●ふんばるところに生きる価値がある
つまり私が言いたいのは、神や仏に、自分の願いを祈ってもムダということ。
(だからといって、神や仏を否定しているのではない。念のため。)
仮に百歩譲って、神や仏に、奇跡を起こすようなスーパーパワーがあるとしても、信仰というのは、そういうものを期待してするものではない。
ゴータマ・ブッダの言葉を借りるなら、「自分の中の島(法)」(スッタニパーダ「ダンマパダ」)、つまり「思想(教え)」に従うことが信仰ということになる。
キリスト教のことはよくわからないが、キリスト教でいう神も、多分、同じように考えているのでは……。
生きるのは私たち自身だし、仮に運命があるとしても、最後の最後でふんばって生きるかどうかを決めるのは、私たち自身である。
仏や神の意思ではない。
またそのふんばるからこそ、そこに人間の生きる尊さや価値がある。
ドラマもそこから生まれる。
が、人は一度、うしろ向きに生き始めると、神や仏への依存心ばかりが強くなる。
毎日、毎晩、仏壇の前で拝んでばかりいる人(女性70歳)も、その一人と言ってもよい。
同じようなことは子どもたちの世界でも、よく経験する。
たとえば受験が押し迫ってくると、「何とかしてほしい」と泣きついてくる親や子どもがいる。
そういうとき私の立場で言えば、泣きつかれても困る。
いわんや、「林先生、林先生」と毎日、毎晩、私に向かって祈られたら、(そういう人はいないが……)、さらに困る。
もしそういう人がいれば、多分、私はこう言うだろう「自分で、勉強しなさい。不合格なら不合格で、その時点からさらに前向きに生きなさい」と。
●私の意見への反論
……という私の意見に対して、「君は、不幸な人の心理がわかっていない」と言う人がいる。
「君には、毎日、毎晩、仏壇の前で祈っている人の気持ちが理解できないのかね」と。
そう言ったのは、町内の祭の仕事でいっしょにした男性(七五歳くらい)だった。
が、何も私は、そういう女性の生きザマをまちがっているとか言っているのではない。
またその女性に向かって、「そういう生き方をしてはいけない」と言っているのでもない。
その女性の生きザマは生きザマとして、尊重してあげねばならない。
この世界、つまり信仰の世界では、「あなたはまちがっている」と言うことは、タブー。言ってはならない。
まちがっていると言うということは、二階の屋根にのぼった人から、ハシゴをはずすようなもの。
ハシゴをはずすならはずすで、かわりのハシゴを用意してあげねばならない。
何らかのおり方を用意しないで、ハシゴだけをはずすというのは、人として、してはいけないことと言ってもよい。
が、私がここで言いたいのは、その先というか、つまりは自分自身の将来のことである。
どうすれば私は、いつまでも前向きに生きられるかということ。
そしてどうすれば、うしろ向きに生きなくてすむかということ。
●今、どうしたらよいのか?
