
尼子氏の再興に粉骨砕身した山中鹿之助幸盛の話。
戦国武将きってのドMヤロー!というお墨付きを私から賜ったという超ラッキーな方。
三日月に「我に七難八苦を与えたまえ」と祈れるヤツ。
その真意を尋ねられた時、「自分自身がどれほどの苦境に耐えられるかを試してみたい」
とぬかしていた当時13歳の鹿ちゃん、どーしてくれようか。
しかも美丈夫だったらしい、いやー、これはご丁寧にドーモ…って思い、
下心を抱えて読みましたので、話の内容はすっぱん!と忘れていました。
ホンッとごめんね。「七難八苦」じゃなくて「艱難辛苦」だと覚えていましたから。
「艱難辛苦」だったら、その難儀の数は不明だが、
「七難八苦」ならかぞえて15までならOKそれ以上は却下ってこと?
この人もビンボーくじを引いたタイプの男だと思うが、
なぜ、暗愚な主君をそんなに盛りたてようというか、お家の再興に尽力するのか、
イマイチピンとこない。
尼子義久もなんだかぬるい男だし、国主としてのカリスマ性はない。
義久は、身の丈にあったというか、自分をわきまえている人だと思ったのは、
軟禁生活のぬるま湯生活に身をゆだね、「これでよし」とジャッジし、
鹿之助の担ぎ出しを却下たところか。
諦めの悪い鹿之助はその後、落ち延びていたたご落胤を探し出し、尼子勝久として尼子氏再興を試みる。
これを最初に読んだ時は、鹿之助の「命賭けてます」感がよかったのかもしれないが、
今に至っては、自分の勤め先はしっかり自分で判断しろよ。
もう少し直球勝負ではなく、緩急をつけて考えた方がいいぞ…。
なんつうか、チャンバラをするだけ、力勝負でのみ人間は生きられないんだぞ。
と突き放したくなる感想しか残らないぞ、鹿之助!
そんなに家の名前が大事か?私ならさっさと毛利家に下る!
或いは自分を高く買ってくれそうな家に押しかけるっつーことで。









