生涯学習の部屋

資格取得数232。5つの修士と16の学士と1つの短期大学士。MBAサラリーマンの生きがい発見生涯学習奮闘記。

『なぜ日本人は学ばなくなったのか』

2017年10月31日 21時24分27秒 | 読書
今日で名古屋に来てから633日目。

日本福祉大学に入学し、鶴舞中央図書館で本を借り始めたのが2016年6月13日。ようやく、200冊の本を読み終え、201冊目の本が表題の本。タイトルはインパクトがあるのですが、やはりこの著者の書いた本は軽いですね。残念ながら、15分ほどで読み終えました。私の特殊能力?として、労が少なく書いた本はすぐ読めて、人生を掛けるような渾身の1冊は何日たっても読めないというものがあります。ひどい本になると、10分もかからず読めてしまうのだから、本が嫌いになる人が多くなるのも首肯せざるをえません。まさに、玉石混交の時代。

さて、この著者の書いた内容ですが、賛同できるのは5割程度。というか、タイトルの「日本人は学ばなくなった」は「正」ですか?「誤」ですか?どう思われます?

一体、著者は何と何を比較して「日本人は学ばなくなった」と断定しているのでしょう?著者は大学の先生。「学生は本を読まなくなった」とか「飲み会にも参加しなくなった」とか仰せなのですが、そもそも、昔の人は本を読んでいたのでしょうか?

まず「平安時代」を考えてみましょう。人々は読んでいるでしょうか?というか、考える以前に、どれだけの本が日本に存在していたでしょう?次に「鎌倉時代」。日本人のうち、何割が文字を読めたのでしょう。あるいは「明治時代」。何割の日本人が「大学」に行っていたでしょう。明治時代といわず、昭和時代でもいいです。進学率はどれくらいでしょう。

そう、誰が考えてもわかることですが、大学進学率が高くなり、第三次産業に労働がシフトしている以上、昔以上に学ばないと仕事を得ることができないのです。加えて、日進月歩の技術革新や新しい学問が生まれている現代は、昔と比べて学んでいかないと生きてはいけないのです。

本当に、数十年前の人々と比べ、我々日本人はIT技術を学び、誰でもスマホや携帯で情報を湯水のごとく吸収しています。現代人は「教養がなくなった」と著者は嘆いておられますが、その昔、教養があったのはごく一部の文化人で、当時は「ブルーカラー」が大勢を占め、教養を持ち合わせてもいない、「肉体労働者」としての日本人がいた訳です。

この著者が書いたところで残念なのが「大学教授を引きずり下ろすテレビ」(pp.22-23)ってところ。バラエティ番組で大学の先生が失敗したところばかりが編集で残され、大学の先生がリスペクトされなくなったという感じのことが書かれているのですが、「おいおい、教養があるなら間違えるなよ!」って突っ込んでしまいます。編集されても失敗されたところが残る程度の、「ちんけな教養」であれば、そもそも、テレビ番組に出ることをお断りするのが、一般教養というか、社会人の身だしなみだろう!って思ってしまいます。

あるいは「東大生の蔵書の変遷」(P.89)ってのも残念。東大生に「読み捨てにするものを除いてあなたがいまもている本の冊数」を聞いたものがあるのですが、100冊以下のクラスが1974年の15%から2000年には37.1%に倍増しているとのこと。それを「少なくなった」と指摘しているわけです。
本当にそれが教養低下の証拠になると思います?

1974年と2000年では何が違うか?そう、インターネットの普及です。本を読まなくても、文字は読んでいるのです。加えて、ネット環境や娯楽の高度化が進み、色々なIT関連や娯楽関連のグッズが部屋を占拠していきます。本を置いておくスペースも縮小されます。あるいは、不動産が高騰し、そもそも部屋のスペースが狭くなっていき、本の置き場がなくなったのかもしれません。

ちなみに・・・著者は指摘していませんが、1974年と1989年の比較でも100冊以下は15%⇒34.8%となっております。34.8%と37.1%ならそんなに変化がありません。その前提条件において・・・2000年では201冊以上と集計基準が変わっており比較できないのですが、1974年で601冊以上蔵書のある人は7%、1989年は6.3%とほとんど変わっていません。著者は、このことをどう説明するのでしょうか?自分に都合のいいデータは取り上げ、都合の悪いデータは黙殺するのでしょうか?