少なくとも今の私は、毎日、思い出にひたり、仏壇の金具の掃除ばかりするようになったら、人生はおしまいと思っている。
そういう人生は敗北だと思っている。
が、いつか私はそういう人生を送ることになるかもしれない。
そうならないという自信はどこにもない。
保証もない。毎日、毎晩、仏壇の前で祈り続け、ただひたすら何かを失うことを恐れるようになるかもしれない。
私とその女性は、本質的には、それほど違わない。
しかし今、私はこうして、こうして自分の足で、ふんばっている。相撲(すもう)にたとえて言うなら、土俵際(ぎわ)に追いつめられながらも、つま先に縄をからめてふんばっている。
歯をくいしばりながら、がんばっている。力を抜いたり、腰を浮かせたら、おしまい。あっという間に闇の世界に、吹き飛ばされてしまう。
しかしふんばるからこそ、そこに生きる意味がある。
生きる価値もそこから生まれる。
もっと言えば、前向きに生きるからこそ、人生は輝き、新しい思い出もそこから生まれる。
……つまり、そういう生き方をつづけるためには、今、どうしたらよいか、と。
●老人が気になる年齢
私はこのところ、年齢のせいなのか、それとも自分の老後の準備なのか、老人のことが、よく気になる。
電車などに乗っても、老人が近くにすわったりすると、その老人をあれこれ観察する。
先日も、そうだ。「この人はどういう人生を送ってきたのだろう」「どんな生きがいや、生きる目的をもっているのだろう」「どんな悲しみや苦しみをもっているのだろう」「今、どんなことを考えているのだろう」と。
そのためか、このところは、見た瞬間、その人の中身というか、深さまでわかるようになった。
で、結論から先に言えば、多くの老人は、自らをわざと愚かにすることによって、現実の問題から逃げようとしているのではないか。
その日、その日を、ただ無事に過ごせればそれでよいと考えている人も多い。
中には、平気で床にタンを吐き捨てるような老人もいる。
クシャクシャになったオートレースの出番表を大切そうに読んでいるような老人もいる。
人は年齢とともに、より賢くなるというのはウソで、大半の人はかえって愚かになる。
愚かになるだけならまだしも、古い因習をかたくなに守ろうとして、かえって進歩の芽をつんでしまうこともある。
私はそのたびに、「ああはなりたくはないものだ」と思う。
しかしふと油断すると、いつの間か自分も、その渦(うず)の中にズルズルと巻き込まれていくのがわかる。
それは実に甘美な世界だ。愚かになるということは、もろもろの問題から解放されるということになる。
何も考えなければ、それだけ人生も楽?
●前向きに生きるのは、たいへん
前向きに生きるということは、それだけもたいへんなことだ。
それは体の健康と同じで、日々に自分の心と精神を鍛錬(たんれん)していかねばならない。
ゴータマ・ブッダは、それを「精進(しょうじん)」という言葉を使って表現した。
精進を怠ったとたん、心と精神はブヨブヨに太り始める。
そして同時に、人は、うしろばかりを見るようになる。
つまりいつも前向きに進んでこそ、その人はその人でありつづけるということになる。
改めてもう一度、私は自分を振りかえる。そしてこう思う。「さあて、これからが正念場だ」と。
(以上、2003年06月13日記)
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●自分の力で生きる
生きることは、孤独なこと。
自由に生きようと思えば思うほど、
またひとりで生きようと思えば思うほど、
孤独。
が、孤独を恐れてはいけない。
孤独であるのが、当たり前。
最後にマザーテレサの言葉をあげる。
あのイエス・キリストも孤独だった、と。
マザーテレサは、そう説いている。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●孤独は、無間の地獄
孤独とは、究極の地獄と考えてよい。
イエス・キリスト自身も、その孤独に苦しんだ。マザーテレサは、つぎのように書いている。この中でいう「空腹(ハンガー)」とは、孤独のことである。
When Christ said: "I was hungry and you fed me," he didn't mean only the hunger for bread and for food; he also meant the hunger to be loved. Jesus himself experienced this loneliness. He came amongst his own and his own received him not, and it hurt him then and it has kept on hurting him. The same hunger, the same loneliness, the same having no one to be accepted by and to be loved and wanted by. Every human being in that case resembles Christ in his loneliness; and that is the hardest part, that's real hunger.
