カバ社長の日記 caba note

壁画やオブジェの制作会社ビッグアートの社長日記。「面白くなければ人生じゃない」がモットーの熱い熱いカバ社長の物語です。

他人事の現代社会

2014-02-09 14:21:45 | カバ的アングル

人と同じ考え、人と同じ行動、人と同じ選択が蔓延する現代。

日本中、パターン化が進んでいるような気がします。

電車に乗れば、ほとんどの人が携帯かスマホにとりつかれているし、

同じ情報で同じように考え、同じように行動している感じです。

買い物行動も同様。

いろんなエリア、いろんな店に分散しないで

同じところに一極集中しています。

一人一人が自分自身で「考える」ことを放棄しているように見えます。

とりあえず、他の人たちはどうしているのだろうとまわりを見て

マジョリティに乗っかり、身をまかせる。

群集心理というのでしょうか。

恐ろしいです。

しかも、それらの行動には一貫性はなく

その時その時の衝動というか成り行きのように見えます。

東北大震災、原発事故、高齢化社会、年金不安、消費税増税への懸念・・・・等々。

はしかのように流行っては消えていく。

うわべだけの議論をしては、

どうせ考えても仕方ないというのか

すぐに忘れてしまう。

大抵はマスコミによってつくられたブームにすぎません。

今まで、いろんな社会的な問題が何とかなって来たから

また今度も何とかなるだろうと高をくくっているとしか見えません。

日本経済の低迷、転落はハドメが効かない勢いで進行していることを身近で実感します。

しかし、誰もそのことにはあまり触れようとしません。

気が重くなるからか、場が白けるからでしょうか。

マスコミの「日本経済が回復」という言葉に安堵を覚え、

またぬるま湯に戻っていく。

私は、今日本が直面している多くの問題より

こうした日本の「政治任せ」「人任せ」の無気力体質が一番問題だと思います。

経済が破綻しても、年金が破綻しても、

国民全員が危機感を感じ、一致団結して真剣に問題と取り組めば

解決できない問題ではないと思います。

 

会社も同じで、売上が激減したり、窮地に立たされたりというのはその時その時の現象に過ぎません。

現象に一喜一憂しても仕方ありません。

問題は、売上低下の原因や理由を解明して解決策を講じることができるかです。

売上が落ちたことそもものが一大事ではありません。

鉄棒の選手が、鉄棒から落ちたというのと同じ。

また、気を取り直して挑戦すればいいだけです。

それは、いつの時代でも繰り返されること。

その原因や理由に気づき、解決の方向を見出す。

そして、そこに向かって行動する覚悟と勇気があるのか、ないのか。

トップと社員の意識、そして行動力がカギとなります。

 

キーワードは、

「他人事」から「自分事」への意識の転換だと思います。


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アルベルト城間さんと壁画

2014-01-18 08:38:30 | 感動したこと

アルベルトさんとの出会いは、昨年の11月です。

ビッグアートのアトリエの前に立ってじーっとコチラを見ている

個性的な顔つきの男性にこちらから声をかけたのが始まり。

聞くと、沖縄から今日やってきたとか。

実はミュージシャンで、沖縄をベースに活動している

ラテンバンド「ディアマンテス」のリーダーで日系ペルー3世。

ミュージシャンでありながら、絵の才能も開花し、

時々絵画の仕事もしているのだとか。

かつて世話になったある英会話教室に

恩返しで壁画を描くので

使用する塗料ややり方を手ほどきして欲しくて

HPで弊社の存在を知って、

強引に上京して春日部まで押しかけてきたのだそうです。

そういう人は、大好きです。

ピュアな生き方、行動は巌も通します。

彼のひたむきな姿に感動してアトリエに招き入れ、

3時間近く話しました。

余りにも共通点が多く価値観が似ていたので

意気投合して快く彼への協力を申し出ました。

彼の行動力はすごく、

その後メールと電話で4,5回やりとりしただけで

12月末に制作開始、1月8日には完成の報告がありました。

一人でしかも初めて制作するには大がかりで、

ビルの屋上など危険で心配していたのですが、

余りにもあっけなくやり通したその野性的なパワーに

圧倒されてしまいました。

彼の許しを得て、

完成した壁画をご紹介します。

できれば、彼の音楽も一緒に楽しんでいただければうれしいです。

YouTubeがあったのでここから聴いてみてください。

DIAMANTES/勝利の歌

 

 


