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京阪ミュージアムトレイン

2010年08月29日 23時59分59秒 | Weblog
7月10日から始まった「京阪開業100周年記念」の『京阪ミュージアムトレイン』の展示も、中之島駅で既に10回行なわれ、今日が最終日なので出掛けました。


    靱公園 子供たちが気持ちよさそうに水遊びをしていました


  中之島駅の一番東の出入り口は、"なにわ筋"の玉江橋南詰にあります


        改札口の電光表示に案内が流れていました


         3番の『京阪ミュージアムトレイン』








             入口で頂いた小冊子


  社内は、休憩用の椅子を若干残し、他は展示場所になっていました
  展示のテーマは次のとおりです
   1号車:京阪電車100年のあゆみ
   2号車:なつかしの駅風景
   3号車:京阪特急特集
   4号車:京阪電車でおでかけ
   5号車:京阪電車グッズ大集合


南座での歌舞伎や遠足で乗り降りした三条。ホームの下に水が流れている駅がここであったと分かったのは、衣笠に通い始めてからのことで、急な流れも疎水であることを知りました。残念ながらその写真はありませんでした。京阪本線と京津線の間の三角形の場所には土産物屋が多くありました。
伏見稲荷の市電とのクロッシングの写真もなかったですね。四条と大阪市電とのはあったのですが。
天満橋駅の降車ホームと乗車ホームの様子もね。だって、これね、淀屋橋に特急が着くでしょう。お客さんが降りたら、一旦扉を閉め、半輌ほど進み、開扉しますね。これの基が天満橋方式。広い構内ですから、半輌なんてケチ(?)なことではなく、長いホームの東側に止まったのち、一編成分強西へ移動してましたからね。

   



1963(昭和38)年、天満橋から淀屋橋への延伸があり、阪急での衣笠通いを京阪にしました。そのときに乗ったのが1900系。南海ホークス絶頂期で、今日は野村(1919)に乗ろうか、杉浦(1921)に、いやいや皆川(1922)と楽しんでいました。
東京五輪で女子背泳で田中が敗れたもの、延々と続けられた米独の棒高跳びの様子もテレビカーで観ましたし、閉会式の聖火は、天満橋の地下に入って行き、もう直ぐテレビが見えなくなるその直前に完全に消えました。
2年間、1900系に乗った後社会人になり、祇園祭と顔見世の時に利用する程度になったため、わたしにとっての京阪特急はこの1900系!
通勤車輌に改造され、特急色を緑に塗り替えた姿は全く知りませんでした。そして、一昨年の12月、いよいよ完全引退の日が来てしまいました。その日の様子は、こちらをご覧ください。



さて、中之島駅に行くことがあったら、是非、ホームの最西端まで足を運んでくださいね。知る人ぞ知るとは、ちょっと大袈裟ですが、そこには・・・


       東から掘り進んできた"シールドマシン"です
 通常は解体されますが、延伸記念に一部を壁に埋め込んで残しています



         中之島新線用に新造された3000系 
    これにより3000系特急は、8000系30番台に改番






      何回か乗る機会を得ましたが、流石、"G"ですね







  これは2008(平成20)年7月の中之島隧道見学会の時のものです


  中之島新線は2008(平成20)年10月に開業しましたが、乗って
  いなかったので、天満橋まで一金弐佰壱拾円也で初乗りしました


天満橋で記念に切符をと申し出ると、無効印を押してくれたあと、ご覧のような手作りの簡易封筒(?)の中に切符を入れて、手渡してくれました。これまで幾度となく無効印を押してもらったことはありますが、封筒入りはこれが初めてでした。

中之島駅での列車展示は終わりましたが、この後、次の日程で4回行なわれます。
 【枚方市駅 5番線】9月18日(土)、19日(日)
 【中書島駅 4番線】9月25日(土)、26日(日)
なお、見学は無料ですが、改札内への入場や当該駅までの運賃は必要です。


この一週間はホントによく動きました。こんなことは初めてのように思います。しかも、連日の酷暑のなかをですからね。それなりのガタが来ている身ですが、動けることに感謝です。

さて、この中之島線、次はいつ乗るのでしょう。多分、中之島駅から西への延伸開業したときでしょうね。それが、いつなのか。その時まで命永らえているのか・・・
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