日大豊山水泳部 活動日誌

インターハイでの総合優勝を目指して、日々練習に励んでいます。

教えその28 「経験は力なり」

2015-04-30 05:05:43 | Weblog

長年の蓄積という経験は、力となります。

ここでいう力とは、知恵のことです。

それが一人の経験だけではなく複数の経験者の力となることで、その知恵はより強固なものとなります。

日大豊山の伝統を支えている教えの数々は、経験から導かれています。

経験は歴史によって磨かれた知恵であるともいえます。

そのため物事に取り組む際は、経験されたことを土台としてはじめることで間違いは少なくなります。

その土台は長年にわたる先人たちの試行錯誤の結果であるからです。

私たち個人個人の思考は限られています。

どれほど勉強し、考えたことであっても所詮は個人の思考にすぎません。

先人の経験は様々な風雨に耐えてきた石垣のようなものであって、その強固さは一個の石とは比べ物になりません。

何かを変化させようという場合は、築かれたその土台の上で行うべきであると考えています。

土台そのものをすべて取り換え、変更しようということは大変危険なことです。

なぜなら一からすべてを築こうとするほど困難なものはなく、また不安定なものはないからです。

私が経験から導かれた伝統や歴史を大切にし、それをもとに水泳部を存続させようと考えているのはこのような理由からです。

歴史や伝統の重要性を主張した人物に、18世紀のイギリスの哲学者で政治家でもあるエドマンド・バークがあげられます。

エドマンド・バークの哲学については別の機会にゆずりますが、安定した国家や組織を築く上で重要な原理を示しました。

1人1人の人間は不完全であり不安定なものになりやすいわけですが、時間によって磨かれてきた先人の経験は、物事の平衡を保とうとする知恵であるとしています。

これらの教えは、その先人の知恵を探ろうという試みから生まれています。

私たちはこれらの教えを理解し、今後も受け継ぐことで安定した水泳部という組織を築くことができるはずです。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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教えその27 「ポイントをおさえる」

2015-04-29 05:08:27 | Weblog

何に取り組むにせよ、向上を目指すのであれば、ポイントをおさえることが肝要です。

重要な点さえしっかりとおさえておけば、その他のことはいくらでも修正がききます。

まずはポイントを見きわめることが必要です。

そのためにはまずは全体を見渡し、どこに重要な点があるか、ということを知らなければなりません。

指導者側も選手側もその点が一致していれば、効率の良い練習となります。

練習はすべて無駄のない重要なものであることは間違いありませんが、すべてを全力で取り組むわけではありません。

一回の練習の中で必ずポイントとなる部分があるはずです。

指導者側はそのポイントを定め、選手側がそれを理解して取り組むことが重要です。

ポイントというのは、一回の練習の中だけでなく、一週間の練習計画にも重要な日というのがあります。

その日をはずすことなく、しっかりとおさえられることも大切です。

さらに視点を広げると数か月単位、数年単位という計画の中で重要な時期というのがあります。

例えば、スポーツ選手であればオリンピック選考会が最も重要な年といえるでしょう。

選手として最も力を発揮できる時期をとらえて、年間→月間→週間というように練習計画を立て、それを選手側が理解して取り組むことで最善の成果を出すことができます。

「ポイントをおさえる」ことは、水泳だけでなく、学習など他の事柄すべてにあてはまる重要な教えです。

それを見きわめるには、経験が生かされます。

最初からポイントをおさえられる人というのは少ないでしょう。

やはり経験を積んだ人物から教えを受け、自分で実践していく中で徐々に重要な点が理解できるようになるものだと思います。

ここに経験者の知恵が重要となる理由があります。

やはり「経験は力」です。

成功だけでなく、失敗も含めて多くの経験を重ねる中で大切なことをおさえることができます。

経験を積んだ年長者の話を素直に聞くという姿勢が自らの成長にとって不可欠です。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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教えその26 「失敗から学ぶ」