人類が進化している以上、旧石器人より縄文人、縄文人より弥生人・・・といった感じで、時代が進むにつれ、文化は進展し、熟していきます。当然のごとく、平均的な個体を比較すれば、時代が進んでいくにつれ「知識」をはじめ「文化性」は高度化していきます。高度化していく過程において、学習しなければなりません。強制的かもしれませんが、中には自発的に学ぶ者もいるはずです。だからこそ、高校進学率は100%近くなり、大学進学率も右上がりになっているわけです。

その背景を無視して、昔の立派な人と、今の凡人を比較して、「学ばなくなった・・・」とまで言い切るのは、結構、勇気がいることだと思うのですが・・・

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『まずいラーメン屋はどこへ消えた?』

2017年10月29日 07時46分08秒 | 読書
鶴舞中央図書館で借りた本。

「まずいラーメン屋はどこへ消えた?」というタイトルだけで借りてしまいました。その昔、そう、私が大学生の時、それはそれは、大変「まずい定食屋」がありました。正式な名前はあったはずですが、私と友人たちは「水屋」と呼んでいました。命名フラ夫。理由は、「その定食屋で最も安心して口に入れることができるのがお冷(=水)だから」というもの。

「何故、こんなにまずい料理を出すことができるんだ?」というくらいの味。まあ、学生相手なので、確か、ご飯の大盛無料とかはあったと思うのですが、如何せん、「味付け」やら「食材」なんかがいただけない。

「まずいなら、そんなところ行かなければいいじゃん!」という方もいるかもしれませんが、入っていたクラブの部員が結構いたので、みんなで一緒に食事をするとなると、「絶対席が空いている」=「水屋」でないといけない訳で・・・

「水屋」の店頭には「犬」が繋がれていました・・・テーブルに炊飯器が置いてあって、ご飯食べ放題のトンカツ屋が満席、駅の飲食街にある和食の店も満席・・・仕方なく、私たちは「水屋」を選択するしか道が残されていませんでした。その日、「水屋の犬」は犬小屋のみで、その存在が消し去られていました。そして、、、その日の「水屋」のおすすめは「焼肉定食」でした・・・頭の中で、私たち全員、「水屋の犬」を心配してしまいました。無論、その日のおすすめを注文する仲間はいなかったのですが。

さて、話は戻って「まずいラーメン屋はどこへ消えた」のでしょう?私は、基本的に「ラーメンが大好き」なのですが、求めるレベルが高いので、巷のラーメン屋は、概ね、まずいラーメン屋となってしまいます。というか、「ラーメン通」を名乗っている人々で、中国や台湾に行って、そして、そこの路地裏で提供されているラーメンまで食している人々がどれくらいいるでしょう?

日本の有名店だけで満足し、それで「ラーメン通」を名乗ることは、もし「研究」に例えるなら、ちやほやされている分野の研究だけやって「専門家」を名乗っているのとあまり変わらないのでは・・・と思ってしまいます。ただ単に「ラーメン好き」の範囲内なら、ネットで上位の有名店だけを漁っていれば十分ですが、「ラーメン通」や「ラーメン専門家」を名乗るなら、まだまだ奥は深いわけで。私には、それができないから、ラーメンから撤収してしまいました。

それほど麺は奥が深い・・・私が到達した結論です。今から毎日ラーメンを食べたとしても、残り30年の人生だとすると、30年×365日×3食=約3万3千食べか食べることができません。日本だけで、ラーメン店は3万2千店あるそうです。あるいは、中華料理店等合算すると約20万店との話もあります。まあ、1日3食ではなく、5食とか10食食べればその数はもっと増えるかもしれませんが、日本ですら食べきれないわけですから、世界中のラーメンを食べつくすことは不可能です。

人生をかけて食べれる回数は決まっています。だからこそ、我々は「おいしいラーメン屋」を探して、極力「まずいラーメン屋」には行きたくないのです。しかし、昔は、それを効果的に行うことができなかった。もし、仮に「スマホ」も「タブレット」も「PC」もない状況で、「ラーメン小平」という店があったとすれば、そこが「美味しい」か「不味い」か判断できます?一度、食べてみないとわからないという結論に陥ると思います。

ネットが普及する前は、まさにその状況でした。ゆえに、どれほどまずくても、一見客の需要等があったわけです。だが、ここまでネットが発展すると、事前に口コミ情報をネットで検索するため、偶発的に来ていた一見客までいなくなってしまい、まずいラーメン屋は淘汰されてしまったのです。

本当、便利な時代と思えますが、私には、逆に恐ろしい時代としか見えません。いうなれば、「ネット至上主義」。どんなに繁盛していても、ネットで叩かれると、一気にアウトになってしまう時代。先ほど述べた「ラーメン通」ぶっている人にさえ、それなりの応対をしておかないと、「あること、ないこと」書かれて、一気に炎上してしまいます。