キリストが言った。「私は空腹だった。あなたが食事を与えてくれた」と。彼はただ食物としてのパンを求める空腹を意味したのではなかった。
彼は、愛されることの空腹を意味した。キリスト自身も、孤独を経験している。つまりだれにも受け入れられず、だれにも愛されず、だれにも求められないという、孤独を、である。彼自身も、孤独になった。そしてそのことが彼をキズつけ、それからもキズつけつづけた。どんな人も孤独という点では、キリストに似ている。孤独は、もっともきびしい、つまりは、真の空腹ということになる。
(終わりに)
マザー・テレサのこの言葉には、本当に勇気づけられる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 孤独論 マザーテレサ hunger 渇き イエスキリスト はやし浩司 マザーテレサ キリストも孤独だった イエス・キリスト 孤独論 はやし浩司 マザー・テレサ)
(はやし浩司 2012−01−01夜記)
Hiroshi Hayashi+++++++Jan. 2012++++++はやし浩司・林浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【KO氏より、はやし浩司へ】
貴兄のブログで菅前首相、吉田前工場長を絶賛されているので驚き、嬉しく思いました。
特に菅前首相は史上最悪の首相と様々な分野で評価されていますので。
私は東工大機械工学卒で菅さんの後輩、吉田さんの先輩に当たります。
菅さんも自分の行為は歴史が評価するというようなことを言っていますが、まさにそういうことになるのだと思います。
私は早期退職、セミリタイア状況で、技術アドバイザーとして週に2日程度活動しております。
また高校OB会の地元の会長をやって(やらされて)おります。
原発関係ではあの清水前社長や天野IAEA事務局長が、高校先輩になります。
宇宙飛行士の古川さんは後輩ですが、彼のことだけは嬉しいことでした。
環境・エネルギー関係そしてハワイについてのブログをUPしていますので、お時間のある時に見ていただけたら幸甚です。
【GTさんから、はやし浩司へ】
はやしさん、こんばんは。
GTです。
日本はお正月ですね。
韓国は、旧正月なので、今日から普通の生活が始まっています。
はやしさんも韓国に住まれていらっしゃったんですね。
当時だったら、反日感情も大変だったのではないでしょうか?
いろんな経験をされていて、すばらしいです。
お返事ありがとうございました。
温かい無視ってそういう事だったんですね。
実際信じて待つって大変なことですよね。
義母なんかは未だにこれができなくて、息子(私のだんな)は責任感がないようです。
下の子が何かをやろうとしていると、すかさず「こうするんだよ〜」と口を出すので、下の子も「ハルモニ(おばあちゃん)いや!」って、言います。
自力でやりたがっているので。
端から見ているとよく見えるけれど、実際私はどうなのか客観的に見てみる必要がありますね。
基本的に待つようにしていますが、時間がかかってつい教えようとすると、怒り出してしまって、そうなると、「あ、待っているべきだったのに」と気づくことがあります。
ほんとに子供が親を教育してくれていますね。
それから、はやしさんの「そのうちおさまってくる」という言葉を信じて、今年は下の子を保育園に送らないと腹をくくって、関わっていこうと覚悟を決めました。
聞いてくださってありがとうございました。
にっちもさっちもいかない状態が楽になりました。
ありがとうございました。
GTより
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●励まし
私は毎日、こういう読者の方たちに支えられている。
またそれがあるからこそ、こうしてものを書くことができる。
KOさん、GTさん、ありがとうございました!
