生涯学習の部屋

資格取得数232。5つの修士と16の学士と1つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

産業能率大学大学院!

2010年02月28日 10時05分57秒 | 産業能率大学大学院
先般、「大学院に行きたいと考えているので、アドバイス願います」と、このブログからメッセージ直接送信いただいた方がいた。

何を知りたいのかよくわからなかったし、メールアドレスがなかったので、連絡を取る方法もなかったのだが、ブログの中で述べることができる範囲でアドバイス?させていただきます。

1.受験準備
きっと、志願される方だから、受験案内に書いてあることはご理解いただいていると思うが、やはり、会社からの推薦状は必須と考えていただいた方がよい。本学は、独立・起業を応援するものではなく、企業の中でのリーダーを育成することがアドミッションポリシーである。私は、「推薦状が出せない理由書」提出で乗り切ったが、会社からの推薦状が原則必要なことを述べておきます。

2.筆記試験
試験は、たしか1時間半だったような気がします。問題は経営学の初歩的な問題が1問。試験問題の選択の余地なしです。会計でも、人的資源でもなし。私としては、全くわからない内容だったが書き綴りました。たしか、文字数も1200文字程度だったような記憶があります。

ちなみに、一般的に1200文字で述べよと書かれている場合、最も推奨される文字数は1200字ピッタリで書くことである。1200文字程度と書かれれば、できれば前後5%の範囲1140~1260文字で書くことをお勧めします。これは自分勝手な意見ですが、指定された文字数や発表時間で自分を表現することが、最低限MBAの必要スキルだと思っています。

また、私は勝手に、この筆記試験は最終成果物(最低4万字程度?)を書けるかどうかを判定する基準と考えています。ここで書けない人は、リカバーが難しいと思います。それでも、書けなければテーマから強引に自分の得意分野へ論理展開を図り、自分が書けることを証明しておいてください。

3.面接試験
資料や卒業論文などを持ち込んでいる人もいましたが、そんなものなくても自分と言う個性で勝負していただいていいと思います。ただ、本学は「レベルに達していないもの(あるいは見込みのない人)は、ムリして合格させない」という暗黙の基準があります。定員に大幅未達であっても、ドシドシ不合格を出します。筆記試験もそうですが、面接試験で発言できない人は不合格になるのではと推測しております。

MBA(今は、マネジメント大学院であり、MBAというのが憚られますが・・・)である以上、授業の中で発言していかないことには意味がないし、評価されない。授業では上場企業の代表者や役員レベルが登場するので、それに耐えうるだけのコミュニケーション能力が求められるわけです。あまり変なことを発言して欲しくないし、かと言って、授業で全く発言しないのも困る・・・その微妙な機微がわかって欲しい。

そして、私の場合だけかもしれませんが、授業に参加できるか、できないかが問われます。平日の19:00から遅刻なしで参加できるか、欠席なしで参加できるか・・・そういうチェックも入ります。

無論、研究計画書の内容を復唱させ、その内容について、どのように研究を続けていくか、そして、企業がそれをどこまでサポートしてくれるかも審査の対象となります。

4.授業
授業は遅刻・欠席厳禁です。私のときには「30分以上の遅刻は欠席扱い」「欠席は3回までで、それ以上は即不合格」「30分以内の遅刻は3回で遅刻1回にカウント」以上の制約がありました。これだけ明確に基準が決まっているのは他の社会人大学院ではあまりない制度です。また、成績も「全員に優」とかありません。「S」「A」「B」「C」等、評価は何%までという基準があって、他の大学院のように、これからの研究者としての履歴に傷を付けないな~んて配慮は一切なし。そもそも、研究者を育成するのが本学のポリシーではありませんから。

上場企業の寄附講座もありますが、それ以前に、経営コンサルタントの先生だと、ご自身の人脈で経営者を特別講義のゲストとして連れてこられます。凄い人がたくさんこられます。仕事の上では絶対会えないような方々と飲み会とかすることもあり、「肩書きに物怖じしない性格」が形成されます。雲の上の人でも、授業の中や飲み会では「対等」である。そのときに、自分の「地の力」というものが求められる。そのやりとりが、私にとってはとても楽しい。

