で、「いろいろと問題や障害は多いが、やっぱり日本の今の若者たちと一緒にアートの仕事を切り開いていきたい」と強く決意しました。


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一旦始めた仕事は、10年は続けてみる

2008-10-05 13:41:48 | アートの求人
最近、新入社員が入社数ヶ月で辞めてしまうという話をよく聞きます。
当社でも、ここ2年はそんな傾向です。

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私自身、27才まではどんな仕事についてもほとんど1年以上続きませんでした。
20代半ばあたりから、自信喪失と自己嫌悪に陥った記憶があります。
周りからは、「何でもいいから続けていたら何かが見えてくる。我慢して続けてみろ」とよく言われました。
しかし、長く続ける仕事となると、慎重になり過ぎてなかなか決められません。
当時は、就きたい職業がなく、アルバイトをしながら自分でミニコミ新聞を発行したり、映画の上映会をやったり、好きなことをやって暮らしていました。
ところが、好きでやっていたことがどんどん赤字になって、アパートの家賃すら滞納する状態になり、明日の生活も待ったなしに状態に陥ってしまいました。
もう職業を選んでる余裕なんてありません。
求人ニュースで探したのは、「3食付、住込み可」の日用雑貨販売の会社でした。
今でもはっきり覚えています。
自分の最も苦手な仕事だったので、100万円貯めたら辞めようと決意して入社しました。
月給14万5千円で、毎月13万円貯金を続け、1年足らずで100万円の目標を達成。
100万円貯めた時点で辞めようとしたのですが、こんなに簡単にお金が貯まるのならもう少し居てみようと思い、続けることに。
実は、自分の貯金通帳に10万円以上の数字を記帳されたのは、生まれて初めての経験でした。
動機が逆かも知れませんが、仕事にも興味が出てきて、自主的にいろいろと工夫をするようになりました。
入社1年で副店長になり、1年8ヶ月で店長に!
その後、店長を5人育てて、販売の総責任者に。
その後、商品課、販売促進課を次々と立上げて、経営企画室長に。
いつの間にか、販売のプロとしての自信がついて、小売業が自分の天職だと思うようになりました。
本当にあらよあらよの10年でした。

私は、その会社をちょうど10年で辞めました。
マイホームを買って半年も経たない時でした。
マーケティング力、企画力を究めたい。
もっと高みにたどり着きたい、という純粋な意欲だけで決意しました。

次は、当時日本では珍しかったVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)の会社です。
社長は、VMDの神様といわれている人でした。
当時37才だった私が、その会社に入社できたのは、正に奇跡としか言いようがありません。
VMDの仕事は、全くゼロからです。
必死で勉強しました。
会社にも、人より2時間半早く出社して、便所掃除からコーヒーの準備まで、自分にできることは何でもやりました。
毎週土日は、中小企業診断士の学校に3年間通い、夜間もコピーライターの講座に2年間通いました。

入社して3年で、ディレクターとしてビッグクライアントを任されました。
5年目には、新会社設立の提案を社長にプレゼンし、新会社を任せてもらうまでになりました。
それが、今のビッグアートの前身です。

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以前、あの人間国宝の辻村ジュサブローさんを尋ねたことがあって、話の中で一番印象に残った言葉があります。
「人間、一つのことを10年間一生懸命やれば、必ずプロになる。30年間続ければ、名人になる」

要は、「最初から好きな仕事がある訳ではない」「最初から自分に向いている仕事がある訳ではない」ということです。
自分が成長し、変化していくことで、仕事を楽しめるようになるのだと思います。

それと、大事なことがもう一つ。
仕事は、どんな業種、職種でも、70%位が共通であることです。
業種によって違うもの、職種によって違うもの、いわゆる専門の部分はせいぜい30%位しかないのです。
ですから、どんな仕事でも10年間一生懸命やってその道のプロと呼ばれるようになると、全く違う業界や職種に転職しても、次は10年ではなく、3年位でプロといわれるレベルまで到達できるのです。