2015-04-28 05:03:32 | Weblog

成功の陰には、多くの失敗の経験があるはずです。

人はたいてい、自分の成功を語りたがるものですが、より学びが多いのは失敗のほうであると考えています。

教育現場で失敗というのは、本来許されるものではありません。

すべてが成功でなければならないわけですが、のちのち考えるとこうしておけばよかったと思うことは多々あります。

成功というのはその人個人のものであり、特殊な事情が重なることが多いですが、失敗には共通項が多いような気がします。

より多くの失敗を積み重ね、そこから学んでいる人のほうが成功しているのではないでしょうか。

その意味で考えると、失敗の経験というのは貴重なものです。

同じような場面に遭遇したときに、過去の経験から最善の対処ができるものと思われます。

そのためには失敗から目をそらすことなく、向き合う必要があります。

私はよほどのことでない限り、たいていの問題というのは解決可能であると考えています。

一番いけないことは失敗から学ぶという姿勢がなく、あきらめてしまうことです。

また、同じ失敗を何度も繰り返すことも経験から学んでいない証拠でしょう。

孔子は「過って改めざる、これを過ちという」という言葉を残しています。

過ちそのものは誰にでもあることです。

それを改めようとしないことが、過ちであるという意味です。

一生懸命取り組んでいれば、必ず失敗はつきものであり、失敗すること自体を恐れることはありません。

逆に失敗がないというのは、物事に真剣に取り組んでいないと言わざるを得ません。

大切なのはそこから学び、次に生かすという姿勢です。

高い目標を設定していれば、多くの失敗があり、その積み重ねの先に成功があるものです。

そもそも目標を実現しようという強い気持ちがあれば、少々の失敗には負けないはずです。

あきらめたり、何度も同じ失敗を繰り返すのは、もともと目標に対する気持ちも薄いものと思われます。

「失敗から学ぶ」というこの教えは、物事に真剣に取り組んで何とか成功したいと考える人にとって、大切なものです。

失敗を恐れることなく、自分の思う道を思い切って進むうえで今後も生かされる教えです。

竹村知洋

 

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教えその25 「ライバルを尊重する」

2015-04-27 04:42:51 | Weblog

この教えは、特にチームとして戦っている私たちにあてはまることです。

大会で勝利を勝ち取ろうという場合、そこにはライバルの存在があります。

競い合っているそのライバルチームへの対応の仕方を示す教えです。

リレー種目を重視しているときによくあることなのですが、ライバルチームが引継ぎなどで失格をしてしまうというような場合があります。

このようなときにも、決して声を大にして喜ぶようなことをしてはいけないということを教えています。

その理由は、周囲にはあたかも相手の失格を喜んでいるように映るからです。

ほとんどの場合、自分たちの順位が上がったことを喜んでいるのだとは思いますが、他者からはそのように見えません。

これはそのチームの「品格」の問題であるといえます。

このことに関連して、私が今後も決して忘れないことがあります。

2011年の東日本大震災の後、交通関係の遮断や学校の点検などでしばらく練習ができない状況が続いていた時のことです。

愛知県豊川高校の深田先生からお電話があり、豊川高校での練習を勧めて頂きました。

実際には交通面の問題から実現はしませんでしたが、このように声をかけていただいたということに対して感謝の気持ちを忘れることは決してありません。

このことを当時の生徒全員に伝え、「敵に塩を送る」という諺を例に挙げ、ライバルを尊重することの意味を教えたことを覚えています。

私が繰り返し読んだ本のひとつに英国最高の文学賞である、ブッカ—賞を受賞した『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳)があります。

この本のなかで「品格」とはどういうものかが問われており、それはプロフェッショナルな仕事をすることである、としています。

プロフェッショナルな仕事とは、どのような状況に置かれても取り乱すことなく、与えられた仕事を最後まで責任をもって果たすことです。

これは自分の仕事に対して精通していることはもちろん、周囲を見渡すことができる心の余裕がなければできないことです。

上杉謙信が武田信玄に塩を送ったという諺は、そのような人間の器の大きさをも示しています。

競技生活を続けていくうえでライバルの存在というのは、自分を高めるためにも貴重な存在です。

私たちはライバルを尊重できる品格あるチームを目指していきたいと考えています。

竹村知洋

 

 

 

 

 