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ラジオ体操そしてアートによるまちづくり

2013-05-25 17:45:43 | 地域活動

15年以上前から、「アートのあるまちづくり」「アートによるまちづくり」をテーマに春日部市を中心に活動してきました。
もともと春日部市にはたくさんのブロンズや石の彫刻が点在し ていて、そこに私たちの手がけた壁画やシャッターアート、商店のオブジェ看板など街のいたる所でアートが市民の目にとまるようになり、市民のアートに対する関心も高まってきました。

「アートでまちを元気にしたい」「ワクワクする場所をつくって人が集うまちにしたい」という目標に向かって頑張ってきましたが、どうも何かが抜けている感じが否めません。
アート作品が多いだけでは、まだまちが元気になるまでに至りません。
長年続いてきた経済偏重社会や情報化社会のひずみ、それが人と人とのコミュニケーションの

まちづくりの活動を通して感じてき大きな障壁があります。
それは、商店や住民が隣近所のコミュニケーションがなくなってきたこと 。
その現象は、会社の職場や家庭にまで広がり、かなり深刻な問題です。
まちに元気がなくなり、商店が1軒また1軒と消えていく。
これは、全国的な現象です。
「街に人影がなくなったから商売は成り立たない」と 商店主を始め多くの人が異口同音に言います。
果たしてそうでしょうか。 
人がいなくなったわけではなく、人が家と職場や学校以外の場所に行かなくなった。
つまり、閉じてしまっているのです。
近年の深刻な経済不況 は、経済や金融政策には及ばない所にあると感じます。
人々のメンタリティこそが低迷の最大の 原因です。
「人と関わりを持ちたくない」 「余計なことに関わりたくない」という人が近年異常に目立ちます。
結果、うつ病や引きこもりになる人が私の身の回りにもたくさんいます。
友だち付き合い、近所付き合いが減り、孤独に暮らす人が増えることは、経済だけでなく社会としてまずい状況です。

多分多くの人がこのことに気づいていて、深刻に考えると滅入ってしまうので避けているのでしょう。
私は、このことに正面から向かい合いたいと思ってきました。
実は、昨年から始めたラジオ体操もその取り組みのひとつです。
7ヶ月前にたった2人で始めた ラジオ体操が、今朝33人でした。
参加している人たちは、本当に元気で明るいです。
単に健康だけが目的ならば、自宅でやれば済みます。 
 「公園橋に行けば皆と会える」「ラジオ体操を皆とやると楽しくて毎日続けられる」そんな思いが伝わってきます。
ラジオ体操をキッカケにした社交の場なのだ強く実感します。
お年寄りの社交の場が、病院の待合室から早朝のラジオ体操の 会場に移る。
早朝から健康にいいことをやり、知らない人と友達の輪が広がり、 生きることにポジティブになっていく姿が見られて、まさに冥利に尽きます。
家に閉じこもっていたお年寄りが、人との絆や楽しさを求めて外向きになり街に出てくる。
ラジオ体操で毎日100人が参加する状況をつくること。
それが、きっと発火点になるはずです。

そして次は、子育て世代の主婦と子供たちが街に出てくる状況をつくること。
子育て中の主婦とその子供たちとまちや商店との新しい関係づくり。
アートを通して、世代を超えた人々がつながり共感しあえるまちにできないか。
「まちはミュージアム」というビッグアートの大きな願いに向けて、「第一回まちはミュージアム」の開催を準備しています。


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「ラジオ体操」のもうひとつの楽しみ方

2013-04-21 19:14:25 | カバ的アングル

先日、花見の時、英語や中国語、韓国語、イタリア語、スペイン語などいろんな言葉のラジオ体操をネットで発見しました。
そして、皆でやって大受けしました。

中でも、津軽弁や大阪弁など日本の方言シリーズがあってユカイでした。
私のお気に入りは、奄美三線で奏でる奄美弁のラジオ体操です。
のどかで温かくてとても癒やされます。

皆さんもぜひ聞いてみてください。
そして、それに合わせて体を動かしてみてください。
一人でも受けること間違いなしですヨ。

 

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いろいろと発展する「ラジオ体操」

2013-04-15 14:53:50 | 地域活動

新入社員と二人で始めたラジオ体操。
6ヶ月が経過しました。
その間、雨と雪で中止になったのはたったの4日間。
元旦も休むことなく、最近は、雨の日も東屋(定員4人)の下でやっています。
しかも、私は皆勤賞です。
毎週土曜日だけは、ゴミ拾いと掃き掃除も欠かしません。
半年もよく続いたものです。
あまり力まずに気楽に始めたのがよかったのだと思います。