また、経営コンサルタント等、実務家が多いのが本学の特徴であり、そういった意味では、実務に役立つこと、あるいはコンサルタント的な視点を学ぶことができます。

5.コンサルティングワークショップ
これが、最大の難関。他の授業は出席し続けて、ついていければ単位は概ね取得できるのですが、この授業はそれだけじゃダメ。他の大学院ならゼミというものですが、本学では、経営コンサルタントの視点で自社を分析し、改善案を提案することが、最後の関門として1年かけて学習します。指導教官のアドバイスや指示を受け、他のゼミ生から指摘をうけて、最終成果物を作り上げていきます。だから、会社の推薦状や協力がないと、「S」が取れない。私も、この科目、頑張りましたが、「B」でした。なんせ、会社の協力がなかったから・・・

一気に書き綴りましたが、この程度でいいかしら?もっと、突っ込んだ内容もあるのですが、公開することが憚られますので、2000字超ということでご容赦願います。

短大、大学と学習されてきたあなた様が、これからも生涯学習に努められること、また、大学院に合格されることを祈念しております。

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苦笑・・・

2010年02月28日 09時04分36秒 | ちょっと立ち止まって・・・
ネットで、ちょっとした調べごとをしていたところ、自分のブログがトップで表示された。

この気持ち、わかってもらえるだろうか・・・
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東京未来大学から・・・

2010年02月28日 08時57分44秒 | その他
入学説明会の案内が届きました。

3/7、3/9、3/14、3/25が日程なのですが、2日前までに予約が必要とのこと。

「子ども心理学部」は、将来、時間があれば学習したい領域の1つです。いつになるか、先のことは全く不明ですが、心理関連+教育関連ということで、私の専門分野と合致するため、これからも、東京未来大学の動向に注視していくことといたしましょう。
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爆睡!

2010年02月28日 04時43分54秒 | その他
朝4時半起床!早起きこの上なし、と思うのは早急である。

昨日、お土産のカステラを食べたのが、夕方の4時半頃。そのまま、板の間にゴロっと横になってからの記憶がない。

なんとなく、夢見心地で「パパ、マグロ食べる~?」と聞かれた気もするが、そもそも、そんなにマグロが好きじゃないから、現実か、夢かわからないが「食べない~」と答えた。

マグロよりハマチの方が好きである。あと、シャコも好き。

約12時間板の間で寝ていると、体中が痛くて仕方がない。眠くなってしまうと、固まったように眠りにつく姿は、まるで「レインボーマン」の「ヨガの眠り」のごとくである。(ヨガの眠りは5時間だから、倍以上寝てしまったのだが・・・)

そうそう、今、マッチの新曲「ざんばら」が川内康範作詞で話題となっているが、この「愛の戦士レインボーマン」も川内先生が原作の特撮アニメというのはご存知ですか?また、ついでに言えば、月光仮面も川内先生の作品。

「ざんばら」の重い作詞もそうなら、「レインボーマン」のオープニングとエンディングの作詞も川内先生である。格差がありすぎると思うのは私だけだろうか。というよりレインボーマンの敵役が「死ね死ね団」。原作者の川内先生が名付けたのだろうか・・・

そんなことを色々考えてしまう・・・


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親友と呼べる人いますか

2010年02月27日 09時44分18秒 | ちょっと立ち止まって・・・
本日の日経新聞の「PLUS1」というコーナーに標題の問いかけがあった。

実際のデータでは、「親友と呼べる人がいますか?」という問いに
「いる」・・・871人
「いない」・・・419人
となっていた。

しかし、問題は「親友の定義」である。

「親友とは?」という問いかけには
①お互いつらい時に力になる人
②どんなことでも打ち明けられる人
③しばらくあってなくても、再会すればすぐに打ち解けられる人
④友達の中で心を開ける唯一の人
⑤お互いを尊敬し、刺激を得られる人
となっていた・・・

もし、この④を尊重するなら、親友は1人しか不可ということとなるが、実際、親友は何人と問われると、もっとも多いのが2人、次に1人、そして3人、5人と続く。

性格的に、人に頼るのが「非常に苦手」であるため、①のつらい時には自分で解決するため、この基準からすると親友はゼロとなる。一方、お互いを尊敬すると言う点では、私の方から一方的に尊敬する方は無数におられる。数人程度の話ではない。ただ、それを親友と読んでいいのかは難しいところであるが。

また、親友に「いつ出会った」かという問いかけには、8割以上の人が30歳までに親友に出会うそうだが、私は通信制大学に通い始めた36歳から、はじめて友と呼べる存在を得ることができたと思っている。