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教えその24 「人の本性は顔に出る」

2015-04-26 05:14:18 | Weblog

この教えは、年齢を重ねれば重ねるほど身に沁みるものです。

顔というのは人の本性を映し出しているものと思われます。

この教えは中学生や高校生にもあてはまるものですが、年齢を重ねるほどその傾向は強まるようです。

充実感のある生活を送っている生徒は、顔に生気が満ち溢れており、輝いています。

目標を持たず、ただ漫然と生活している生徒は、顔にあまり表情がなく、目に力がありません。

例えば、選手の疲労度は体重や練習中の記録で測ることができますが、もう一つの重要な指標として、生徒の顔の表情があります。

疲労が蓄積しすぎていると無表情になる傾向が多いです。

表情というのは心の様子が反映されており、その長年の蓄積が顔をつくっているようです。

心に闇を抱えている場合、直接、口や態度に出さなくても顔には表れています。

そして、人と接しているときよりも、一人でいるときの何気ない表情に心の状態がよく表れています。

おそらく顔の変化というものは自分自身では気づきにくいもので、気づきやすいのは久しぶりに会った人なのではないでしょうか。

「自分の顔に責任を持て」というのはよく言われることです。

顔というのは常に他人にみられているものであり、自分自身では確認できません。

特に一時的な表情だと本人は気が付かないことが多いでしょう。

教員として生徒の様子を観察する時に、顔や表情をよく見ることは心の状態を確認するために大切なことです。

それと同時に自分の顔も他人からどう見られているか、ということも考えなければなりません。

私自身も常に反省しながらこの教えを生かしていきたいと思います。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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教えその23 「Simple is the best」

2015-04-25 04:48:21 | Weblog

良いものは、シンプルです。

シンプルというのは無駄がないということです。

この教えは練習メニューやフォーム、説明の仕方などすべてにあてはまることです。

あらゆる物事は、突きつめていくと無駄なものが省かれ、シンプルになります。

シンプルなものは、美しいです。

美しいものはシンプルであるともいえるでしょう。

フォームでいうと、力みがとれて必要なところにだけ力が入り、あとはうまく脱力ができている状態です。

しぶきの立ち方が最小限で、頭の動きが少なく、優雅に泳いでいるようにみえます。

「用の美」という言葉があります。

本当に必要なことだけが残り、無駄がすべて省かれたものには、美が宿るということです。

例えば、茶道における所作や使われる道具を思い浮かべるとその美を感じることができるでしょう。

思考することや物事に対する説明もできるだけシンプルな言葉にすることを心がけています。

難しい事でも一言で表現すると、すっきりした理解ができることが多いです。

しかし、シンプルにすることは簡単そうに見えて、これほど困難なことはありません。

長年の経験に磨かれてはじめてシンプルになっていくものです。

ここでいうシンプルさは、ただ単純であるというのではなく、深みのあるものです。

競泳は水着を着ているだけで道具を使用しませんので、より自分自身と向き合うシンプルなスポーツであるといえます。

つまり競泳は、シンプルさを究極に突きつめることができるわけです。

レースの一本一本に深みのあるシンプルさを込めていきたいものです。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

 