お立ち台で私と新入社員が模範演技をしていましたが、最近ではもう一人増えました。
この2週間、ラジオ体操連盟の指導員の方が毎日1~2名来て、本格的に指導していただくようになりました。
そして先週に12日、ついに参加者は20人を達成。

飲み会や花見などもやるようになり、コアメンバー(5人)の結束も深まりました。
その中の一人が、自主的にラジオ体操実技講習会(東京)に通い始め、指導員資格に挑戦するまでになりました。

ここまで盛り上がってきたのは、本当にうれしくありがたいことです。
しかし、ここで大きな岐路にぶつかりました。
参加者たちから、ウェアや帽子を揃えたいという声が上がりました。
また、ラジオ体操連盟から連盟への加入の誘いがありました。
当社は、会が盛り上がることはいいことだと、受け入れようとしました。

うちの奥さんにそのことを話すと、「そんなことをしたら、皆が気楽に参加できなくなるよ」と反対意見。
ハッと気づきました。
こんな風に散歩途中の人が三々五々集まり、通りがかりの人が飛び込みで参加してくれるのは、自然発生的で自由な雰囲気があるからだと。
そこで、コアメンバーの人たちに問いかけました。
「この会には名前つけない。会長もいない。ユニフォームも作らない。そんなゆる~い「烏合の衆」よような集まりで行きたいと思いますが、皆さんはどう思いますか?」
全員が異口同音に「その方が誰でも自由に参加できる」「会を作ると縄張りができて一般の人が近寄りにくくなる」など、手放しで賛同していただきました。
ということで、ラジオ体操連盟には加入しないことに決定。
もちろん、ラジオ体操連盟を否定するものではなく、むしろより広い輪に広げたいというのが主旨です。

これまで、15年以上まちづくり活動を続けてきて、自分でも「かすかべ元気印の会」など活動団体を立ち上げてきました。
自分の熱い思いがあり、自分だけが先走りしてジレンマに陥ることしばし。
自分がストイックになることで熱狂的な支援者はできるのですが、閉鎖的になったり、排他的になり、活動の輪が広がらないという限界を感じていました。
もうひとつは、活動がトップダウン的になり、意思決定や行動は迅速なのですが、参加者の自主性が薄れ、人任せになってしまう。
このことの反省から、「かすかべ元気印の会」(約2年間活動)も3月一杯で一旦発展的に解散しました。
市民活動のあり方について悶々としていた私に、もっともヒントを授かったのがこの半年間のラジオ体操なのです。

正式に会を作って、ルールを決めて活動すると、参加者は義務的で受け身的になりやすいものです。
そして、幹部グループと会員たちの間にギャップが生まれ、会員が離反していく。
例会や総会には、幹部の数人しか集まらなくなって形骸化していく。
そういう悩みを抱えた団体をよく見かけます。

逆に、私が勝手にラジオを持参して始めただけのラジオ体操。
そこに集まった来た人たち。
私が遅れたらという心配から、ラジオを持参する人が出てきます。
参加する人が減ったら存続しないのではという心配をして、ウォーキングをしながら参加を呼びかける人がいます。
雨の日も私一人でやっていると、可哀想だからと来てくれる人がいます。
杖をついて引きずるようにして歩いていた人が、ラジオ体操のおかげで杖が要らなくなったと喜んでいる人がいます。

私の動きは今までとは真逆です。
空気のような存在に徹し、じっくりと自主性が育つのを待つ。
私は、毎日欠かさず朝の6時30分にラジオを持って会場に行き、10分間のラジオ体操を淡々とやるだけ。
そして、誰かがいい話をしたら、それを皆さんにお裾分けをしてあげる。
つなぎ役です。

まちづくりは、住民の自主性に基づいていない限り空振りになり、一過性で終わってしまいます。
今のラジオ体操の活動は私にとって最高の勉強の場です。
「住民の意識やパワーもまんざらじゃない」という実感が私を勇気づけてくれます。

単なる「健康づくり」から「助け合い」や「絆」といった「共助社会」(コミュニティ)の芽が育ち始めています。
今までの商店や商店街中心のまちづくり発想から住民中心のまちづくりに、私も少しずつ目覚め始めています。
行政主導のまちづくりに大きな疑問を持っていた私に、少し明るい日差しが差し込んできました。

以上が、今日この頃のラジオ体操の成果です。
たかがラジオ体操、されどラジオ体操。
次の半年で大きく進化していくような予感がして、毎日がワクワクです。


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