今年も、がんばります。
よろしくお願いします。
●菅直人前首相
たいへん恥ずべきことだが、私は「菅直人前首相」を、「管直人前首相」を書いていた。
正しくは、「管」ではなく、「菅」。
KO氏は、以下の私の書いた原稿に、先に転載したコメントを寄せてくれた。
もう一度、そのとき私が書いた原稿を、掲載する。
日付は、2011年09月12日になっている。
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●日本を救った、菅直人前首相と吉田昌郎所長
+++++++++++++++++
あの日、あのとき、菅直人前首相は、
日本を救った。
それはまぎれもない事実である。
読売新聞は、以下のように内幕を伝える。
+++++++++++以下、読売新聞、2011−9−12+++++++++++
枝野幸男前官房長官は7日、読売新聞のインタビューで、東京電力福島第一原子力発電所事故後の3月15日未明、東電の清水正孝社長(当時)と電話で話した際、作業員を同原発から全面撤退させたい、との意向を伝えられたと語った。
東電関係者は、これまで全面撤退の申し出を否定している。菅前首相や海江田万里前経済産業相は「東電が作業員の撤退を申し出てきた」と説明してきたが、枝野氏は今回、撤退問題に関する具体的な経過を初めて公にした。
枝野氏は、清水氏の発言について「全面撤退のことだと(政府側の)全員が共有している。そういう言い方だった」と指摘した。
枝野氏によると、清水氏はまず、海江田氏に撤退を申し出たが拒否され、枝野氏に電話したという。枝野氏らが同原発の吉田昌郎所長や経済産業省原子力安全・保安院など関係機関に見解を求めたところ、吉田氏は「まだ頑張れる」と述べるなど、いずれも撤退は不要との見方を示した。
菅氏はこの後、清水氏を首相官邸に呼んで問いただしたが、清水氏は今後の対応について明言しなかったという。このため、菅氏は直後に東電本店に乗り込み「撤退などあり得ない」と幹部らに迫った。
枝野氏は菅氏の対応について「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」と評価した。
+++++++++++以上、読売新聞、2011−9−12+++++++++++
●菅直人前首相の大英断
東京工業大学出身の菅直人前首相であったからこそできた、大英断である。
もしあのとき東京電力が、福島第一原発を放棄していたら、菅直人前首相が言うように、「東京ですら、人っ子1人、いない状態になっていた」。
もう一度、読売新聞の記事を整理してみる。
(1)東電の清水正孝社長(当時)と電話で話した際、作業員を同原発から全面撤退させたい、との意向を伝えられたと語った。
(2)が、東電側は、これまで全面撤退の申し出を否定している。
(3)しかし政府側は、東電側が全面撤退を申し出てきたと、全員が認識した。
いわく、『枝野氏は、清水氏の発言について「全面撤退のことだと(政府側の)全員が共有している。そういう言い方だった」と指摘した』と。
つまり東電側は、そういう言い方をしてきた。
その後の東電側の動きを重ね合わせてみると、東電側は、事故直後早々と、「全面撤退」を考えていたことがわかる。
「政府側の安全基準を満たしていたから、(私たちには責任はない)」(報道)などという発言もそのひとつ。
(4)原発の直接責任者である吉田氏は、「まだ頑張れる」と述べるなど、いずれも撤退は不要との見方を示した。
これはあとになってわかることだが、吉田氏は、東電側のあいまいな指示を無視、海水を注入しつづけ、原子炉の爆発を防いだ。
もしあの段階で、吉田氏の英断がなければ、福島第一原発は大惨事を招いていたはず。
(5)ここからがとくに重要。
読売新聞は、つぎのように伝えている。
『菅氏はこの後、清水氏を首相官邸に呼んで問いただしたが、清水氏は今後の対応について明言しなかったという。このため、菅氏は直後に東電本店に乗り込み「撤退などあり得ない」と幹部らに迫った』と。
●福島第一原発・吉田昌郎所長
「The Wall Street Journal」(2011年5月27日)、日本語版は、以下のように伝える。
++++++++++++以下、The Wall Street Journal++++++++++++
本社の停止命令に背いて注水を続けていた福島第1原発の吉田昌郎所長、彼の判断をどう評価すべきか、社会人としていろいろ考えた人が多かったのではないだろうか。
同所長は、会社の命に背いて注水を続けたことに加え、その報告を怠って政府や国会を混乱させたことの責任を問われ処分されるという話だ。
昨日、テレビに大写しになった吉田所長は、うつろな顔をしていた。
会社の判断を無視したのは確かだ。
しかし、会社の注水停止判断は、技術者なら誰でも認めるような明らかな間違いだったのだ。
確かに、もう少し早く報告できただろうという気はする。
++++++++++++以上、The Wall Street Journal++++++++++++
この吉田氏の行為に対して、菅直人前首相は、『視察後、首相が名指しで謝意を表明したのは東京から同行した武藤栄副社長ではなく、吉田所長だったそうだ』(日本経済新聞・4月8日)とある。
なお東京電力側が海水の注入をためらったのは、一度「海水」を注入すると、原子炉そのものが使い物にならなくなるからである。
東京電力側は、あの場に及んでも、そんなことを心配していた(?)。
●もしあのとき……
もしあのとき菅直人前首相ならびに、吉田昌郎所長の英断がなければ、日本は完全に沈没していた。
事実を、よく見てほしい。
100万キロワット(福島第一原発の原子炉1機分のみ)の加圧水型軽水炉(PWR)が事故を起こしたとする。
そのとき内蔵する核分裂精製物の量は、11577京ベクレル。
うち20%が放出されたとして、2290京ベクレル。
とほうもない量である。
電気出力100万キロワットの原発を、数年運転すると、1万3600京ベクレルの放射性物質が生まれる。
「その量は、広島型原爆の数千発分に相当する」(横尾試算「原発事故」宝島社)。
数千発分だぞ!