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教えその22 「将来を見すえた選手育成」

2015-04-24 04:50:32 | Weblog

選手の育成にあたって考慮していることは、将来を見すえた指導をすることです。

高校時代で競泳生活を終わらせるわけではなく、その後の成長を考えて練習を計画するということです。

特に男子選手の場合、競泳選手として成熟するのは大学から社会人にかけてです。

高校時代に完成させてしまうような練習計画を立ててしまうと、大学へ進学してからの伸びが期待できなくなります。

そのため、高校時代には基本的な事柄をしっかりと身につけることを第一優先として練習を計画しています。

私たちの直接的な指導は高校時代で一区切りしますが、競泳を続けている以上、その後も大会などで会うとその時の状況をよく確認します。

大学での成長はその時の練習が最も影響していることは当然ですが、その土台には高校時代までの基礎があることは事実です。

大学や社会人として競泳を続け、国際大会や日本選手権、インターカレッジで活躍することが競泳選手としての花であると考えています。

逆に高校時代までは今一つの成績であっても、大学で伸びれば競泳選手として成功したといえるでしょう。

高校時代で成長が止まってしまうような無理のある練習計画は戒めなくてはなりません。

指導者としては目先の結果を求めるあまり、選手に厳しすぎる練習を課してしまうということがよくあるものです。

大会で結果を出すために厳しい練習を課すことは必要なことですが、将来の成長を奪ってしまうような無理な計画はあってはならないことだと考えています。

高校時代に良い成績を残していても、大学でさらなる伸びがないのは高校時代の指導の問題であるともいえます。

まずは正しいフォームと基本的な持久力を身につけることです。

そして何よりも競泳選手としての本当の勝負は、大学以降にあることを認識することが大切です。

そのことは近年のオリンピック代表選手の平均年齢を考えれば理解できます。

最近の課題ともいえますが、どこに行っても誰の指導を受けても、極端な場合、指導者が誰もいなくても自分で成長できる選手を育成したいと考えています。

そのコーチがいなければ何もできない選手は、本当に強い選手とはいえません。

そのためにはまず選手自身が、自分をよく知ることが必要になります。

近年、練習やフォーム、レース展開など自分のことをよくわかっていない選手が多いようです。

何でもコーチの言いなりになり、自分で思考する力がなければ大学では伸びません。

自ら考え、自らを伸ばすことができる選手の育成が当面の課題です。

大学時代に花開く選手の育成を心掛けていきます。

竹村知洋

 

 

 

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教えその21 「結果がすべてである」

2015-04-23 05:09:29 | Weblog

試合での勝利を目標に掲げている以上、最も大切な価値とされるのは、その結果です。

いくら努力をしても結果がでなければ、評価はされません。

高校の運動部はプロではありませんから、結果がでなければやめなければならないということはありませんが、大学での競技生活を考えると同程度に考える必要はあります。

やはり結果を出していなければ、大学や社会人として競泳を続けることはできません。

努力をしてきたその過程というのは、その人の人生にとって決して無駄というわけではなく、多くの学びを得ることにつながっています。

しかし、あくまでも結果を求めて努力をしてきたわけですから、結果を出せなければ意味がないと考えています。

私は結果が出なかったときに、そこまで頑張ってきた過程をほめるようなことを基本的にはしていません。

高校3年生の夏が終われば、次の試合というのはありません。

選手が懸命に努力し、結果が出なかった責任はすべて指導者にあります。

相当なる時間や労力をかけて水泳に取り組んでいるわけですから、結果がすべてであって、そこにいたるまでの努力は当然のことです。

豊山水泳部はインターハイで21回の準優勝、11回の第3位がありますが、その時にかけられる言葉は、「まあまあだったな」です。

優勝してはじめて「おめでとう」と言われるのですが、私はそれでよいと思っています。

日本大学付属や東京都の試合では50年以上優勝し続けていますが、全国大会での優勝を目標としているチームですからそれは当然のことであって、誰も褒めたりはしません。

結果が出ない時にもその理由はいろいろとありますが、それを口にしても言い訳にしかなりません。

「為すべきことを為す」だけです。

個人それぞれの目標はあるとしても、豊山水泳部がチームとして唯一価値があるといってもよいのは、全国で総合優勝することだけです。

試合での勝利を目標としている以上、勝った時に味わう喜びがあるだけであって、普段から練習をしていて楽しいと思うことはありません。

練習で味わえるのは、目標に近づいているという充実感です。

苦しくても頑張ることができたという充実感をどれだけ味わえるか、ということが自信につながり、結果としてついてくるのです。

「結果がすべてである」というこの教えは厳しさを感じるかもしれませんが、そのぐらいの厳しさをもってしなければ試合で勝つことはできません。

結果を出したい人は誰でも相当なる努力をしているのは当然だからです。

 アーノルドシュワルツェネッガーが主張している「成功のための6つのルール」第5番目が「work your butt off」です。

死ぬ気で頑張る、という意味です。

結果を出したい人は自分が休んでいるときにも先に進んでいる、ポケットに手を突っ込んでいては階段を昇ることはできない、というわけです。

人生で成功を収めていることの背景にはそのような努力があるのは当然であり、結果に結びついているわけです。

努力の過程を認められたいと思っているうちは、勝負に勝つことは難しいでしょう。

最終的には「結果がすべて」です。

竹村知洋

 

 

 

 

 

 

