BE2 / ベルギー通信2

Enjoy your life. ベルギー、欧州から、フィールドは世界へ。

北海道旅2013秋 奇跡なのかこれは

2013-09-11 19:00:00 | Travel/Nomad


奇跡というのは誰にでも起こりえるし、人生の中で奇跡的な、あるいはあまりに偶然な出来事というものを誰でも大なり小なり経験があると思う。それは予期せぬ時に降ったようにやってきて、その後の人生に大きな影響を与える。そんな出来事が羊蹄山の森の奥で自分に起こった。あの時3人の外国人に声を掛けなければ、もっと言えばブリちゃんが故障しなければ、自分はいまここにいない。


前日、素晴らしい好天に恵まれた羊蹄山登山を終えて登山口のキャンプ場に戻り、テントでくつろいでいた。心地良い疲労感で気が付けば日が傾きかけていた。温泉に行こうとブリちゃんに跨がり、ニセコ駅の前にある温泉に向かった。山を下って国道に出た。何かおかしい、真っ直ぐ走らない。後ろのタイヤか、パンクでもしたか。

ブリちゃんから下りてリアタイヤを調べてみるが、パンクはしていない。はて、妙だな。

もう一度走り出してみる。明らかにおかしい。小刻みに蛇行する。もう一度止まってよく見てみて驚いた。リアホイール右側のベアリングが潰れて無くなっているじゃないか。

これはマズい。これで走るとアクスルシャフトまで逝ってしまう。もう走れない。近くの町は歩いて少なくとも1時間半。ブリちゃんを押して行くには、その倍はかかるだろう。

参った。先月の福島でもブリちゃんは電装系が沈黙して軽トラで回収に行かなければならなかった。しかしここは北海道、それも相当な田舎町。ほかの地方都市とは訳が違う。

いつもならプランB、つまり次善策を思い付くのだが、あまりのショックに呆然として頭が回らない。ゆっくりと、ゆっくりとブリちゃんを走らせて、なんとかキャンプ場に辿り着いた。どうしようという傷心が何度も夢に出てきて、そのまま一夜を過ごした。

明けて翌朝、羊蹄山の登山口になっているキャンプ場は、暗い内から登山客がやってくる。その音で目が覚めて、重い頭を起こして今日これからの行動を組み立ててみた。町へ行くには時間が掛かる。直すにしても部品が手に入るか。はたまたどこかにデポして軽トラで取りに来るか。自転車なら輪行すれば済むが、オートバイはそうはいかない。

まず、ネットでブリちゃんのベアリングの型番を調べる。ブリちゃんの中華ベアリング粉砕トラブルはよく起こると、以前ネットのどこかで読んだ記憶がある。あった、あった、嬉しいことにベアリングの型番が書いてある。今度は型番から部品の仕様とメーカーを調べてみる。ISOの規格品だ、良かった。案外入手は容易かもしれない。部品さえ入手出来れば、バイク屋でプラーで抜いて交換が出来るだろう。

ここまではスマホを叩いて分かった。修理が可能そうなら、町までブリちゃんを押していくより他はない。行くなら早い方がいい。ニセコより倶知安の方が町は大きい。倶知安へ押して行こう。そうと決まれば即行動開始だ。

朝食を済ませ、水場に歯を磨きに行った。歯を磨いていると、3人の外国人が車から下りてくるのが目に入った。若いカップルと、ちょっとワイルドな感じの小柄で初老の男性。彼らは英語だが、話し方から見ると米国人ではない。恐らく欧州人だろう。顔からして親子でもない。

横を通るとき挨拶を交わして、歯ブラシ片手に見送った。そして、ああそうだ、彼らは入山記帳を知らないかもしれないと気が付いた。急いで追いかけて、記帳箱を開けて、書き方を説明する。再度気をつけてと見送って、水場へ戻った。


程なくして初老の男性が戻ってきた。訳を聞くと、若い頃の無理がたたって背中を悪くしていて登れないんだと言います。それは残念だね、昨日の羊蹄山はすばらしかったよ、見送るだけなんて残念だね、と返しました。そして、そうそう、こっちもオートバイがイカれちゃって参ってるんだ、と付け加えました。

すると、ちょいワイ男は、 俺はいろんな仕事をしてきたから分かるかもしれない、 どれどれ見せてみろよと言います。リアホイールのベアリング部を見せて、破損具合を説明します。工具は持っているのかと聞きます。うん、コイツはしょっちゅう故障するから一通りは持ってるよと答えると、ならばホイール外して修理に行こうと言い出しました。

そこからの行動は早かった。ホイールを外し、テントをたたんで彼の後部座席に積み込んで、ブリちゃんだけを残してキャンプ場を後にした。

車の中で開いた彼の口から出てきた話に耳を疑った。英国マンチェスター生まれでサッカーが好きで、学校が退屈過ぎてパイロットになりたくなって、16歳の彼は英国空軍の門を叩いて門前払いを喰らい、それでも食い下がってテストを受ける。結果に驚いた空軍は2年後ならパイロットになれるが、それまでデーターセンタの仕事をしてくれないかと言ってきたそうだ。そのオファーにOKした彼は、周囲の大学出、大学院出の秀才達の中で、たった16歳でズブの素人からプログラミングを猛勉強して、仕事をこなした。裕福でなかった彼の家庭、早くに母を亡くして家事もやりながらだったと言う。2年経って、パイロットかデーターセンタに残るかの選択を迫られたときに、人の命令で人殺しをするのは嫌だと思い、そのまま仕事に戻った。

18歳の彼は大学に行きたかったが、5人の子持ちで妻も亡くし、貧しい生活で汲々とする父親は頑として許してくれなかった。そしてある日、日夜の交代勤務で帰ってきた彼を、遅くなって帰ってくるなと、玄関の前で張り倒した。

彼は、かねてから折り合いの悪かった父親の家を出る決心をして、そこから常人の人生の10倍は有るだろうと思われる、にわかには信じられない経験を世界中を回って積み重ねてきた。これが彼についてのほんの触りだ。48時間後に彼の豪邸を発つまで、自分にとってはこれが普通だというトンデモ話を聞くことになる。



クルマは町に着いて、ホイールを抱えてバイク屋を訪ねた。無愛想なオヤジが、こちらも見ずに、直せるが部品は無いと吐き捨てるように言った。部品はどこで手に入るのかと訊ねると、注文するしかない、あるいは福田さんなら有るかもな、と。その福田という会社は何処にあるのですかと恐る恐る訊くと、国道右に曲がって1キロほどだ、と言う。部品が有れば直せますね、と念を押してその場を後にした。


探し当てた福田という会社には、やはり部品の在庫はなくて、信菱自工なら有りますと、丁寧に対応してくれた。また町に戻って、逆方向に走ってその会社を見つけ、ベアリングをスペアも含めて4個手にしたとき、それまでの数時間が夢のようだった。もちろん、その間にも運転する彼の口は休むことなくトンデモ話を紡ぎ出し、助手席の私を終始興奮させた。


もうお気づきだと思うが、私に起こった奇跡とは、北海道のド田舎でブリちゃんが即日で修理が完了したと言う事だけじゃない、ポールと名乗るこのオーストラリア人と出会ったことの方が奇跡なのだ。運転中の車の中、カフェの中、その後に招かれた豪邸の中、切れ目なく話し続ける彼のトンデモ話は尽きることがないのだ。



ここまで一気に書いてきて疲れたので、一旦、筆を置く。続きはまたの機会に。


人生は奇なもの味なもの@BE2

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 北海道旅2013秋 7日目 羊... | トップ | 北海道旅2013秋 10日目 ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。