だからこそ、ネットの検索にものってこない、肝炎のリスクを冒してまで食べた、中国上海の路地裏ラーメンの記憶が貴重だと感じています。そう、信じることができるのは、己の舌と、インスピレーションのみですから。
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『しまむらとヤオコー 小さな町が生んだ2大小売チェーン』

2017年10月22日 09時32分37秒 | 読書
鶴舞中央図書館で借りた本。

「しまむら」と「ヤオコー」ともに、「埼玉県比企郡小川町」が発祥の地だそうです。特に、「ふたつの会社の、最初の店舗所在地は、小川町の通りを挟んで、500mの範囲の中にあった」(P.8)そうです。

「しまむら」は全国47都道府県に出店しているのでご存知の方も多いでしょうが「ヤオコー」は関東を中心に出店しており、関東以外では知らない人も多いかもしれません。しかし、155店舗中85店舗を埼玉県内で出店しており、食品スーパーにおける埼玉の雄と言っていいでしょう。東京には8店舗しかありませんが、私の住んでいる小平市にもありますし、五日市街道沿いの立川市にもあります。イトーヨーカドーに行くついでに、東大和市のヤオコーにも訪れることがあり、その店舗内の美しさに魅かれます。

私にとって、比企郡といえば「吉見百穴」の吉見町なのですが、小川町も侮れませんね。その昔、埼玉県民をやっていた時もあるのですが、小川町と言えば、東武線の終点のイメージで非常に遠隔地という思いがあります。そんな町から、このような有名企業が2つも出てくるとはすごいと思った次第です。
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図書館の・・・

2017年06月11日 11時22分57秒 | 読書
読書が好きな私。

次男の大学の「キャンパス2017」を読んでいて、今通っているメインキャンパスに、図書館に蔵書が約100万冊あると書かれているのを発見しました。
100万冊って、どのレベルかわかりますか?
日本トップは、やはり東京大学で2012年の段階で約915万冊。ただし、これは学内28の図書館を合計した冊数とのこと。1キャンパスで100万冊は凄い水準と言えます。

トータルで100万冊を超える大学は約70校。明星大学でも約90万冊、放送大学でも約70万冊、武蔵野大学でも約40万冊、産業能率大学で45万冊(湘南24万冊+自由が丘21万冊)とのこと。私の卒業した大学はベスト10に入っているものの、大学時代1000冊読めたかどうか記憶が定かではありません。

各大学の蔵書数を確認していたところ、武蔵野大学のHPに面白いことが書かれていました。

>人はどれくらいくらい本を読めるのか?という問いに応えるのは難しいのですが、河合塾の
>人気国語講師だった牧野剛氏は、中学以来1日1冊読むことを自らに課したとしていますし、
>駿台予備校の英語講師だった表三郎氏がこれまで10万冊読んだという事例を挙げています
>(『人生を変える大人の読書術』)。 身近な例では、本学司書課程の在学生の方が、年に
>300冊読み、今年は400冊を目指していると授業のコメントに書いていました。

正直、10万冊も読んだ方が、その冊数を意識しているとは・・・この方は、真に解脱できていないのかもしれません。本当なら、その域に達した方は、冊数というしがらみから解放されるのがプロであり、玄人であり、達人というレベルだと思っているのですが。

あと、こんな記事も面白いですね。

>さて、冊数にこだわって書いてしまいましたが、本学の蔵書は残念ながら少ないのですが、
>それでも40万冊に届くところですので、さすがに「読み尽すこと」は現実的な目標には
>ならないでしょう。
>ですが、せめて「背文字だけでも読み尽す」つもりで、図書館にお越しください。 かならず
>たくさんの発見があり、稔り多い学生生活につながることと思います。

背文字ですら、40万冊を読み尽くすことは困難ですね。ただし、その読もうとする姿勢は、学生生活において、大きな力となるはずですから。

※大学4年間とすると年間10万冊、学校に行く日を200日とすると1日500冊・・・とてもじゃないけれども、「背文字だけでも読み尽くす」ことは困難でしょうね。
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『ナースがもっと簡単に看護大学卒になれる本』 改訂4版

2017年06月09日 06時49分17秒 | 読書
あちゃー!やってしまった。。。

5月12日付で表題の書籍を著者から直接送っていただいていたにもかかわらず、そのままの状態で手つかず・・・というか、毎回、律儀かつご丁寧に、著書を送ってくださる著者の誠実なスタンスに頭が下がります。本当、ありがとうございます。