自分の体験を通じてようやく、昔「どんな仕事でもいいから、10年続けてみろ」と言われた意味がわかります。
好きな仕事を求めていつまでもフラフラしているより、目の前の仕事でプロを目指すこと。
不思議なことに、一生懸命一つのことを続けていると、必ず自分の求めるものが向こうからやって来ます。
そして、その時自分が今の仕事でプロの領域まで達していたら、そのチャンスを必ずモノにできます。

私が今の仕事を始めたのが43才の時。
そして今年で16年目。
ようやく、この仕事の意義やこの仕事を続けることの使命感をズッシリと受け止めて、新たなる挑戦に胸躍らせている今日この頃です。



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やらないで後悔するより、やって失敗する方がいい

2008-10-02 12:44:22 | カバ的アングル
「石橋を叩いて渡る」という言葉があります。
用心の上にも用心して慎重に事を進めるというたとえです。

最近では「石橋を叩き過ぎて壊す」という言葉をよく聞きます。
慎重になり過ぎて、すべてを台無しにしてしまうこと。
最近の官僚たちのことを指しているようです。

では「石橋を叩いても渡らない」は?
最近の若者たちの傾向?
いや、最近の日本人全体の傾向かも知れません。
慎重になり過ぎて、怖じ気づいてあきらめてしまうことです。

人と同じことばかり、今までと同じことばかりを繰り返し、ため息をついているだけ。
何かちょっといい話があると、周りがこぞって相乗りしてきて、結局全員が沈没してしまう。

この現象は、「もう人と同じことをやっていたらいきて行けない」という神の啓示、というより自然界の掟だと思います。

これでは、何も起きない。
何も変わらない。
まして、軌跡など起こるはずもない。
時間とともにジリ貧になって、事態がどんどん悪化するだけ。
終いには、打つ手もなくなってご臨終です。

「石橋を叩けば渡れない」という本のタイトルが私の目に飛び込んできました。
まだ読んでいないので、中身のことはわかりませんが、ピッと閃くものがありました。

現代は情報過剰の時代です。
何かを始めようとして、情報を集め始めるとキリがありません。
プラスの情報とマイナスの情報が入り混じって、体験のない人だと判断不能に陥ってしまいます。

では、誰もやったことのない、前例のないことにチャレンジしようとしたらどうしたらいいでしょう。
実は私も今、日本初、業界初のことにチャレンジしようとしています。
5年ほど前から、出口の見つからない業界の中で、私自身悶々としてきました。
やっと見えた一条の光。
2年前に閃いたアイデアです。
以前の私なら、半年後には実行に移していたでしょう。
でも年々不況ムードが高まり、売上が低下する中で、そのハイリスクなチャレンジに二の足を踏んでしまいました。
2年前から経営革新計画に取り組みましたが、それもこの1年間中断したまま。
「プラス思考」と「クレイジーな行動力」。
これが唯一の私の取り柄なのに。

今年になって社会不安が一気に高まり、このまま行けば不安と混迷の渦に日本丸は突入してしまいます。
そうなったら、ますますチャレンジする機会はなくなって行きます。
目の前のチャレンジの向こうには、私の夢がたくさん待っているのに。
「春日部を壁画のメッカにしたい」
「アートを一大産業にしたい」
・・・・・・・等々
私の夢がたくさん待っているのに。

確実に成功することなどない。
いや、むしろ確実といわれていること程、逆にリスクが高いことがわかってきました。
誰もやったことのないことの方が、かえって成功の可能性が高いと思います。

やろうとしてやらなかったことは、一生後悔します。
たとえやって失敗したとしても、少なくても後悔はありません。
それに、最後まであきらめない限り、失敗ではないのです。
途中での失敗はつき物。
その失敗から学ぶことが、成功につながるのですから。

その試練の真っ只中に自分を放り込むことが「生きる」ということ。

嵐に向かって舟を漕ぎ出し、新天地を求めて突き進むことが、「生きている」という実感だと思います。

日に日に、目の前の霧が晴れて行くのを感じます。
あとは覚悟を決めて、船出するのみ!




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