ちなみに、チェルノブイリでは、1880京ベクレルの放射性物質が放出されたという(京大グループ調査。)
が、もしあのとき福島第一原発が放棄されていたら、原子炉の爆発は避けられなかった。
それが4機+2機。
つぎつぎと爆発。
それで計算すると、11万京ベクレルx4=44万京ベクレル(以上、瀬尾試算、「原発事故」宝島社)
チェルノブイリの比ではない。
東京都も含めて、東北地方には、人はだれも住めなくなっていた!
その深刻さを鑑みるにつけ、菅直人前首相、吉田昌郎所長を、日本を救った大英雄と言わずして何という。
ともに東京工業大学出身であったからこそ、こうした判断ができた。
だから、枝野氏は菅氏の対応について「菅内閣への評価はいろいろあり得るが、あの瞬間はあの人が首相で良かった」と評価した。
●後書き
やがてあの事故が、詳細に検証される日がやってくるだろう。
そしてそれがわかったとき、みな、こう言うにちがいない。
「菅直人さん、ありがとう! 吉田昌郎さん、ありがとう!」と。
(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 幼児教室 育児 教育論 Japan はやし浩司 日本の英雄 日本を救った2人の英断。)
以上、2011年09月12日の原稿より
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
●なぜ、菅直人前首相ではだめだったのか?
菅直人前総理大臣が、首相の座を降り、ちょうど4か月になる。
(菅直人氏は、2011年09月02日に、内閣総理大臣を辞職。)
が、この4か月、日本は、よくなったのか。
何か、変わったのか。
現在は、野田佳彦首相が、総理大臣職を引き継いでいる。
が、私はいまだに野田佳彦首相が、どんな人物なのか、よくわからない。
顔が見えてこない。
見えてこないから、批評のしようがない。
ただここで言えることは、野田佳彦首相が、菅直人氏をやめさせてまで、首相になる価値のある人物だったかどうかというになると、私はそうは思わない。
談合政治?
八方美人?
無色透明で、言葉はうまいが、中身がない?
当たり障りのない、無難政治家?
長期政権をねらっている?
こうした(?)マークを、野田佳彦首相には、10個ほど並べたい。
これはあくまでも仮定の話だが、あの3・11震災時に、もし野田首相が事故を取り仕切っていたとしたら、この日本はどうなっていたか。
それを想像するだけでも、ぞっとする。
東京電力と保安院の言い分に押され、福島第一原発は、放棄。
そのあと発電所はつぎつぎと爆発、メルトダウン。
最近になって、事故直後、菅直人前首相が、あたりかまわず怒鳴り散らしていたという報道が伝わっている。
「感情をむき出しにするような人物は、首相として失格」と。
バカヤロー!