関西にいたときから、仲の良い友達はいたが、「去るものは日々に疎し」の言葉のとおり、今では年賀状を交わす人もごく一部である。仕事も、全国規模での転勤が多いので、集まりがあれば集合するが、それを親友と言うのには抵抗感がある。

毎日連絡を取り合わないと親友でないというのはおかしな考えだが、先の③しばらくあってなくても、再会すればすぐに打ち解けられる人を親友というのも、なんか引っかかる。

必要十分条件ではないが、私としては、相手を尊重することができる、いわばリスペクトする存在であることが、最低限の必要条件だと思っている。「凄いな~」とか「頑張ってるな~」とか「あこがれるな~」という、相手に対するリスペクトする気持ちがなければ、親友とはいえないし、ただの友達の範疇から抜け出さないと思っている。

しかし、「親友がいて良かった」と思ったのはどんなとき?という問いかけには幻滅した。
①自分の結婚や出産を一緒に心から喜んでくれた
②仕事でつらい時、頑張っている親友の姿を見て自分も頑張ろうと思えた
③離婚するとき、私のために大泣きしてくれた
④うつ病でつらい時、話を聞いてくれてうれしかった
⑤会社で人に裏切られて落ち込んだ時、「間違ってない」と励ましてくれた
⑥愛する人が亡くなった時、心の支えになってくれた
⑦失業した時、自分の会社への就職の便宜を図ってくれた。

以上だが、なんだか、読んでいて腹が立ってきた。本当に、自分勝手な人ばかりだな・・・って。自分の幸福や自分の不幸を親友が一緒に背負ってくれることを、親友がいて良かったと感じている。何かおかしくないか?この感情は私だけなのかしら?

私が人に頼るのが苦手な理由は、相手に自分の荷物を背負わせることへの抵抗感からである。「親友だから、自分のことは喜んで何でもやってくれるし、自分と同じ価値観を持っているはずだ。」というのも一つの主張であろうが、親友と思っているからこそ、頼めないのである。

「他人行儀だ」「そんな些細なお願いを断るようなら親友じゃない」という考え方は正しいようで、自分の価値観の押し付けであり、親友の好意や見返りを求める行為となる。事実、「親友だと思っていた相手と、何かがきっかけに疎遠となったことは?」という質問に、約4割の人が「ある」と答えている。

何故、親友なのに「疎遠」になるのか?それって、単にあなたが無神経なだけじゃないの?という疑念を抱いている。

私は、頼まれることに対しては特に負担に感じない性格なので(むしろ、頼りにされる方がうれしいし、依頼されるということは評価されていると思ってしまう)、時におせっかいなことまでして、逆に、ご迷惑をかけてしまうことすらある。

「時間的制約」「健康的制約」「経済的制約」といった、やむにやまれぬ制約に、やはり、お断りせざるを得ないこともあるのだが、ピンポイントで私宛に依頼があったことは、概ね8~9割ぐらいの割合でお引き受けしていると思う。

無論、筋違いな依頼はお断りせざるを得ないが(日福を卒業していないのに、推薦状を書いてくれ等)、個別にいただいたメールに対しても、可能な範囲で真摯に応えているつもりである。

最後に、私としては、親友を尊重し、目標にすることで成長していくことが「親友がいて良かった」と思える瞬間であり、それには、私に追われることで親友が成長しつづけてくれることも包含されている。切磋琢磨できるライバル的な存在であることが、お互いをリスペクトし合える条件であろう。そういう人生の帆走者こそが、私にとっての親友である。
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来週は、いよいよ口頭試問!

2010年02月27日 05時03分11秒 | 大学評価・学位授与機構
来週、とうとう最後の関門である「口頭試問」が行われる。

噂ではここまでくれば、まず、大丈夫ということなのだが、最後の面接指導以降、指導教官と連絡が取れていないので、不安が募る・・・

先輩の書かれた著書を拝読すると、30分の口頭試問の時間のうち、まず、10分程度で自分で内容を説明した後、指導教官と副査の方からの質問に答えるそうな・・・

2年間で修了できる方は7割程度とされていたが、今回、口頭試問対象者が全員修了できたとしても、6割4分5厘ということで7割をきってしまうこととなる。それだけ、2年修了が難しくなってきたということか。

