果てのある路

ささやかな想いをエッセイで…

日本の「お笑い」は

2017-05-16 14:44:37 | つぶやき
一昨日のTV朝日『しくじり先生~茂木健一郎~』を観た。

私は「お笑い」には、あまり詳しくない人間である。
だが又吉直樹『火花』を読んだことをきっかけにして、
2ヶ月前からピース関連の動画を毎日、山ほど見てきたし、
ライブコントDVDまでいつの間にか買ってしまったし、
先日の演芸グランドスラムだったかの長時間番組(面白かった!)も、
録画して見たので、以前よりは理解できていると思う。

その現時点で思うことは―――
日本の「お笑い」は、おそらく世界で一番繊細で多様性に富み、
純粋にレベルが高いのではないか―――である。

しかし一方で、茂木健一郎のツィート、
「上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無」
にも、大いに共感するところがある。
TVのバラエティ番組においては、息苦しいほどのつまらなさを感じるからだ。

それは演者のみの責任ではなく、
製作側やスポンサー、視聴者の嗜好など様々な要因があってのことだろう。
茂木は、そこを批判したのだと思う。
茂木が「オワコン」と指摘したのは、「お笑い」でも「芸人」でもなく、
「TVにおける馴れ合い」だと思う。

けれども、炎上は「お笑い芸人を否定された」という、
脊髄反射的な受け取り方によって、起こった。
コミュニケーションギャップだ。
一度叩かれ始めると、そこに理性が介入する隙は塞がれ、
我れも我れもと雪崩を打って感情的な叩きが集まり、惨事になる。

ネットの炎上ほど、無責任で、破壊的なものはない。
人間の愚かさと恐ろしさ、そして忌まわしさの象徴だと思う。

『しくじり先生』では、茂木は反論せず自己反省に終始したけれども、
かつてブログで茂木への勇気ある賛同を示した、オリラジ中田があの席に居れば、
もっと開けた展望が見られたのではないかと残念に思った。
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