あの時点において、感情をむき出しにしない首相はいない。
むき出しになってくれたからこそ、東京電力側は、菅直人前首相の言うことを聞いた。
菅直人前首相の命令に従った。
こう書くと、福島県の人たちには申し訳ない。
が、今、福島県以外の人たちが、(私たち静岡県人も含めてだが)、事故以前とほとんど変わりない生活ができているのは、菅直人前首相、ならびに吉田昌郎所長のおかげである。
そのことを思えば、ささいなミスや失敗など、腸から出るガスのようなもの。
菅直人前首相は、「いつか、私の正しさは歴史が証明してくれる」というようなことを言っている。
それはその通りで、その歴史は、すでに今、始まりつつある。
読売新聞(11−09−12)の記事は、それを証明する、貴重な証拠のひとつということになる。
私たちはこの事実を、後世の人たちに伝えていかねばならない。
菅直人前首相、吉田昌郎所長、あなたがたは日本を救った、大英雄である。
大恩人である。
ありがとう!
(はやし浩司 教育 林 浩司 林浩司 Hiroshi Hayashi 幼児教育 教育評論 幼児教育評論 はやし浩司 菅直人首相 英雄 大英断 吉田昌郎 英雄 日本を救った恩人 福島第一原発事故 はやし浩司 英雄 菅直人)
●GTさんへ
GTさんは、子どもの母子分離不安について、相談してきた。
それに対して、私は2つのポイントをあげた。
(1) 温かい無視
(2) 求めてきたときが、与えどき、と。
その「温かい無視」について、「では、具体的にはどうすればいいのか?」と。
それについて、GTさんには、つぎのような返事を書いた。
【はやし浩司より、GTさんへ】
GT様へ
こんばんは。
こちらは昨日まで寒くてしかたありませんでした。
韓国はもっと寒いかと思います。
「温かい無視」は、子育ての鉄則のひとつです。
要するに、子どもの側に視点を置き、子どもが親の鋭い
視線を感じないようにするということです。
どうしても今の時期は、過関心、過干渉に
なりやすいので、注意します。
子どものやりたいようにやらせながら、しかし愛情だけは
しっかりともつということです。
ラッセルは、「限度」という言葉を使いました。
「限度をわきまえろ」と。
子どもに任すところは任す。
親の思い通りにならないことについては、じっとがまんし、耐える。
その耐える部分が。愛情ということになります。
(子どもを愛するということは、つらいことですよ。)
韓国という地で、がんばっておられるGT様を尊敬します。
何かとたいへんだろうと思います。
私も1967年、交換学生として、韓国に行きました。
テグ、ソウルなどを転々としました。
ヤンセイ大学、テグ大学などなど。
男のくせに、リファ女子大学(ソウル)にも行きました。
宿舎はなんと、ナムサンにあった、(今でもあるそうですが)、
タワーホテルでした。
当時の韓国は、本当に貧しかったです。
ミョンドンの大通りも、ロープに裸電球をぶらさげただけの明かりしか
ありませんでした。
ただ、焼肉がおいしかったです。
(当時の日本人には、焼肉は高級料理で、とても食べられませんでした。)
いろいろ思い出があります。
では、
はやし浩司
Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司
冒頭にあげた、GTさんからのメールは、その返事。
GTさん、今年もよろしくお願いします。
2011年から2012年をまたいだ、もう1年のつきあいということになりますね。
では、今夜は、これで失礼します。
どうか、お元気で!
はやし浩司
Hiroshi Hayashi+++++++Jan. 2012++++++はやし浩司・林浩司
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
***********************************
このマガジンがお役にたてそうな人が、あなたのまわりにいませんか?
よろしかったら、どうか、このマガジンのことを、お友だちの方に
話していただけませんか?
よろしくお願いします。 はやし浩司
***********************************
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
まぐまぐプレミア版(有料版)のお申し込みは……
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
. *※※
.※※ ***※
.*※※…※}※**
. **++ ※))
. {※}※※ /
. ※*… /mQQQm
.**/| |Q ⌒ ⌒ Q Bye!
. = | QQ ∩ ∩ QQ
. m\ ▽ /m〜= ○
. ○ 〜〜〜\\//
.=================================
.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
.=================================