帰りの新幹線で読もうと思うので、まだ、精読していないのですが、パラパラめくってみて思うのは、従来の品とはクオリティが格段にアップしているのではないかというところ。文字が多くなった気もするし、構成も良くなっているのではないでしょうか?ただ、過去の書籍を横に並べて比較したわけではないので断言はできませんが、良い出来だと思います。

帰りの新幹線が楽しみですね。
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『あなたの習った日本史はもう古い!』

2017年06月02日 05時36分59秒 | 読書
鶴舞中央図書館で借りた本。

読んでみて驚いた。「仁徳天皇陵」が「仁徳天皇陵でなくなった」ことは知っていた。そう、「大仙陵古墳」である。それなりの大王の墓ではあるが、仁徳天皇とは特定できないわけである。

しかし、源頼朝の肖像画や、足利尊氏の肖像画も「別人」とされ、聖徳太子に至っては、その存在すら疑われ、「厩戸皇子」と書き換えられ、「摂政」をしたことすら削除されてしまっているらしい・・・

うかうかしていると、時代に取り残されてしまいそう。。。

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100冊越え

2016年11月23日 08時18分33秒 | 読書

今年も残すところ40日足らず。

そんな状況において、ようやく読書冊数が100冊を超えました。これから本を返しに行って、ついでに本を借りてくる予定です。

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読書50冊。

2016年08月14日 16時39分09秒 | 読書

毎週の如く、コンスタントに鶴舞中央図書館に行っている。

今日も6冊返却して6冊借りてきた。そういう生活をしているうちに、いつの間にか読み切った本が50冊を超えていた。本を読むことができるようになったのは幸運である。10年間の大学院生活を修了し、極度の「燃え尽き症候群」に落ち込んでしまったのだが、少しずつ、生涯学習に勤しむことができるようになってきた。

日本福祉大学に入学してそろそろ半年。生涯学習に注力しきれていない自分がふがいないのだが、やっと、そろそろ普通に学習できそうである。

 

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諦めは心の養生。

2016年01月09日 07時07分04秒 | 読書
本日、返却する『現代人の仏教』に書かれていた言葉。

p.46に「昔から「諦めは心の養生」ということわざがあるが、人生努力を重ねてみても、あとはいかんともしがたいことが多々あるのである。「諦観」は消極主義や敗北主義ではない。むしろ人生の英知の一つである」と記されています。何と含蓄のある言葉であろう!

鎌田茂雄先生の書かれた本ですが、残念なことに、もう既に先生はご逝去されています。仏教学の権威であられますが、特に、中国仏教については「神」ともいえる存在でしょう。

その昔(もう20年以上も前)、先生のご自宅にもお伺いしたことがあり、ご著書をいただきました。私と言えば、当時から物怖じしない性格だったので、そんな偉い先生とは知らず、ズカズカと先生のお宅に上げていただいたことを思い出します。本当に、膨大な蔵書があって、驚愕したのが昨日のようです。

本当、懐かしい思い出なのですが、鎌田先生のお力もお借りして、なんとか、論文を書き上げることができました。本当に、縁(えにし)はつながっているのですね。正直、私が本学で中国仏教特講を選択し履修したのも、先生のお名前が、参考文献としてシラバスにあったから。その中国仏教で100点満点の評価を得ることができたので、極楽浄土でも、大手を振って先生と再会できることでしょう。

今なら、ちょっとは仏教のお話にもお付き合いできるかもしれませんね、無論、まだまだ素人ですが。
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『仏教発見!』

2015年12月16日 21時12分30秒 | 読書
武蔵野大学の図書館で借りた『仏教発見!』と言う本。

この本のp.222に東大寺の「整肢園」というのがあったので、ふと、懐かしく思った次第である。整肢園は聖武天皇と光明皇后の御心を建学の精神とし「すべての人に等しくすべての人が幸せに」をめざす東大寺の関連施設である。

整肢園には「体の障害だけではなく、重度の知的障害をもつ子どもがいる。言葉を理解しない子どもがいる。目の見えない子どもがいる。」と書かれているのであるが、私が奈良にいたとき、長男も次男も、この整肢園にお世話になったのだった。長男は言葉を話さなかった。次男は歩けなかった。定期的に子ども達を車で整肢園に連れていくのが、休日の私の主要業務の一つ。そのケアしなければいけなかった長男が大学生になり、次男が剣道で入賞するとは・・・当時からすれば、想像できないくらい成長してくれたものである。

宗派は違えど、御仏の慈悲に助けられたといえるのかもしれない。そんなことを、「仏教発見!」という本を読みつつ、発見したのであった。
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