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教えその20 「人に任せる」

2015-04-22 04:32:18 | Weblog

この教えは、組織の中で立場を上とする人にあてはまるものです。

最初は誰もが一番下の立場で入るわけですが、いずれ上の立場になります。

その時に上の立場から下の立場の人に仕事をどのように任せるか、ということです。

「人に任せる」ということは、基本的に一度仕事をお願いしたら最後まで見届けるという姿勢でいる、ということです。

基本的な方針だけしっかりと伝え、はじまってしまえばあとは原則として最後までその人に任せるのです。

たいてい上の立場の人は色々と思うことがあり、口を挟みたくなるものです。

しかし、その人に任せた以上、途中であれこれと注文をつけることはその人のためにもならないことが多いように思います。

あまりにもうまくいっていないようであればアドバイスする必要があるかもしれませんが、相談があれば聞くというぐらいの方がいいです。

これは、どちらかというと上の立場の人が忍耐強く、我慢をしなければならないところであると思います。

しかしこの方法は上の立場の人にも学ぶことが多いものです。

上の立場の人は自分のやり方というものがあって、一度その方法が固まっているとなかなか異なる方法を受け入れがたいものです。

成功した時の方法を人にも押し付けがちになります。

しかし、若い感性から生まれる自分とは異なるやり方から学ぶことも多いことを忘れてはならないと思います。

「人に任せる」ということは、上の立場の人にとっては度胸がいるものです。

自分でやってしまった方がよほど気が楽なものであると思います。

もちろん失敗はつきものですが、そこからさらに学びを得るわけです。

そして、上の立場の人は下の立場の人が失敗した場合に「責任をとる」覚悟が必要であることはいうまでもありません。

実際、私は大学卒業後すぐにすべての練習メニューを担当させていただきました。

すべてを任せていただいたという責任感とともに多くの学びがあったことは、自分が上の立場に立った時のチーム作りに大いに役立っています。

これはチームの上下関係にもいえることですが、例えば3年生が2年生に指導し、2年生が1年生を指導するということも必要です。

3年生が直接1年生を指導するだけでなく、2年生に対して1年生の指導の仕方を教える必要があります。

1年生はそれをみて上下関係を学ぶことができます。

このような経験は社会人として働き始めたときに大いに役に立つことでしょう。

自分がいなければだめだというような組織作りはいずれ衰退します。

後継者の育成ということも組織の長きにわたる繁栄のためには不可欠です。

幸いにも豊山水泳部には、将来は指導者になりたいという夢を持つ生徒が多いです。

強い水泳部を保ったまま、次世代へ引き継いでいくことはこれからも永遠の課題です。

竹村知洋

 

 

 

 

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教えその19 「最初が肝心」

2015-04-21 06:48:34 | Weblog

何か物事を始めようとする際には、やはり「最初が肝心」です。

学校でいえば、4月がこれにあたります。

新入生を迎え、練習や授業が新たに始まる時期です。

最初に基本的なことをしっかり教えておくと、あとで多少乱れる部分があっても立て直すことはできます。

しかし、最初にうまくいかず徐々によくしようとしても手遅れの場合が多いです。

授業でも最初の授業で基本的な方針をしっかりと示すことができれば、その後の授業がスムーズにいきます。

人は最初の印象というのがその後も残りやすいのでしょう。

中学や高校では3月に3年生が卒業し、4月には皆が進級して、上級生という立場になります。

上下関係を重んずる豊山水泳部では、上級生が下級生に対する指導を行います。

4月には新入生に対する指導のみならず、上級生としての指導の方法についても教える必要があります。

すべてを顧問やコーチが行えばスムーズにいくのかもしれませんが、上級生として下級生を指導するという経験も大変重要なことです。

指導の経験は、人を新たな成長に導く良い機会です。

指導をするのに最もよい方法は、手本を見せることです。

つまり、上級生として下級生に手本となる行動をとることが大切であることを最初に教えます。

自分が下級生であった時の気持ちを考えて指導することも必要です。

4月には新入生の指導とともに、上級生としてのありかたを身につけることで新たなチームが動き出します。

やはり上級生がしっかりしているときのチームは強いものです。

4月の指導はチーム作りにとって大切なだけでなく、個人の目標の設定・再確認にも重要な時期となります。

それぞれ学年が上がることで目標の再確認をすることで、気持ちも新たに取り組むことができます。

新入生が入ることで上級生の刺激にもなります。

最初にどのような目標を設定して取り組んだか、ということはその後の成長の仕方に大きく関係します。

目標の設定の仕方というのも重要です。

最初に立てた目標、最初にかけられた言葉、最初に出会った人というのは、のちのちまで大きな影響を与えるものです。

やはり「最初が肝心」です。

学校教育にとって、4月というのは最初によいスタートを切るために大切な時期です。

竹村知洋

 

 

 

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