ぶうちゃんのリハビリ日記  自由へ続く道

持ち前の負けず魂で、医師には不可能といわれた一日も早い社会復帰を目指すリハビリ親父の日記です。

発病から今まで その22

2006-05-20 13:52:31 | 健康・病気

小太ママコメント有り難うございます。これからも頑張りますのでよろしくお願いいたします。

さて、入院して二ヶ月半が過ぎたころ、やっと導尿のチューブが外れる事になった。医師から『長い間、チューブを入れていたので尿が出なかったり、逆に出っ放しになる可能性がある』と言われていたので不安であったが、幸いな事に排尿の感覚もあり、排尿もちゃんとできた。体重も倒れたときは90㌔有ったものが60キロになっており、ビックリしたのが夜、寝ていて下着にしわが寄ってお尻が痛くて眠れないので看護師さんを呼んで見てもらったら、下着にしわが寄っているのではなく痩せた為にお尻の皮にしわが寄って痛かったのである。看護師さんを呼ぶと言えば忘れられないのが『ナースコール』である。私は、手も足も動かせなかったので唯一、動く首で使えるナースコールを看護師さんが探してきてくれて使っていたが、これが首でボタンを押すタイプで砂袋で固定してくれていたのであるが、たまにずれてしまいボタンに届かなくなってしまう事があった。その時の看護師さんが巡回に来るまでの時間の長かった事!声は出ないし、不安でしょうがなかった事を思い出す。入院も3ヶ月を過ぎたころもう一つのリハビリ施設に転院の申請をしてみようということになった。


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1 コメント

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僕も以前(10年前)四肢麻痺になって死にかけた経... (まさ)
2006-05-20 18:34:46
病名は、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
治療の甲斐あって社会復帰したのも束の間10年ぶり再度入院ミエロパチーだそうです。症状もなんとか軽くなったので、自宅にて自主リハビリ中です、こおゆうとき自分が介護福祉士になっといてよかったなんて思ってしまいます。

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