早く終わって欲しい反面、いつまでも口頭試問が来なければいいのに・・・という相反する気持ちにさいなまれる。
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健康診断の結果が・・・

2010年02月26日 21時57分19秒 | その他
先の月曜日、バリウムを飲んで胃のⅩ線の検査を受けてきた。

結果は、「胃ポリープ」とうことで、「精密検査が必要です」という結果となった・・・

まただよ!内視鏡検査って、きついんだよな。健康な体に戻れる日が来るのだろうか?
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研究したいテーマが・・・

2010年02月26日 04時39分05秒 | 生涯学習
大学院レベルで研究したいテーマが1つ見つかった。

「マルチディグリー取得者の心理研究」である。

例えば、私を含めて、大学評価・学位授与機構で複数の学位を取得している人がいる。あるいは、通信制大学等で学位を複数取得している人もいる。

何故、彼ら、あるいは彼女達は、複数の学位を取得するのであろうか?その目的と、社会における評価・認知はいかがなものであろうか?

そんなことを、ふと、思いついた。

電車の中で「学位商法」と言う本を読んでいたときに思いついたのだ。私は、基本的に「極めること」あるいは「集めること」が好きだが、山積みになった学位記を見たいために学位を取得しているわけではない。むしろ、学位記を山積みにしたいなら、インターネットで安いものなら数万円程度でMBA等が販売されているから、そうして学位記を集めれば、すぐに目標は達せられる。

これまた、同時に読んだ「キャリアデザイン入門Ⅱ」では、キャリアプロフィールにおける学歴については「学部卒は書かないことが多くなってきている」とされ、「修士以上が学歴であると言う考え方が広がってきている」としている。

なら、一体、学位ってなんなんだろう?少なくとも、日本においては、短期大学卒業も学位として認め、ついこの前に「短期大学士」を作ったばかりである。その反面、社会的あるいは国際的に高学歴化が進展し、修士あるいは博士を学歴として見なす風潮もある。

なら、学士は不要か?と問いかけるなら、必要と私は確信している。しかし、その根拠をうまく言葉に表すことができない。

修士や博士に到達するための、マイルストーンとして必要というなら、横に学位を展開していく「マルチディグリー」という考え方は不毛である。何故、複数分野の学位取得者が存在するのか。

私自身もそうだが、身近に二桁の学位を取得している社会人が複数いる。一体、彼らは何のために、そこまで学位にこだわるのか?単なる資格マニアと同じ心理なのか、それ以上に、尊い「理念」や「目標」があるのだろうか?

放送大学を6回卒業する人もいれば、大学評価・学位授与機構でも大学卒業者にもかかわらず学位申請する人も多数いる。

私自身、生涯学習以外に学位を取得している動機がありそうで、それをうまく表現できない。自分の深層心理を明らかにするためにも、いずれ、この分野の研究を始めてみたい。
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履修科目を悩む。

2010年02月26日 04時33分58秒 | 放送大学
放送大学の来期の履修科目について、悩んでいる。

真剣に学習しなければならないと、科目数を絞っているのだが、やはり、取りたい科目は多々あるので、減ったり、増えたりと、「システムWAKABA」で何度も登録を繰り返している。

優柔不断な自分が、一番、悩ましいのかもしれない。

面接授業は1つだけ入れるつもりだが、これも、本当は多数登録したい気がする。

でも、きっと、その欲張った考え方では「破綻」するに違いない。

3/3が最終登録日。それまで、きっと、悩み続けるのだろう。
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時を同じくして。

2010年02月24日 21時04分54秒 | 武蔵野大学大学院
私より一回り以上の人生の先輩から、「武蔵野大学大学院に合格しました」とご連絡を賜りました。

本当によかった!

返信用のメールアドレスがあったので、試験の内容等をご一報させていただきました。それが、少しは役にたったようで、喜ばしい限りです。

特にうれしかったのが、拙ブログを拝読いただいた結果、年齢を省みず、勇気を出して本学を受験されたというくだり。ちょっと、涙が出てしまいました。本当に、よく、頑張られました(大先輩に向かって失礼かもしれませんが、これ以外の言葉が思い浮かびません)。

こんな、間抜けなブログですが、42歳のオヤジが年齢もわきまえず、学習に取り組んでいる実況を報告することで、誰かの役に立っているのなら本望です。

また、誰か、吉報を伝えてくれるなら、これに勝る喜びはございません。
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